五食目 苦手克服に一役、お子様大好きハンバーグ

『遊びに行くね。』


 パソコンのキーボードを叩いていると、一通のメールが入った。送り主は、アドレス帳に載っていないのか、名前が表示されない。だけど、アドレスの最後が携帯電話会社になっていたから、有料サイトからのダイレクトメールではない筈。削除しようと、カーソルをゴミ箱のアイコンまで持っていった時、電話が鳴った。樹は、一先ずメールを置いといて、電話に出た。


「――さてと、今日も定時で帰れるぞーっ。んふふー。」


 少し、否、ちょっと以上に浮き足立ってる樹。珍しく鼻歌混じりだ。何故なら、今日は実家からの仕送りで、肉が届いている筈なのだ。ミンチ、厚切り、細切れ――。帰ったら何を作るかで、頭の中は一杯だった。今にも、スキップしそうな樹を同僚達は、眉をひそめて見送った。


「あ、そうだ。出来たら前田さんにもお裾分けしよう。あの子の事で、結構お世話になってるし。」


 更に気分が高揚した樹は、終には、スキップしだした。そして。アパートに着いた樹は、管理人の下へ行き、預かってもらっていた子犬と、両親からの荷物を受け取り、部屋へ向かった。ずっしりと重い箱に、にやけを隠せない。鍵を挿し込み、扉を開けた。


「――ただいまー。」

「おかえり、いつきちゃーんっ。」

「ぶわっ!?」


 その瞬間、何かが顔面目掛けて飛んできた。両手が塞がった状態での、いきなりの不意打ちに、樹は尻餅を着いた。思いっきり打ち付けたのか、尻が痛む。荷物は、なんとか死守した。子犬も無事の様だ。そして、最後に、飛んできた物を確認した。腰の所でモゾモゾしているソレは、樹がよく知っている人物だった。


「……ちょ、なんで居るのさ。せい君。」

「えへへ、おかえりー。」


 貼り付いて離れない男の子。甥っ子の、清一郎せいいちろうだった。保育園から直接来たのか、制服のままだ。何故、樹の部屋に甥が居るのか、頭にハテナマークを浮かべていると、肩を叩かれた。大きく身体をビクつかせ、肩越しに背後を見やると、また、よく知った顔が別段驚きもせずに立っていた。


「お帰り、お兄。」

「ふ、双葉ふたばっ……。何、やって……。」

「何って、買い物?お邪魔するねー。」


 特に悪びれもせず、樹を跨がして部屋へ入っていく、四つ下の妹、立花たちばな 双葉。もう、なにがなんだか分からなくなっていた。ポカンとしていると、そこに子犬が「ワフゥ。」と首を傾げながら鳴いた。


「双葉、なんでいきなり来たんだよ。」


 取り敢えず中に入った樹は、抱き抱えていた清一郎を降ろし、子犬の足を濡れタオルで拭いてから、台所でナイロン袋を漁る双葉を問い詰めた。すると、なんでなにも知らないんだと言いたげな目とかち合った。


「あ、もしかしてお兄、昼間に送ったメール見てない?」

「昼間?」

「「遊びに行くね。」って、メールしたでしょ。」


 双葉に言われ、思い返してみる。そういえば、差出人不明のメールが、樹のパソコン宛に着ていた。だが、あの後、電話や来客で忙しく、そのまま放置していた。


「あのメール、お前だったのかっ。」

「そうだよ。」

「ちゃんと件名に名前入れといてくれよ。誰だか分からなかったから、危うく消す所だったぞ。」

「えー、私なんだって分かる様なアドレスにしたから、てっきり直ぐ気付くと思ったんだけどなー。あ、これお母さんからねー。」


 樹と会話しながらも、丁寧に物を冷蔵庫に入れていく双葉。その姿を見て、ちゃんと一児の母として頑張っているんだな、と感じた。すると、直ぐ下からグゥーと、可愛らしい音が鳴る。見やると、樹のスラックスを掴みながら、双葉の方を見る清一郎の姿があった。腕時計を見ると、針は七時を指している。樹は、粗方仕舞い終えた双葉に近づき、リビングに居る様促した。腕捲りをすると、台所のテーブルに置いた箱のテープを外し、中身を見て少し考える。


「――今日は、ハンバーグにしよう。」


 箱の中には、色んな部位の牛肉や豚肉、鶏肉がしっかり詰まっていた。その中には、袋いっぱいに入ったミンチも有る。今回は、このミンチを使ってのハンバーグだ。バスケットから玉ねぎを取り出し、みじん切りにする。


