八食目 最終日のお礼ビュッフェパーティー
「――本日は、立ち位置についてです。」
――翌日。最初の研修は、立ち位置だった。新人にとって、立ち位置を知る事は、大事な事である。樹も最初は、だいぶ間違えたものだ。一般常識であると共に、間違え易い事でもある。その事を知ってか、新人達は、昨日よりも更に真剣に受けていた。
「――なあ、司。」
「……なんだよ。」
講師の目を盗み、話し掛けてきたのは、本木だった。大事な研修の最中になんなんだと思った司は、前を向いたまま、ぶっきらぼうに返事をした。
「一応はさ、今日で研修終わりじゃん?」
「……まぁ、明日は朝食食べたら自由行動だから、実質、今日で終わりだな。」
「でさ、今日の夕飯、俺等だけで作らねぇ?」
思わず、声をあげそうになったが、口を押さえ、なんとか踏み止まれた。バレない様に、こっそり息を吐くと、本木を睨んだ。
「いきなり、なに言い出すんだよっ。」
「いや、だってさ、こうやって集まるのってなかなか出来ない事だし、第一、片岡先輩には、世話になったじゃんか。そのお返しって言うか……、なんと言うか……。」
なんとなく、本木が言いたい事分かった。会社に戻れば、新人の自分達と先輩である樹とは、配属される部所が違うかもしれないから、こうやって、一緒に居られる時間が少なくなるかもしれない。だから、その恩返しをしたいと言う訳だ。納得した司は、今一度講師の方を見ながら、本木に話し掛けた。
「……そこまで言うなら、プランは出来てんだろうな?」
「勿論っ。」
歯を見せながら言う。その姿が、どこかしら頼もしく感じた。が、二人の頭上に影が差し込んだ事で、現実に引き戻される。
「……では、実演していただきましょうかね。司さん。本木さん。」
「……はい。」
「……ふあい。」
――あの後、こっぴどく怒られた二人は、休憩時間に別室で反省文を書かされていた。だが、とっくに反省を書いていた二人は、別の事に頭を使っていた。スマホを使い、有名レシピサイトを漁る。全ては、今夜の為。それぞれ、ノートに案を書き出していく。暫くして、二人共、シャーペンを置いた。
「じゃあ、先ずは俺からね。」
「早くしとけ。休み時間、後十分位しかないんだから。」
「わーってる、わーってるって。俺が考えたのはね、ズバリッ!! 立食パーティーっ!!」
勢いよく目の前差し出されたノートに、司は顔をしかめた。ちょっとどころではない。かなり汚い。読める様で、ほぼ読めなかった。社会人になってこの字の汚さは、正直笑えない。解読に四苦八苦していると、本木が説明しだした。
「昨日の麻婆豆腐とか見て思い付いたんだ。皆で大皿を囲って突つき合ったの、スゲェ新鮮だった。それに、楽しかったし。だから、メニュー的には、大量調理が出来る物にして、更に作る品数も増やす。そんで、好きな物を好きなだけ取って食べるっ。どうよコレ。」
胸を張ってドヤ顔してくる。司は、暫く本木の考えた案が書かれたノートを見て、閉じた。そして机に置くと、一つため息を吐いた。
「なんか、漠然とし過ぎだな。どっちかっていうと、料理の内容がほしかった。」
「……っ。じ、じゃあ、お前はどんなの考えたんだよっ?」
「俺のはな――……。」
司が言いかけた所で、部屋の扉が開いた。いきなりの事に、二人して肩を揺らして驚いた。講師の人が来たんじゃないかと、ビクビクしながら振り返る。すると、そこに居たのは、金木、野村、佐伯だった。ホッと安堵のため息を吐く二人。
「な、なーんだ、佐伯達か。てっきり、講師の人かと思って、ヒヤヒヤしたよ……。」
「いやぁ、二人ともなかなか帰ってこないから、どうしたのかと思ってさ。」
「そうそう。もしかしたら、落ち込んでんじゃないかなって。そしたら、料理がどうのこうのって聞こえたから。」
「今日の夕飯の予想?」
ゾロゾロと入ってきたかと思うと、二人の周りに集まり、ノートを覗き込む。手に取ると、パラパラとページを捲っていく。
「夕飯の予想じゃなくて、作る物を考えてたんだよ。今日で研修終わりだし。先輩に、ちょっとでも恩返ししたいんだ。」
「あー、なるほどね。」
「で?何をするか決まったの?」
「それの思案中。」
「でも、これ良いんじゃない?」
そう言って指差したのは、司が考えたものだった。机の下で、小さくガッツポーズをする。本木は、机に突っ伏し、あからさまにガッカリしていた。
「本木の案も纏めた様な内容だったんだから、そんな落ち込むなよ。」
「ま、本番は今日の夕飯時だ。頑張るぞっ。」
一致団結した新人五人。それをひっそり見ていた影が居る事など、思いもしなかった――。
「――よしっ、今日もお疲れ様でした。じゃあ、宿に戻って夕飯作りましょうか。」
