第21件目 薄目の奴は悪巧みがお好き


「何故だ!」


 俺は開発班のラボを出ると苛立ち任せに壁を殴る。アンの意識が消えて二週間が過ぎようとしていた。それでも、まだ久留屋さんの所在がわからない。


「何処で何をやっているのやら。」

「冷静だな、ロッタ。」

「いえ、ベルウッド様が私の怒りを体現してくれているからこそ冷静でいられるのです。こうしている間にもアンが薄れていっているのだとしたら……。」

「アンの意識は?」

「微塵も。」


 ロッタにしては珍しい疲れたような不安そうな表情。最初は俺と一緒に仕事を出来るという喜びで活気に満ちた態度を見せてくれていたが、日に日に上の空になる瞬間が増えて来ている。


「早くアンを呼び戻さなきゃな。」

「……誤算でした。」

「何がだ。」

「アンが私の中でこれほど大事な存在になっていた事を含め、様々な事がです。」

「……父としては嬉しいぞ。」

「で、ですが、その分ベルウッド様を蔑ろにしているという訳では――。」

「良い。わかっている。」

「おや、ベルウッド様? 何か音が聞こえませんか?」

「変な音?」


 急な話題の転換だ。しかし、突然変な音がするというのは異世界だとトラブルに決まっている。かと言ってここは現実だ。その音の正体はただの震えるスマホであった。しかし、画面にはこう表示されている。


 ――久留屋。


 俺は反射的に応答ボタンをタップする。


「もしもし! 久留屋さんですか!?」

「大きな声を出さないで。」


 冷静な声に苛立ちを煽られるが、注目を集める気はない。一度周りを見回してロッタとアイコンタクトを取ると人気のない場所に移動しつつ声の音量を抑えて会話を続けた。


「今迄何処に、いえ、今何処にいるんですか!」

「それは秘密よ。」

「何故ですか!」

「こっちにだって事情があるの。」

「そんな……!」

「それより聞きたい事があるの。」

「……なんですか。」

「ヒルデロッタの事よ。」

「ロッタが何なんです?」

「アンの事は置いておいて、貴方は彼女をどうしたいのかしら。」

「俺が?」

「そう。貴方自身はヒルデロッタをどうしたいの。アンの為に消えても仕方ないって思える?」

「それは……関係ないじゃないですか。俺がどう思うかなんて。」

「逃げないで。」

「逃げてなんて……! アンとロッタは分けなきゃいけない! それに俺がどうしたいかは関係ないんだ!」

「そうよ。だから今完全に違う話をしているの。」

「完全に違う?」

「えぇ。シンプルに考えて。ヒルデロッタは今この世界にアンの身体を借りて生きているわね。なら、これから数日後、数週間後、ある日消えてしまったとしたら?」

「……。」

「耐えられる?」


 耐えられる? まるでロッタが消えると決まっているかの様な問いかけだ。そうなのか? 消えるのか……?


 無意識に視線を向けた先でロッタと目が合う。


「ベルウッド様? 何故、その様に辛そうな顔を……?」


 ハッとした。


 俺がこの世界に戻った時、一瞬だけ……ほんの一瞬だけだが、深く深く絶望した。しかし、それを上回る充足感というか、失い過ぎ去った物や仲間達に恥じない為にも俺を含めた多くの者は前を向けるのだ。それは二度と手の届かない幻だと思えたからである。


 宝くじで一生遊べる大金を得たとする。しかし、それは手違いだったと知らされた。ここまでなら諦められる。そこへお詫びとして、数割を実際に手渡された。そして、今、それすら返せと言われているのだ。流石に納得がいかない。


 金に例えてしまったが、ロッタはそれよりも大事な人だ。夢そのものである。俺が練りに練った設定を顕在させた身体はこの世界に存在しない。しかし、魂は理想のままであり、触れて話して感じてやはりロッタは自分にとって完璧なんだと思い知らされた。俺を困らせる時もある。呆れさせる事おもある。それでも愛おしくて仕方がない。


 そんなロッタが消える……?