「あ、そういえば、清君は嫌いな物ってある?」

「あー、ニンジンは嫌ってたかなー。後は、割合なんでも食べるよ。」

「ありがとー。」


 リビングでアニメでも見ているのだろうか、双葉の声に被さる様に、軽快な音楽が聞こえる。普段なら味わう事のない、子供が居る賑やかさに、自然と頬が緩んだ。


「熱したフライパンで、透明になるまで玉ねぎを炒めている間に、繋ぎの準備。」


 片手で木じゃくしを操り、もう片方で繋ぎを作る。ボウルに貰ったバケットで作っておいたパン粉を入れ、そこに牛乳を入れて少し置いておく。玉ねぎが透明になってきたら火を止め、邪魔にならない所に置いてあら熱を取る。


「――ここで、秘密兵器だ。」


 野菜室からニンジンを取り出す。皮を剥いたら、一本丸ごと擦り下ろす。清一郎の、苦手克服の為の秘策だ。兎に角、ひたすら擦った。そして、擦り卸したニンジンの水気を絞り、牛乳でふやかしたパン粉に入れ、手でよく混ぜ込む。


「別のボウルに、ミンチ、ニンジン入りパン粉、粉末コンソメ、塩コショウ、冷ました玉ねぎ、卵を入れ、よく捏ねるっ。」


 力一杯、材料を捏ねる。時折、ボウルに叩きつけ、空気を抜きながら、しっかりと粘り気が出るまで捏ね続けた。


「よしっ、これくらいで良いだろ……。」

「ねーねー、いつきちゃん。」


 丁度、タネが出来上がった時、またスラックスを引っ張られた。そこには、清一郎が何か言いたげに、樹を見上げている。樹は、台拭きで汚れた手を拭い、清一郎に合わせて屈む。


「どうしたの、清君。」

「お、オレも、……。」


 口をモゴモゴさせながら、訴えてくる。どうやら、清一郎は樹の手伝いがしたいみたい様だった。目線をさ迷わせる清一郎に、樹は汚れていない方の手を頭に乗せる。清一郎はビクッとしたが、樹は歯を見せながら笑った。


「じゃあ、先ずは手を洗おっか。」

「――うんっ。」


 片手で抱き抱え、流し場で手を洗わせる。そして、濡れたままの手にタネを乗せ、形を作らせる。小さな手からはボタボタとタネが落ちたが、樹はそれを怒る事はしなかった。そして暫くして、皿には大きさや形が区々まちまちのハンバーグが出来た。


「よーし、焼くぞっ。」

「おーっ。」


 掛け声と共に、熱したフライパンへハンバーグを投入。油の代わりにバターを溶かしている為、肉の焼ける香りと共に、焦がしバターの香りが充満する。


「ふあーっ、いいにおい……。」

「焼けるまで、まだ時間が掛かるから、清君はリビングのテーブルを拭いてきてくれるかな。」

「うんっ。」


 濡れ布巾を渡すと、走って行った。その後ろ姿を見送り、付け合わせの準備をした。ジャガイモを一口大よりも少し大きめに切り、水を張った鍋に入れて火に掛ける。柔らかくなるまでに、レタスを千切って平皿に乗せる。ニンジンはさいの目に切って耐熱容器に少量の水と一緒に入れ、レンジで加熱する。キュウリは小口切りにして、塩で揉んでおく。


「さて、そろそろ焼き目が付いたかな。」


 フライパンの中でジュワジュワと音を発てるハンバーグをひっくり返す。程好く焦げ目が付き、後は蓋をして、弱火でじっくりと火を通す。ジャガイモを入れた鍋が沸騰していたので、竹串を刺して柔らかさを見る。スッと通ったので、火から降ろして流し場に持っていき、蓋をして湯を切る。蓋を開ければ、ホカホカと湯気が上がった。


「いつきちゃん、てつだうことあるー?」

「おっ、それじゃあ、この湯で上がったジャガイモを軽く潰してくれる?」

「わかったーっ。」


 戻ってきた清一郎に、鍋とマッシャーを渡し、ジャガイモを潰してもらう。楽しそうに潰し始めたのを見届けてから、キュウリの塩っ気を水で洗い流し、しっかりと絞る。と、そこでレンジが鳴ったので、開けてみる。湯気立つニンジンに竹串を刺してみると、これもスッと通った。


「できたよ、いつきちゃん。」

「ありがとう。じゃあ、そこにニンジンとキュウリ、マヨネーズを入れ、少し塩コショウを振って、よく混ぜるよ。はい、今度はこっちね。」


 マッシャーを受け取り、代わりに大きいスプーンを渡す。地べたに鍋を置いて、材料を入れていく。楽しそうに混ぜていたが、ニンジンを見ると、「うぅ……。」や「たべれない……。」等、眉間に皺を寄せながら清一郎が呟く。それを見た樹は、清一郎の手に自分の手を重ねた。


