第22件目 エージェントの番号は結構重要

「ど、どういう事だ! 久留屋さんが俺の転生の依頼人だと!?」


 驚愕の記述に驚く俺を見てロックキャッスルもノートパソコンの画面を覗き込む。


「え? あっ、本当だ。」

「ベルウッド様、転生の依頼人というのはどういう事です?」

「……俺を、お前達のいたあの世界に送ったのは久留屋さんだという事だ。」

「あの女が、ですか?」

「あぁ……しかし、俺が久留屋さんを知ったのは転生した後だ。繋がりは何もない。意味がわからないぞ。」

「繋がりが何もない……か。本当にそうかな。」


 意味深にロックキャッスルが問いかけてくる。


「何が言いたい。」

「見て、彼女の名前。」

「久留屋さんの名前?」


 俺は”久留屋”の続きを読…………読めない。


 久留屋、綺羅美姫?


 くるや、きらみき……とかだろうか。この名前を付けた親は中々その……独創的な完成を持っているな。個性的な世界観を背景に感じるというか……。ってそうじゃない、ふりがなもしっかりと記述し――綺羅美姫ふぇありー!? 待て! 何処にフェアリー要素があると言うのだ! 漢字にも本人像にもフェアリーらしさは何処にも無いぞ! それに彼女は俺より年上、うん、三十五歳って書いてある。つまり字面だと綺羅美姫ふぇありー(35)みたいな感じになる訳だ。


「くふぅ……!」

「ベルウッド様!?」


 嘲笑なんかでは無い。同情と共感だ。そこから止めどない感情が押し寄せ俺の目から涙となって滴り落ちていく。これまでの人生で笑われてきた苦労とこれから笑われるであろう苦痛。何方をとってもなんというか……もう一人の自分を見ているようで……。まさかこんな身近に近い境遇の人間がいたとは……。


「ど、どうされたのでしょうか!? 貴様! 何をした!」

「えぇ!? 僕は何もしてないでしょ!」

「やめろ、ロッタ。ちょっとした発作みたいなものだ。」


 もう俺は親を恨んでは居ない。だが、辛い思いを何度もしたのは事実だし、これからもそれに付き合って生きるのだろう。毎年ナントカネームは増えるとか言われていたが、俺の周りに俺ランクで特異な名前はいなかったよ。自己紹介の時に先行して少し変わった名前の奴が自虐ネタで大爆笑を掻っ攫った後、おずおずとこの名前で自己紹介する時の気持ちなんて殆どの奴にはわからないだろう。


「と、とにかくだけど、わかるよね。多分久留屋さんとはこの独特な名前という点で繋がっている。」

「あぁ、強い繋がり……というかシンパシーを感じた。だが、それで俺を転生させる理由にはならないだろう。」

「でも、ベルウッド君はもう答えの一つを知ってしまったんだ。もっと知りたかったら本人に聞くといいよ。」

「……そうだな。それで久留屋さんの場所は?」

「えぇーっと……こうして、こうして……こう!」


 ロックキャッスルが少し強めにキーボードを叩くと画面に大きく地図が表示された。中心にはピンが立っている。見た感じここの近くみたいだが……。


「ここ、なのか?」

「うん。座標データだけ抜き取っておこう。」

「あ、あぁ、頼んだ。」

「リアルタイムの座標だから今ここにいるはずなんだ。」

「なら移動する可能性もある訳ね。」

「うん。」

「それなら急ぎましょう! ベルウッド様!」

「あぁ!」

「アクセスログとかを消しておくから車出しといて。すぐに追うよ。」

「助かる! 行くぞ、ロッタ!」

「はっ!マイロード!」


 俺は白衣をひるがえし、回収車へ急ぐ。久留屋さんの元へは”仕事”の為に向かうんだ。社用車を私用に使う訳ではない。これくらい許されるだろう。


 ロッタが助手席に乗り込むと、エンジンを掛けてロックキャッスルを待つ。


「どうやら来たようですよ。」

「お待たせ。隠蔽いんぺい工作は完璧だよ。」


 運転席の窓越しに見上げて話し掛けてくるロックキャッスル。俺は初めて自覚を持って会社を裏切ったかもしれない。異世界で人を殺した時とはまた違った感じの罪悪感だ。居場所が揺らぐというのは世界なぞ無関係に不安になるものである。


