第23件目 名前にキラメキは必要ない

「全く、やってくれるよ。」

「久留屋さんは何をやっているのだ? これは転生装置にも見えるが……。」


 俺は転生装置だけでなく転生という物が如何にデリケートか知っている。だからこそ、下手に弄って彼女を起こす事は出来なかった。彼女を発見した俺達は結局ロックキャッスルに電話してタクシーで来て貰ったのだ。


「今色々調べてみてるけど……転生ではないね。それを応用した何かみたい。パーソナリティーマイグレーション……?」

「なんだそれは。」

「そのまんまだよ。人格移行って事。」

「人格移行だと?」

「私を誰かに移す為の装置って事かしら。」

「だろうな。だが、それを一人でやって何になる?」

「移行先は何処かって事だよね。それは仮想環境に移してるみたい。」

「移してるってもうその作業は成功してるって事なのか?」

「うん。」

「じゃあこの女の身体は今、空っぽって事?」

「いや、やってる事はあくまでコピーだよ。元データの消去はする必要が無い。」

「なるほど。とにかく無事という事だな。」

「無事だけど幸運だよ。こんなの一人でやるなんて正気じゃない。」

「どういう事だ。」

「システムっていうのはトライアンドエラーで作るの。まずは失敗して当たり前なんだよ。そして、エラーっていうのは時に想定外の部分にまで干渉したりで何が起きるか予測不可能と言ってもいい。それをリカバーする補佐も無しに一人で自分の脳を弄くり回す様な実験をするなんて……。」

「ぬぅ……。」


 何故そんな無茶を……。


「起こすことは可能か?」

「可能というか、もうそろそろ起きるっぽい。データ移行後はバックアップを使用して復元するように組まれてる。」


 天才というのは考える事がわからないな。そう考えると魔王とは天才でなくてもなれる職業だったと思える。


「待って……! エラーだ!」

「何!?」

「バックアップの適用が上手くいってない! バイタリティチェックが復元プログラムに干渉してる? 肯定の順序にミスがあったのかな。」

「お、おい! 大丈夫なのか!?」

「うん、この程度なら僕でもなんとなると思う。これより深部のバグだったらもうわかんないけどね……でも、影響範囲によっては無理かもしれない。」

「ベルウッド様、この女が使い物にならなくなったらどうすればよいのでしょう。」

「……。」


 その時はロッタ、或いはアンが消える。


「な、何か手伝える事はないか?」

「ないよ。祈って。」

「クッ……!」

「あ、嘘! 駄目だ! これだから他人の書いたプログラムなんて弄りたくないんだ!」

「何があった! どうなったんだ!」

「……ごめん。」


 映画の様にアラートが鳴り止まない訳ではなく、エラー警告画面も仰々しくない。ただ、時が止まった様に俺達は静寂に落とされた。眠った彼女の横で。


「……まさか、死んだ……のか?」

「バイタリティに大きな影響は見られない。だから、未だわからないね。」


 俺は何も出来なかった。謎も謎のまま。問題は問題のまま。


「……ッ!」


 しかし、何を思ったのかロッタが動く。装置の中で横たわる彼女の胸ぐらを掴み引き寄せたのだ。


「アンタ! 起きなさいよ! 勝手に死ぬなんて許さないわ!」


 それにより身体からパッドが外れて床に落ちる。俺はそれを眺めている事しか出来なかった。


「ぅ……。」


 久留屋さんが呻き声が漏らす。行きてる証拠だ。だが、俺が何か言う前にロッタは思いっきり彼女の頬を叩く。


 パン! と大きな音を立てて首を曲げる久留屋さん。その勢いで眼鏡も吹き飛んでしまう。


「……な、何?」


 喋った!?


「い、生きてるのか!」

「ふん、やっと目覚めたわね。」

「……どういう状況?」

「ロッタ! 話してやれ!」

「はっ、マイロード。」


 胸ぐらを離されドサッと床に崩れ落ちへたり込む彼女。髪の艶は濁りボサボサ、服は全身スウェットである。最早出来るチーフの久留屋さんではない。俺は、虚ろで目が開ききっていない彼女の顔を覗き込む。


「……久留屋さん。俺がわかりますか。」

「……ゆんちゃん。」

「へ?」


 ……ゆんちゃん? 誰の事だ?