「美味しくなーれ、美味しくなーれ。」

「? いつきちゃん?」

「おまじないだよ。美味しくなーれ、美味しくなーれ。」


 キョトンとしていたが、清一郎も一緒になって「おいしくなーれ、おいしくなーれ。」と、おまじないをしながらかき混ぜた。


「はいっ、完成。」

「わーいっ。」

「後ちょっとだから、お母さんと待っててくれる?美味しいの出来たよって、自慢しておいで。」

「はーいっ。」


 嬉しそうに台所から出ていったのを見送り、最後の仕上げに掛かる。フライパンの蓋を開け、ハンバーグに竹串を刺す。透明な肉汁が溢れ出したので、レタスを乗せていた皿に乗せる。余分な油を拭き取り、ケチャップと中濃ソースは同量、酒少々、砂糖少々を入れ、火に掛けてしっかりと混ぜる。砂糖のザラザラ感が無くなれば、ハンバーグに掛け流して完成だ。


「後は、ポテトサラダを乗せてっと。よしっ、完成だ。」


 お盆に皿とナイフ、フォーク、スプーンを乗せ、持っていく。リビングには、ベッドに腰かけた双葉の膝の上に清一郎が座っていた。樹の姿を見付けた清一郎は、膝から降りると、樹に近付いた。


「もっていくよ。」

「ありがとう。重いから、気を付けて。」

「だいじょうぶだしっ。」


 お盆を受けとると、ヨタヨタしながらも、なんとかテーブルまで持っていけた。皿を並べてもらっている間に、台所に戻って平皿にご飯をよそう。やはり、雰囲気というのは大事だ。本当なら、ここに手作りコンソメスープでもあれば、完璧なレストラン風になるのだが、今回は粉末のコーンポタージュだ 。ティーカップに粉末を入れ、熱い湯を注ぐ。お盆に皿とティーカップを乗せ、リビングに戻った。


「お待たせ。」

「おそーいっ。さきにたべちゃおうとおもったよ。」

「ホント。何度、清の手を引っぱたいた事やら。」

「ごめん、ごめん。さ、食べようか。」


皿が配置されている所に、それぞれ座り、ご飯とコーンポタージュを配る。子犬には、子犬用の美味そウェットタイプのドッグフードを皿に盛る。そして、全員で手を合わせた。


「じゃあ、いただきます。」

「いっただきっまーすっ。」

「いただきます。あぁ、お兄の料理久し振りだわぁ。」


 ハンバーグにナイフを通し、フォークで刺すと、直ぐには口に運ばず、鼻先へ。切り口からは、湯気と共に、肉の良い香りがする。一頻り香りを楽しみ、涎を口に溜め込みながら、一口。


「んんーっ。肉汁うまっ。」

「あまーい。」

「これ、なにか特別な物入れてるの?」

「ニンジンの擦り下ろし。」

「そうなの? 全然、ニンジンの味しないや。」

「子供の野菜嫌いって、割合、固形の場合が多いんだ。見た目や食感、味ね。だから、擦って繋ぎに使って熱を通せば、問題点も解消されるんだ。しかも、子供が好きなハンバーグにしてあるから、余計にね。」


 感心しながら、もう一口食べる。肉の味やソースの味が絡むから、ニンジンの味は殆どない。清一郎を見ても、嫌がる様子も見せずに、どんどんフォークを進めていく。すると、清一郎は、ポテトサラダに手を伸ばした。ハンバーグでニンジンが食べれたとしても、ポテトサラダに入っているニンジンはどうなのだろうか。双葉は妙にドキドキしながら、その様子を見守る。大きな口を開け、頬張る。暫くモゴモゴと口を動かし、喉が動いた。


「おいしーっ。」


 それを皮切りに、どんどん食べていく。ホッと胸を撫で下ろすと、樹が微笑んだ。


「このポテトサラダ、清君が自分で作った物だからね。ちょっとでも自分で手を加えた物って、美味しく感じるんだ。」

「……そっか。」


 湯気の立つコーンポタージュを啜る。温かいソレが、身体に染み渡った。


「ところで、お兄は彼女出来たの?」


 唐突な質問に、樹の口から黄色い噴水が出た。


――本日のメニュー――


・ハンバーグ(ニンジンの擦り下ろし入り)

・ポテトサラダ

・コーンポタージュ

・白米






End

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