「……信じるぞ。それで、どうする? それと場所は?」


 車はトラックを模している。後ろにコンテナを付けてない場合は二人しか乗れない。


「えーっと待って、転送する。だから僕はここに残るよ。後で自分の端末スマホ見て確認して。それより、これ。○○七まるまるななつ道具。ジェームズセット。」


 窓から小さめのジュラルミンケースみたいな鞄をねじ込んでくるロックキャッスル。俺はそれを取り敢えず受け取ってロッタに渡す。


「な、なんだこれは。」

「僕が個人的に趣味で作って怒られたボツグッズの一つ。」

「何だと?」

「うーんと、お客さんに使ったら駄目って怒られちゃう代物なんだけど、社員に使うのはセーフなのかなって。」

「そう言われたのか?」

「いや、僕がそう思っただけ。」

「……なんと言えばいいんだろうな。」

「何も言わなくていいよ。」

「しかし、用途や使い方が――。」

「それは久留屋さんの座標と一緒に送ったよ。読み込みリーダーアプリなんだけど、カメラでグッズに付いたコードを読み込むと色々説明してくれるからまぁ、頑張って。」

「お、おう……。」

「そして使い終わったらレポート書いてもらうね。」

「何!?」

「当然だよ。それくらい見返りあってもいいでしょ。ギブ・アンド・テイクね。」

「くっ……! わかったよ!」

「それじゃあ、行っておいで。アプリでもわからない事があれば電話してくれれば対応出来ると思う。」

「サービス万全か!」

「勿論だよ。」

「ベルウッド様。」

「あぁ、わかってる。出るぞ!」


 俺は軽く周りを確認すると車をゆっくり発進させる。スマホは道案内の為にもロッタへ渡した。なんとかアプリはともかく、久留屋さんの住所は助かる。現代に生まれてよかったと心から思えるな。ロッタはアンの操作をずっと見ていたからかスマホの使い方もそれなりに覚えていた。案内も難なく出来ている。


「此処です!」

「……此処か。」


 導かれた場所は少し古ぼけた一軒家。古風とは言えないがモダンでもなく、庭のない木造住宅である。あのいつもキリッとして如何にも出来る女性という雰囲気を纏う久留屋さんがこんな家にいる気がしない。というか社宅じゃなかったのか。やはりチーフは収入が……。


「開けなさい!」

「こ、こら!」

「ひゃい!?」

「ゴホン、すまん。俺も大声を出してしまった。未だここは久留屋さんの家だとはわからないのだ。軽率な行動はするな。」

「すみません……。」

「よい、我も僅かながら焦っているからな。ロッタを見て少し冷静にはなれた。だが、冷静に慎重にだ。ここで不要な妨害を誘う必要はないだろう。」

「はっ。」

「では……私が手本を見せようではないか!」


 俺は慣れた手付きでインターホンを押す。


『ビ、ビビビーンボーンボーンボボボボ……。』


 スピーカーか何かの接続が老朽化のせいで音声が酷く乱れている。まるで不吉を象徴するかの様だ。


「……留守か?」

「まずは入ってみましょう。」

「入ると言っても鍵がだな……」

「何処のです?」

「何処って……ん?」


 ロッタは何も疑問に思わず玄関の磨りガラスが張られた引き戸を開けた。ガシャシャッと音を立てて拓かれる道。


「開いた?」

「開かない物なのですか? しかし、押戸ではなく引き戸とは変わった家ですね。」

「この世界ではそうでもない。」

「異文化ですね。」

「お前からすればここは異世界だからな。」


 雑談を交わしつつ玄関を覗き込む。埃臭さより、家庭臭の方が強く感じる。確実に人は住んでいるのだろう。しかし、不用心だな。ここはまだ田舎と言える程田舎ではないぞ?