――漸く、研修二日目が終わった。心身共に疲れ果てていたが、樹の声で一斉に立ち上がる。ミッションスタートだ。最初に動いたのは、佐伯だった。
「まぁまぁ、先輩。たまには広いお風呂でゆっくり疲れを取りませんか?例えば、銭湯とか。」
「え? 宿の風呂でも、十分足伸ばせるじゃないですか。
「えっ、あっと、その……。」
樹の返しに、上手く答えれない。もう、言葉が出てこず、汗だけがひたすら流れていた。そんな佐伯を見兼ねて、前に出てきたのは金木だった。
「じ、実は私っ、お風呂屋さんの招待券持ってるんですよっ。しかも、マッサージ付きっ。」
その両手にはチケットを持ち、樹に見せ付ける。随分と前に貰って、使っていなかった物だ。きっかけを作るには、丁度良かった。皆が心の中で、「良くやった。」と、褒め称えていた。が、樹はチケットをジッと見ると、眉を潜めた。
「有り難いですけど、俺、こんなお洒落な所に行った事ないし……。」
「じゃあ、冒険してみましょうっ。ご一緒しますからっ。」
「え、あ、でも、夕飯……っ。」
「夕飯なら、俺と司に任せてくださいっ。」
「この二日間、お世話になったお礼だと思って、ゆっくりしてください。」
胸を張って言う司と本木に、初日では感じ取れなかった頼もしさを感じた樹は、八の字になっていた眉を弧に戻した。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、お、お願いしますね。」
「任せといてくださいっ。」
「ゆっくり癒してきてください。」
渋っていた樹をなんとか説き伏せ、二人は樹達を見送った。四人の背が見えなくなった所で、司達は宿に戻った。
「――さて、なにから始めるかな……。」
「取り敢えず、米を磨いで、炊飯器にセットする。通常の三分の二くらいの水に、三十分は浸けておこう。」
「うっす。」
初日とは違い、たった二人で六人分の食事を作るのだ。ゆっくりしていたら、帰ってきてしまう。一応は調理手順を頭に入れている。上手く動き動かし、最高の物を作るのだ。エプロンの紐をしっかり絞め、気合いを入れた。
「おーいっ、米の準備出来たぞ。」
「よしっ、炊き込みにするから、本木はニンジン、タケノコ、舞茸、油切りした油揚げを短冊切りにしてくれ。」
「お、おうっ。」
一度に言ったからか、少し歯切れの悪い返事をしたが、ちゃんと切り始めた。それを見届けてから、司は牛もも塊肉を冷蔵庫から取り出した。トレイのまま肉に塩を擦り込んでから、もう一度ラップをし、タイマーをかける。十五分の猶予だ。その間に、次のメーンにかかる。
「色の良い、パプリカ赤と黄色、ピーマンは半分に切って種を取り除き、縦に六等分、横に二等分する。ゴボウは綺麗に洗ってから、五センチ幅に切って、ピーラーで薄く剥くっと。」
「あれ? 水にさらさねぇの?」
「灰汁と一緒に栄養分も出ていくから、なるべく水にさらさないんだ。」
「へぇー。」
隣で切っていた本木が、ひょっこり覗いてきた。だが、しっかりと知識を取り込んできた司は、他の野菜を切りながら、淡々と説明する。
「司ーっ、野菜切れたぞ。」
「そしたら、さっきの米に全部ぶちこんで。んで、醤油と味醂、だしの素で味付け宜しくっ。出来たら、そのままスイッチ入れといて。」
「りょーかいっ。」
文句の一つでも言われるのかと思っていたが、案外、素直に炊き込みご飯の味付けをしてくれた。炊き込みご飯の味付けは、一番難しい。炊く前と後で、味の濃さが変わってくる。それなのに、なにも言わずにちゃんと計量スプーンで計り、時折、味見している。任せておいて大丈夫な様だ。司は、自分がやっている事に集中した。
「茄子は一口大に切って、皮の面に切れ目を入れる。レンコンは、少し厚めの輪切りにして、酢を入れた湯で竹串が通るまで煮込む。」
「なぁ、なんで酢入れるんだ?」
「酢を入れる事で、シャキシャキした触感が残るんだよ。そっちは、味付け出来たのか?」
「超完璧。次は何する?」
「えーっと、後は汁物と酢の物かな……。」
「オッケー。」
司が特に指示をする事もなく、本木は直ぐ様動いた。キュウリの小口切りをしているが、とてもリズミカルだ。やり始めたばかりの人が出せる音ではない。目を見開いて見ていたら、それに気が付いたのか、本木が濡れた布巾を投げてきた。顔面にモロに当り、床に落ちる。
「つ……っ。」
「見てんじゃねぇよ。」
「い、いや、本木が意外と包丁捌き上手くて……つい……。昨日は、そんな素振り見せてなかったよな?」
そう言うと、少し唇を尖らせ、そっぽを向いた。機嫌を損ねたのかと思ったが、耳が赤い。どうやら、照れている様だ。
「おっ、男が料理好きで
完全にヤケクソ状態だ。包丁を握る手は休んでいないが、唾が飛び散り、振り返った顔は真っ赤に染まっている。
