間食 忘却のハンバーガー
「お疲れ様でしたーっ!!」
今日は、バイトの初出勤。商店街付近にある大型スーパーは、殆どがパートのおばさんばかり。そんな中で、前田
「お疲れ様、智里ちゃん。よかったら、これ食べて。」
「あ、それなら、これもどうぞ。売れ残りだけど、美味しいよ。」
あれよあれよと、両手いっぱいに積み上げられたパンやお惣菜。初日でここまで親切にされると、やる気が上がる。智里は、一人一人に「ありがとうございます。」と言って、エコバックに詰め込んだ。本当なら、帰りにどこかへ寄って買い物しようと思っていたが、とんだ副産物だ。これだけあれば、少しの間、朝食と弁当のオカズに困らない。有り難い贈り物に、浮き足立ちながら、家路についた。
「はーっ、お腹空いたなぁー。……片岡さんは、今日、何作ったのかな……。」
以前、作ってもらったご飯を思い出す。程好い味付け、配慮された食材と調理法、極めつけは身体の内から温かくなる。もう一度食べたい、そう思わせた。だが、ただの隣人というだけで、関係性は薄っぺらいもの。そう、易々とご飯を頂ける訳じゃない。
「いやいや、一人暮らしするって決めて上京してきたんだし、これからは頑張らないとっ。」
エコバックに入った沢山の食材を見ながら、意気込む。そうこうしている間に、アパートに着いた。ポストを確認してから、二階へ上がる。階段を登りきり、角を曲がろうとした。
「――じゃあ、帰るね。」
「送っていかなくて、大丈夫?」
「平気。」
思わず角に隠れた。若い女性の声と、樹の声がする。とても親しげな感じの会話だ。ドキドキと高鳴る胸を押さえる。
「も、もしかして、片岡さんの彼女さん……!?」
親しげな感じからして、彼女だと判断した。その時、何故か胸が針を刺した様に少しだけ痛む。なんで、痛んだんだろうかと、胸を押さえながら思案していると、ヒールの音が近付いてきた。
「あれ? どうかされましたか?」
頭を抱えていると、声を掛けられた。恐る恐る振り返れば、綺麗な女性が立っている。しかも、その腕には、子供を抱いていた。その時、智里の中に雷が落ちた様な衝撃を受けた。
「あ、ああ、あの、あの……っ。」
「あ、もしかして、樹のお隣さんですか?」
苗字しか知らない智里だが、「樹」が「片岡」の名前であるのを直感で悟った。そして、呼び捨てをしている事に、更に衝撃が走る。話し掛けてくれているが、智里の耳には全く聞こえていない。適当に頭を動かしていたら、手に包みを握らされた。「では、また。」と言って、女性は横を通って階段を降りていく。取り残された智里は、覚束ない足取りで部屋へ向かった。そして、玄関先で座り込む。
「……そ、そりゃ、そう、だよね。あんなに料理が上手で、優しい人……。もう、結婚とかしてるよね……。子供だって……。」
何故、こんなにも落ち込んでいるのか、智里自身、よく分からなかった。自分は、ただの隣人なのに。接点なんて、殆どないに等しいのに。どうして、こんなに苦しいのだろう。あの女性と樹が、親しげに会話をしていただけなのに……。
「……あれ? 親しげに喋ってただけ、なんだよね……。」
そこで、なにか引っ掛かる。そして、智里はある事に気が付いた。
「もしかしたら、私の早とちりかも。だって、別にただ親しげに喋ってただけだし。もしかしたら、親戚やご兄弟なのかもっ。そうだ、きっとそれだよっ。」
そう考えると、さっきまで落ち込んでいたのが、馬鹿馬鹿しく思えてきた。お腹も、グゥーと鳴る。智里は靴を脱ぎ捨て、台所に立った。
「あ、そういえば、コレなんだろう。」
渡された包みを開けてみる。そこには、紙皿に乗った大きいハンバーグだった。ソースもしっかり乗っている。ジッと見詰め、どうしようかと悩んでいたら、パートのおばさんから貰った物の中に、パンがあったのを思い出した。
「そうだ、コレ使わせてもらって、ハンバーガーにしよっと。このハンバーグは、レンジでチンして……。」
耐熱容器に移し代え、ラップをしてからレンジに入れる。そして、温めている間に、熱したフライパンにバターを溶かし入れ、貰った食パンを二枚、片面だけ焼く。冷蔵庫からレタスを取り出し、適度な大きさに千切って水で洗う。そこで、レンジが鳴った。扉を開けてみると、肉の良い匂いとソースの香りが広がり、智里の腹の虫を刺激してくる。香りを堪能していると、今度は背後から良い香りがしてきた。焼いていたパンをひっくり返してみると、程好く焦げ目が付いていた。
「パンは外側を焼いた面になる様に置いて、マヨネーズを塗り込む。そして、しっかり水気をきったレタスを乗せて、ハンバーグをソースと一緒に乗せるっと。あ、チーズあったかな。」
急いで、冷蔵庫を漁る。使いかけのスライスチーズがあったので、それを一枚ハンバーグの上に乗せる。そして、最後にパンを乗せて軽く上から押し込めば完成だ。
「やったーっ、ちょっと手作りハンバーガー出来上がりーっ。」
リビングに、出来上がった物を持っていく。そして、玄関に置きっぱなしの鞄の下へ行き、入れていた魔法瓶を取り出す。中身を確認すると、紅茶の良い香りと共に、まだまだ湯気が立っている。それを持ち、今一度リビングに行くと、テレビを点けた。
「じゃあ、いただきますっ。」
大きな口を開けて、一口頬張る。ハンバーグのソースが口端から垂れ流れ、熱で蕩けたチーズが、ハンバーガーと口の間に橋を作る。
「おいひぃー。」
次から次へとハンバーガーを口に入れる。バラエティー番組の笑い声など、聞こえない位、夢中になっていた。そして、最後の一口を食し、口の周りに付いたソースを指で拭って口に入れる。魔法瓶に入った紅茶を飲み込めば、満腹感と幸福感で満たされた。
「はぁ、お腹いっぱい……。ご馳走さまでしたっ。」
思いっきり手を合わせる。もう、悩んでいた事など、すっかり忘れたという感じの、清々しい表情をしていた。
――本日のメニュー――
・ハンバーガー(食パン・樹作ハンバーグ)
・紅茶(魔法瓶に入れておいた物)
End
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