第24件目 異世界には何故か日本の物が多い

 アニメやゲームみたいな話だが、俺には生き別れた姉さんがいた。当然だが、実感は無い。それでも、俺が自分の口で久留屋さんを姉さんと呼ぶ度に彼女は俺にとって特別な存在である気がしてくるのだ。彼処で鈴木家と久留屋家の事情に一段落をつけ、俺達はアンについて話を進めようとしたのだが、続きはラボでと言われてしまい追い出されてしまう。


 それから数時間後の夜。


「待たせたわね。」


 俺とロッタとロックキャッスル、姉さんが再び転送班のラボに集合する。要件は勿論アンについてだ。


「簡単に今の状況を説明するわ。」

「お願い致します。」


 ロッタは姉さんがいた事と、自分と俺を引き合わせてくれた当人に会えた事で興奮が冷めやらぬ様子だった。そして、姉さんに対する一切の態度が改められている。まるで俺に接するかの様だ。


「人格のマイグレーション移行実験は半分成功よ。」

「おぉ!」

「流石です! 伯母おば様!」

「おば……!? そうよね……もう、そういう歳よね……弟にはこんなに大きい娘がいるというのに……。」

「ろ、ロッタ! 御姉様と呼べ。な?」

「は、はい! すみません! 御姉様!」

「いいわ。姪からしたらオバさんだもの。」


 なんだかニュアンスが違う気がする……。


「とにかく姉さん、続きを!」

「そうね! 続きを話すわ!」


 おぉ……急に元気になるな。


「それで、半分成功というのは人格の消去が上手くいくかわからないからなの。」

「人格の消去? 何故そんな事を?」

「人格を増やす事は成功したのよ。ノーベル賞まで貰ってるスウェーデンのAI専門学者が実際に行った実験を元にしてるんだけど、人格移行のやり方はデータの移行と殆ど同じでまずコピーをして元のデータの消去する事で完了する物なの。私が確認出来たのはコピーまで。消去はこれから、という段階で貴方達が来たのよ。」

「人格の消去? そんなの幾らセーフティを張っても安全とは言い切れない。最悪脳死だよ。」


 俺でもそれくらいは想定出来る。それを更に詳しいロックキャッスルが言ったのならやはり杞憂では済まない実験だ。


「何故そんな事を!」

「仕方ないでしょ。ヒルデロッタも含め貴方の人生に責任を持つのが私なりのやり方なの。」

「俺は認めない! そして、ロッタもだ! そうだろう!」

「はい! 間に合ってよかったです!」

「ふぅ……貴方達だけじゃなくラボの人間もそう言うし、万が一の事があれば会社にも迷惑が掛かる。だから自分の家でやったのよ。」

「それでも自殺行為となんら変わらない実験だよ。それに、もし人格移行を行うとして”容れ物”はどうするの?」

「開発班に頼んであるわ。」

「えぇーッ!? 僕、そんなおもしろそうな話聞いてないよ!」

「貴方は整備班なのだから当然でしょう。」

「……つまり、その人格の消去をどうにかしないといけない訳だな。」

「そうね。そして、実験をするかどうかも決めなくては駄目よ。」


 実験はしたいが、それはつまり誰かの人格を消すという事……ん?