「別に、悪いなんて言ってない。寧ろ、スマホで調べてた俺より、作り方とか知ってんだろ? だったら、お前が、俺に教えろよな。」
「司……。」
実は、料理好きな一面があった本木。カミングアウトした所で、司は軽蔑したりはしなかった。何分、男子校だった為、料理好きの男子などゴロゴロ居た。それに、今の会社では、樹が料理好き男子であるのが刺激になっていたので、今更驚かない。寧ろ、自身が知らない知識をもっと詳しく知りたい。そんな気持ちで一杯だった。
「よっ、よぉしっ、ビシッバシッ教えるからなっ!! 覚悟しろよっ!?」
「早くしてくれ。」
――主導権が変わり、本木が先導切って調理をした。やはり、経験者なだけあって、手際が良い。あっという間に、一品、また一品と料理が出来ていった。
「後は、天婦羅を揚げるだけ、か……。」
「天婦羅は、衣が命だ。先ずは、よく冷えた水をボウルに入れ、振るいにかけた小麦粉を入れる。で、太目の菜箸で切る様に混ぜて。」
「しっかり混ぜるんじゃないのか?」
「失敗する奴がやりがちな事だな。ダマが出来るくらいの粗混ぜで大丈夫だ。衣が粘ったら、揚げた時にベチャベチャになっちまう。」
「なるほどな。」
喋りながらも、ザックリと短時間で混ぜる。その間に、本木は揚げ油に火をかけて温度を上げている。冷蔵庫で冷やしていた
「百八十度になったら、揚げ始めよう。」
「どうやったら、分かるんだ?」
「衣を垂らして、直ぐに浮き上がってきたら百八十度の目安。……うん、大丈夫。じゃあ、材料を揚げよう。あ、入れすぎない様に。急激に油の温度が下がって、ベチャベチャになるからな。」
「了解っと。」
言われた通り、衣を付けた材料を少しずつ揚げていく。泡が小さくなったら、引き上げのサイン。網に上げて余分な油を落とせば、天婦羅の完成。ジュワジュワと音を発てる天婦羅に、思わず喉を鳴らす。
「ちょっ、味見……っ。」
「あっ、ズルいっ。俺も俺もっ。」
二人して、揚げたての天婦羅を摘まむ。噛み締めた途端、サクッと心地好い音が鳴り、口の中に野菜の甘味が広がる。その美味しさに舌鼓を打っていると、玄関が開く音がした。それに続いて、皆の楽しそうに喋る声。司達は、慌てて口の中にある物を飲み込み、残りの野菜を揚げた。
「いやぁ、ただいま帰りました。すみません、お二人に任せてしまって……。」
「いえいえ。ゆっくりしてきていただけたみたいで、良かったです。丁度、天婦羅も揚げ終わったので、食べましょうっ。」
ダイニングに通し、席へ促す。勿論、樹は誕生日席だ。そこへ薦められた時は、力ずくでも行かまいとしていたが、新人全員に背を押され、渋々座った。そして、野村と金木が飲み物を配っていき、漸く準備が整った。カップを持った司が咳払いし、全員を見渡す。
「えー、皆さん。今日もお疲れ様でした。乾杯って言いたい所ですが、私達は、ある方にお礼を言わないといけません。片岡先輩、この二日間、色々と教えていただき、ありがとうございましたっ!!」
『ありがとうございましたっ!!』
樹は、目を白黒させた。何も聞かされていないのもあるが、まさか自分がお礼を言われるとは、思いもしなかった。パニックになった樹は、勢いよく膝を付いたかと思うと、畳に頭を打ち付けた。
「こ、ここ、こちらこそ、初心に戻らせていただいたというか、いっぱい学ばせてもらいましたし、なにより、楽しかったですっ。ありがとうございましたっ。」
しどろもどろになりながらも、必死になって言葉を紡ぐ。すると、ポカンとしていた司達が、声を上げて笑いだした。それに対して、樹も顔を上げて見渡していたが、釣られる様に笑いだした。
「さあ、食べましょうっ。揚げたての天婦羅は美味しいですよ。」
「炊き込みご飯も、良い感じですよー。」
ビュッフェ形式にしていたので、座らずに立って食べた。あまり出来ない事に、全員が新鮮に感じ、更に互いの親睦を深めた。
「――先輩、せーんぱーいっ。先輩は、社に好きな人とかぁ、居ないんっすかぁ?」
「……し、社には、居ないよ。」
「キャーッ、「社には」って事は、他の所には居るって事ですかーっ!?」
「……。」
酒の入った新人に質問攻めされながら、聞いた事のある質問にデジャビュを感じた。が、そんな思いも、美味しい食事と一緒に飲み込まれた。
「……前田さん……。」
樹の呟きは、新人達の笑い声に書き消された――……。
―本日のメニュー―
・炊き込みご飯(タケノコ・ニンジン・油揚げ)
・和風ローストビーフ
・天婦羅の盛合せ(海老・パプリカ赤黄・ピーマン・ニンジン・ゴボウ・青ジソ・かき揚げ)
・キュウリの酢の物
・吸い物
・番茶
・日本酒
End
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