「ベルウッド様、何やら異音が聞こえませんか?」

「異音だと?」


 ロッタの言葉で耳を済ましてみるが、聞こえてくるのはブゥーンという低い音だけ。これは恐らく旧型の冷蔵庫が稼働している音だ。


「俺には聞こえないな。」

「此方です。」

「あ、おい!」


 土足のまま奥へ歩いて行こうとするロッタ。


「せめて、靴は脱げ。」

「はっ。」


 忠告を聞き入れるのは偉い。だが、勝手に入っていいのか? まだ久留屋さんの家かもわからないしな。せめて表札でも……。


 玄関脇の靴を入れる箱の上にそれはあった。久留屋と書かれた表札だ。


「表札をしまっていたのか。だが、確定だな。」

「ベルウッド様! ここです! ここから異音が!」

「んん?」


 いつの間にか奥まで進んでいたロッタが俺を呼ぶ。久留屋さんの家と決まった以上”遠慮”は既に消えていた。ロッタの声がする所まで行くとそこにあったのは閉ざされた一つのドア。中からはブゥーンという低い音がする。そして、明らかにこの先は台所ではない。何故なら別に台所があるのは確認したからだ。


「鍵が掛かっているな。」

「壊しますか。」

「それは流石にまずいだろう。そう言えばアレに何か便利な物は?」

「お待ちを。」


 ロッタがロックキャッスルから受け取ったケースを開ける。中には玩具みたいなグッズが複数しまわれていた。俺はインストールしたアプリを開いてカメラ機能を起動する。


「最近はハイテクだな……スパイになった気分だ。」

「それで用途がわかるというのは鑑定スキルの様ですね。」

「あぁ。というかそれと同じだな。……”最近のマーリン”、”引っ張っチャウチャウ”……なんだこれは。使えるのか?」

「珍妙な物ばかりですね……。」

「おぉ!」

「何かあったのですか!」

「この”何処でもサスペンション”というアイテムはドローンらしくてな。強力な推力と繊細なジャイロセンサーで空中に留まり、何処でも懸垂が可能になるらしい!」

「……それが何か?」

「あ、いや……これだけの技術力があるのなら一つくらいは使える物があるのではないかと思ってな……。」


 これ、後で貰えないか交渉しよう。レポートだってなんだって書くぞ。


「これはどうでしょうか。」

「うん? ”ちょうバッジ”か。何々? 複数の機能があるらしいな。GPSにジェット噴射に誘引? よくわからん。しかもスマホとペアリングしなくちゃいけないとか書いてあるぞ。これでは使う気にならん。要改良だな。……おぉ! 鍵の解錠! あった……ぞ……?」

「まさか、その糞の様な何かですか?」


 酷い表現だが、透明のケースに入れられた茶色く柔らかそうな粘土っぽい物。糞と言われてしまうのも仕方ないだろう。


「名前は……”やってみそ”。電子ロックには添えるだけ、アナログな鍵穴には詰め込むだけらしい。」

「みそ……味噌ですか! しかし何故味噌を?」

「俺に聞くな。」


 どうせ遊び心とかいう名の自暴自棄だろう。


「早速使ってみよう。」


 俺は”やってみそ”を一掴み手に取り出して鍵穴にねじ込む。触り心地は味噌に近い見た目とは裏腹に紙粘土っぽさがある。これを鍵穴に詰め込んで……ハンドルを軽く回すように力を入れ続けると……。


「開いた! しかも見ろ、引っ張ったら”やってみそ”が全て穴から取れたみたいだ。これなら鍵穴を壊す事には……何!?」

「この女は何をして……。」


 ドアを開けた先にはSFチックな日焼けマシーンの様にも見える機械的棺桶かんおけに久留屋さんが納まり寝ていた。

 身体中にはよくわからないコードに繋がれたパッドが貼られている。


 彼女は一体、何を……。

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