「待て、姉さんは実験をしようとしたと言ったがどうやってやろうとしたんだ?」

「消去後自動で復元しようとしたんじゃないかな?」

「その通りよ。」

「だとしたら、復元にエラーが出たのはかなり危なかったんじゃないか!?」

「その場合は途中で起きるように設定してたわよ。」

「そうではなく! 復元にエラーが出るという可能性が問題なのだろう!」

「まぁ……そうね。」

「ならやはり、その実験は危険だ。すべきではない。」

「でも、そうするといきなり本番って事になるわよ?」

「いや……人格のコピーが完全に行えるならバックアップはとれるって事なんだろう? なら慎重にやればぶっつけ本番でもどうにかなるのではないか?」

「それはそうだけど、場合によって時間が掛かったらロッタちゃんの身体が保たないかも。」

「それは転生班のサポートがあったとしてもか?」

「……どうかしら、いつもどおりの補助があれば出来るかもしれないわね。」

「技術研究名目で支援を受けよう。それでどうにかなると願うしかない。」

「うーん、まぁ、建設的と言えば建設的かも。この研究に興味持つ人もいそうだから実現も出来そうだしね。」

「どうかしら……。」

「何か気になる事でも?」


 ロックキャッスルの質問に言いづらそうに俯く姉さん。


「その……私……嫌われてるから……。」


 嫌われてる? 久留屋さんについて悪評を聞いた事は無いが……。


「(彼女、しっかりしてるから畏まって接されるのを嫌われてると勘違いしてるんだよ。)」


 そうロックキャッスルが耳打ちしてくる。なるほど。そんな事を……。当たり前だけど、俺は姉さんの事、何も知らないな。


「誰ですか! そんな輩等、私が滅して見せましょう!」

「いいのよ。私に愛想が無いから。人は愛嬌って言うでしょ。私にはそれが無いの。」

「そんな! 此れ程思慮深く寛大で慈悲に溢れた方だと言うのに!」

「……凄い褒め方ね。これが理想の女性というのは本能的欲求に忠実で……まぁいいでしょう。これからの方針はわかったわ。まずはソフトウェアのバグチェックとハードの整備、データの再確認ね。ゴッド君には私から話しておくから明日もまたここに来なさい。それと、ロック。手伝って貰えるかしら。」

「任せて。特にハードに関してはね。」

「装置も家から持って来なくてはね。業者を手配しないと。」

「久々に緊張感のある仕事になりそう!」

「貴方達二人はそれまで待機してなさい。それと覚悟もね。」

「わ、わかった。」


 それからは会話もままならぬままロッタと共にラボを追い出される。


「なんだが、拍子抜けなくらいトントン拍子に話が進んだな……。」

「流石ベルウッド様の御姉様です!」

「ロッタ……この前使えない女だとか漏らしてなかったか?」

「お、おぉぉお許しを! あの時の私は目が腐っていたのです! くり抜きますか!? お望みとあらば!」

「ま、待て! 責めたんじゃない! 落ち着け!」


 まだ思う所があったのだろう。情緒の不安定なロッタだったが、宥め励ますと少しずついつもの調子を取り戻していった。そして、社宅前で別れて俺は自宅に着く。


「……疲れた。」


 自然と溢れた言葉だったが……。


「であれば私が癒やします!」

「うぉあっ!?」


 後ろには何故かロッタが立っていた。


「ロッタ!? 何故付いてきた! 一度別れただろう!」

「騙す様な真似をして申し訳ございません! ですが、明日の為にも今晩だけベルウッド様の居城に置かせて頂けないでしょうか……!」

「それは……お前……駄目な事はないが……。」


 アンの身体だし……ロッタは俺の事大好きだしで……色々と、ヤバい。


「我儘を聞いて下さってありがとうございます!」

「あ、いや!」

「だ、駄目なのでしょうか……?」

「……くぅ……そ、そうとも言ってないだろう。ただ、騒がしくしてはならない。これはウチのルールだからな。」

「は、はい! ありがとうございます!」


 近隣の目というのもある。だって此処は社宅だぞ。言ってしまえばご近所さんは全員同僚だ。


「あぁ! ベルウッド様の香りに全身が包まれている……!」

「……そんなに臭うか?」

「えぇ! なんといいますか、少し刺激的で燻製の様な香ばしさがある感じです。そこにベルウッド様ご愛用の煙管の香りもあわさって……夢のようです……!」


 えぇ……途中まで罵倒にしか聞こえなかったんだが……。


「しかし、明日の為というのはどういう事だ?」

「必ずではないとはわかったいるのですが……私は明日消えてしまう可能性もあり得るのですよね?」

「そんな事はない!」

「私もそう信じております。ですが、それでも不安に思い娘が父の膝下を望む。叱責、されますか……?」


 先程から上目遣いで俺の心を的確に押し倒してくる。そんな顔をされたら断れないだろうが……!