 そう思ったのも一瞬で彼女の瞳は徐々に光を取り戻していき俺としっかり目を合わせてきた。そして、カッと目を見開き……。


「ゆんちゃん!?」

「は!?」

「えっ、な、なんで!? 何が……!? あれ、此処ウチで……あぁー!」

「お、落ち着け!」

「お、ぉお、落ち着いてるわ! べ、ベルウッド君、よく此処がわかったわね。痛っ!」


 いつもの調子で背筋を正しスッと立ち上がるが、眉間を思いっきり自分の爪で刺す。そこに今眼鏡は無いからな。


「受け取りなさい。」

「あ、ありがとう。」


 ロッタに吹き飛ばされた眼鏡をロッタから受け取る久留屋さん。心なしか顔が赤い。まぁ……恥ずかしいよな。ギャップ凄いし。


「今、身体に異常は無いんですか?」

「心配してくれているの? 今の所大丈夫そうよ。」

「よかった。かなり無茶な実験をしてたみたいですね。」

「無茶……と言えば無茶ね。でも、セーフティは何重にもして気を配ってたわ。」

「それでもエラー起きてたけど?」

「エラー? って貴方もいたのね。」

「呼び出されたんだよ。君がこんな危ない事してるとは思って無くて驚かされちゃったね。とにかく、復元が上手くいかなかったみたいなんだ。頭大丈夫?」

「……言い方、考えた方がいいわよ。それと、復元プログラムはあくまで保険。エラーが起きても問題無いようには作ってあるわ。」

「あぁー……なるほど。なんだ、焦って損しちゃった。」

「んん? どういう事だ?」

「いや、大事なプログラムを弄る時にはよくやる手法なんだけど、簡単に言うとこまめにセーブとロードを繰り返すみたいな……つまり、今回は焦んなくても久留屋さんは無事だったって事。」

「そういう事ね。」

「でも、幾ら対策したって一人がカバーできるミスには限界がある。この環境は無謀だよ。」

「そうね。でも、どうしてもこの実験を成功させたかったのよ。」


 自嘲気味に微笑みながら語る久留屋さん。だが、ロッタは空気を読まなかった。


「それで、私をこの身体から取り出す方法はわかった訳?」

「……今回の成果をチェックしてから判断するわ。何せ、この実験は初めてだったんだもの。それより、どうやって此処に?」


 至極当然の質問だが、俺達は話すべき事が沢山ある。多少掻い摘んで経緯いきさつを説明した。


「アンの人格が消失しそうだなんて……自主的にそんな事が可能なのね。説得が無理なら急がないと。でも、それ以上にロック。やってくれたわね。」

「え? 僕?」

「そうよ。ベルウッド君を巻き込んでこんな事して。ベルウッド君が処分されたら許さないわよ。」

「だ、大丈夫だよ。ちゃんとログも消したし人の目にも気をつけた。」

「これは俺が望んで合意しやって貰った事だ。ロックキャッスルが責められる事ではない。それに、俺が処分された所で貴方には関係無いだろう。」

「……そう。」

「そうだ。関係と言えば聞きたい事がある。」

「何?」

「これは偶然だが、今日、自分のデータを見たんだ。そしたら、依頼者の名前に久留屋さんの名前があった。その……綺羅美姫ふぇありーという名前も見たんだ。久留屋さんの名前がもし、綺羅美姫ふぇありーという名前なら同姓同名の別人という可能性は低いと思う……。」


 俺の言葉を聞いた瞬間、久留屋さんは目を見開いたかと思えば刺し殺す様な鋭い目つきでロックキャッスルを睨み付けた。


「ロック! 貴方……!」

「そ、それについてはホントにゴメン! 知らなくて!」

「その反応! やはり久留屋さんは俺の転生の依頼者なのか!?」


 俺を見て、ロックを見て、再び俺を見ると観念したように溜息を吐き項垂れる久留屋さん。間違いないみたいだ。


「……そうよ。私はね。知っての通り久留屋綺羅美姫ふぇありー。鈴木羽馬ユニコーン、貴方の姉よ。」

「何!? 姉!?」

「え?」

「え?」


 何故か久留屋さんが驚き、その様子に俺も鸚鵡おうむ返しで驚く。


「あっ……そう。私のプライベートデータまでは見てなかったのね……。」

「あ、あぁ、今知った。しかし……本当なのか?」

「本当よ。貴方は昔、久留屋羽馬ユニコーンだったの。その歳までロクに戸籍を確認してなかったのね。しょうがない子。」

「グッ……。」


 急な説教に思わずたじろぐが、もしかして俺のこの久留屋さんに逆らえない感覚は……血に刻まれた運命さだめなのだろうか。


「父親に引き取られた私だけど、貴方の事はしっかり覚えていたわ。それから偶にだけれど、貴方の様子を見ていた。」

「俺を心配して……?」

「貴方だけじゃない。母さんもね。私は別に貴方達の悪い噂を吹き込まれて育った訳じゃない。ただ離れただけなのよ。そこを世間の家族愛こそ大事、みたいな風に当てられたら気になるもの。なんだか言ってて情けなくなるわね。……正直、申し訳なく思ってるわ。」

「何故だ。」

「好転してる様には見えるけれど人生を無理矢理変えた事は事実だからよ。」

「見えてるんじゃない。俺は実際に転生してから強くなった。だから今人生で一二を争う衝撃を受けていてもこうして、”姉さん”と話す事が出来る。……昔ならきっと此処から逃げ出していた。なぁ、ロッ……ロッタ?」

「あわわわわわわわわわ……。」


 ロッタは腰を浅く落とし、さっきまでとは打って変わって狼狽ろうばいしていた。


「ど、どうした!?」

「そ、そんな! 私はベルウッド様の御姉様になんて態度を……!」

「そういう事か! 久留屋さん! 何か赦しの言葉をロッタに……!」

「嫌。」

「何故!?」

「……姉さんって呼んでくれたら言ってもいいわ。」

「姉さん、ロッタを慰めてくれ。」

「ヒルデロッタ、私は気にしてないわ。背筋を伸ばしなさい。」

「は、はっ! し、しかし!」

「しかしも何も無いわよ。私に醜態を見せたいの?」

「いえ! その様な事は!」


 なんだか手慣れてないか?


「なら、普段どおりでいなさい。」

「わかりました。ですが、態度は改めさせて頂きます。」

「それは任せるわ。……寧ろ私が貴方に謝るべきよ。貴方も私の我儘で生まれてしまったのだから。」

「そんな!? 謝る必要はございません! 私はベルウッド様の御姉様のご厚意により生まれる事が叶ったのです。それは、忌まれる事なのでしょうか。私が生まれた事は謝られる様な事なのですか……?」

「……。」

「そうだ。俺もロッタに出会えて嬉しいとしか思っていない。俺達の名前と一緒だ。苦労は沢山あっても感謝はそれ以上に大きい。」

「私は自分の名前が嫌いよ。弟にはもう少しマシな名前付けると思ったらまさか漢字と読みがなを一致させないなんて……! 響きが可愛くなかったら永遠に憎んでいたわ!」

「き、嫌いだったか。」

「あ、いえ、ユニコーンって名前は好きよ? でも、自分の名前と転生を依頼した事を同列に並べるのは違うと思うのよ……。と、とにかく! 私は転生をさせた事について悪いと思ってるのよ!」

「悪いと思わないでくれ! 姉さん!」

「わかったわ!」

「わかってくれるのか!」

「あっ……えー……そうね。この場合取り敢えず、一旦だけれど、そう思う事にするわ。」

「ふくくっ……。」

「ロック! 何を笑っているの! 元はと言えば貴方が……!」

「いやーごめんごめん! でも、こんな君を見るの初めてだから!」


 場の空気が少し和む。ここ最近俺の平坦だった日常がささくれだってばかりだった。しかし、どうにか上手い具合に着地している。この調子でどうにかアンを呼び戻せない物か……。


 それと母さん、今度姉さんについて話して貰うからな。

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