「……いいだろう。久々の親子の団欒だんらんだな。」

「やった! では御父様! 私! タコヤキと言うのが食べてみたいです!」

「ン? タコヤキ? 何故だ?」

「昔アンに自慢されたんです。なんでもそれを一緒に作って楽しむと仲が深まるとか。」

「んむ……。」


 リア充が嗜むタコパって奴か? しかし、家にはたこ焼き機が無いんだよなぁ……。


「あ、すみません……早速わがままを……。クラーケンの幼体なんて簡単に手に入るはずないのに……。」

「バカを言うな。」

「……!」

「我は魔王ぞ。」

「御父様ぁ!」


 精一杯の笑顔でドヤってやった。だが、これくらいカッコつけたって許されるだろう。最高の女の笑顔の為なら俺は金を惜しまない。俺はすぐに時間を確認する。


「まだ間に合うな。ロッタ、出立だ。出るぞ。」

「はっ! マイロード!」


 俺はスマホと財布と鍵だけ持って社宅を出る。向かう先は極安の殿堂を語る大型雑貨店。


「ここ、アンが来てました。」

「若者はよく来るだろうな。ほら、迷うぞ。」

「……ぁ。」


 ロッタの漏らした小さな声で自分がそれなりにこっ恥ずかしい事をしたと自覚した。ただ、手を繋いだだけなんだがな……。俺はここまで初心うぶだったのか。


「これだな。会計に行くぞ。」

「それは?」

「たこ焼きの型だ。」

「なるほど。」


 会計を済ませ、騒がしいテーマ曲が流れ続ける店内を抜ける。そして、行きつけのスーパーへ。


「ここは普通の食品売場では?」

「あぁ、ここに”たこ”は売ってるんだ。」

「たこ……たこはもしかして、クラーケンの幼体の事でしょうか。」

「そうだ。」

「あぁ! だから”たこ”焼き”なのですね!」


 蛸以外にもソースに粉に薬味にとありったけ買い込んでいく。材料はたこ焼き粉のパッケージ裏を参考にした。作るのは初めてだが、書かれてある通りに作れば問題ないだろう。材料を全て籠に詰めると、ロッタが欲しいと言ったアイスやお菓子で表面を覆い最後は再び会計だ。


「ちょっと、買いすぎたか?」

「御父様! 既に楽しみで仕方ありません!」


 御父様か……行った先々でなんかのプレイだと思われただろうな……。まぁいい。家には帰ってきた。


「よし! 此処からが本番だ!」

「はい!」


 たこ焼き機を開け、説明書を読みながらセッティング。どうやらコンセントに繋いでスイッチのオンオフをするだけという安物らしい。すっかり失念していたがこのきりみたいなのは付いてるんだな。で、粉は……と。


「ご支持を。」

「あぁ、それではな……。」


 再びパッケージ裏を参考に材料を組み合わせていく。そして、ロッタは短い言葉で俺のしたい事を理解し、時に何も言わずともして欲しい事をしてくれた。……楽しい。


「この白い汁は何に使うのでしょう?」

「ん? そのパッケージに絵が描いてあるだろう。たこ焼きとはアレの事だ。」

「……この丸い物ですか? クラーケンは何処に?」

「中だよ。」

「ほう。この気持ち悪い見た目を隠す為ですね? たこ焼きというシンプルな名前の割に工夫が中々小憎らしい。」

「ふふふ……。」


 ロッタの背伸びした子供の様な台詞は俺の心を優しくくすぐる。


 さて、新品のたこ焼き機に油を塗って生地を流し込む。そして、たこを投入。それから少し待ち、付属のきり的な何かを使ってひっくり返すだけらしいが……。


「ぬぅ? む、難しいな。」

「絵には理想像を描く物ですから、こういう物なのでしょう。」

「いや……ううむ。これは我が食べよう。」

「そんな! 私も!」

「ロッタ、少しは俺を立てろ。」

「御父様……。」


 初めて作るという事もあって丸くならない。だが、本物はもっと丸いという事を知っている。何が駄目なんだ!


「おぉ! 今度は丸いです。殆ど見本と変わりません!」

「フッフッフッ! 見たか! さぁ、食べろ! 熱いから気をつけるのだぞ!」

「有難き幸せ!」


 手こずったのは最初だけだった。お焦げがどんな物か知っていればすぐにやり方は思いつく。テフロン加工って便利だな……。


「あ、あふっ……あちゅ……んー! 美味しい!! 美味しいです! 御父様!」


 娘なんていないんだけどな。それでも、今幸せそうに自分の感情を俺に伝えてくるこの子が娘の様に感じて仕方ない。しかし、彼女は他人の身体に入った虚構の存在だ。それでも守りたい。


 ……俺がこんな物語の主人公みたいな悩みを抱えるなんて。思えば異世界では彼女を何度か泣かせた事があった。最後に見たその顔は笑顔だった気がする。それでも彼女の頬は濡れていた。


「御父様。」

「なんだ。」

「えいっ。」

「あ、おい!」


 ロッタは俺の取皿から失敗してグラタンの残骸みたいになったたこ焼きをスプーンで掬って口に入れる。


「もう冷えてるじゃないですか。」

「そっちは俺のだぞ。」

「どっちも美味しいです。やっぱり、御父様はお優しい。」

「何を……。」

「”また”作って頂けますか?」

「……あぁ。」


 その”また”が今から作るたこ焼きの事なのか。それとも、明日以降の事なのか。俺は聞くことが出来なかった。


 たこ焼きは幸せになればなる程減っていく。


 まるで残された時間の様に。

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