「……もう答えなくていいわ。と言うより、その沈黙が答えよね。話をズラしたり反論もしないなんて。」

「いや……。」

「少し、嫉妬しちゃうわ。」

「え……?」


 俺の疑問に対する答えは通話の切断だった。嫉妬? ロッタにって事か? そうなると俺の事が……いや、彼女から恋愛的感情を向けられた記憶は無いし、何より接点がなさ過ぎる。雑談なんて殆どした事ないぞ? 最近こそアンの事で話す回数は増えたが、まだ岩城ロックキャッスルとの方が話している。しかし……。


「俺は鈍感だからなぁ……。」

「どういう意味でしょうか? あの女の所在は判明したのですか?」

「あ、いやぁ、ってそうだ! 結局何も……!」


 俺は急いで電話を掛け直す。しかし、繋がらない。恐らく電源が切られているのだ。


「クソッ! 出勤扱いにはなっているらしいが……!」

「何悪態吐いてるの?」


 振り向くとそこには岩城ロックキャッスルが立っていた。技術班バックは連携しやすい様に久留屋さんのいる転送班、開発班、整備班は近くに部署を構えている。岩城ロックキャッスルは整備班、ここで出会っても不思議ではない。作戦の度に世話になってるからな。チーフの岩城ロックキャッスルはアンと話した事もあり事情もそれとなく知っている。


「久留屋って女が何処にいるかわからないのよ。」

「久留屋さん? 確かに最近見ないねぇ。何かあったの?」

「実は……ロッタ、話しても構わないだろうか。」

「問題ございません。」

「すまない。で、アン、つまりアプリコットがだな。人格が消えてしまい困っているんだ。」

「人格が? 凄いね。異世界みたい。」

「あぁ、俺もそう思うが、現実に怒っている問題なんだ。しかも原因は”ロッタをこの世に残して自分は消えよう”っていう彼奴の独断なんだよ。」

「……なるほどね。ありがちじゃないけどありがちな奴だ。」

「その為にもどうにかロッタをアプリコットの身体から早急に分離させなきゃいけなくなった。」

「うーん……色々ファンタジーだなぁ。それに転生装置周りだと僕じゃ役に立ちそうにはないや。人格の分離なんてまるで魔法の領域じゃない?」

「だからせめてその魔法の領域に片足踏み込んでいる久留屋さんに直接会いたいんだよ。今何をやっているのか知らんが、やり取りが行えないのは致命的だ。彼女はまだアプリコットがこういう状況になっていると知らないからな。」

「なら、駄目元で貸与端末の座標を確認したら?」

「何?」


 貸与端末の座標? 会社から貸し出されているスマホの事か?


「うん。GPSで場所割り出してさ。」

「そんなドラマチックな事が出来るのか?」

「ドラマチックかはわからないけど出来るよ。……ぁ、でも、コンソールにアクセスする権限が無いのか。」

「権限が必要なのか……。」

「当然だよ。顧客のデータベースとかにもアクセス出来るしね。」

「権限はどうやって手に入れられる?」

「チーフの社員証を盗んだりとかかな。」

「なら、ロックキャッスルの社員証があれば!」

「えぇっ! やだよ! ログはしっかり残るんだからね!?」

「そう言わずに頼む! 俺が盗んだという事にしてくれていいから!」

「……あのさぁ。それって重大なコンプライアンス違反だよ? 最悪クビにもなるんだけど。」

「構わない!」

「はぁ……ロッタちゃんの顔を見てご覧?」


 ロッタ? 何故ここで、と思ったがアンロッタの目を見て俺は察する。何も言わないが不安の影が瞳の奥に落ちている。……なるほど。


「そうか……すまん。感情的になり過ぎたみたいだ。」

「そうそう。君がいなくなったらそこには必ず原因がある。彼女達がそれを背負う事になっちゃうよね。それにアプリコットちゃんもロッタちゃんもそんなの望んでないんじゃないの?」

「むぅ……。」


 何も言い返せない。だが、ここから建設的な意見なんて……時間もいつがリミットかわからない状況だ。可能なだけ早く問題解決に向かいたい。


 すると、クスッと笑う声が聞こえた。ロックキャッスルだ。何故か微笑しながら細い目の端でキラリと眼を光らせた。


「必ず傷付いて勝利を勝ち取るのもいいんだけどさ。偶には無傷で勝利を勝ち取るのもいいんじゃない?」

「……どういう事だ?」

「あのさぁ、現整備班チーフ、元開発班チーフの僕を舐めないでよね。」


 いや、元開発班って初耳なんだが。



*****



「おい、急いでいるとは言ったがこれは幾ら何でも……。」

「まさか夜にこそこそやると思ってたの? そっちの方が危ないよ。」

「しかし……。」

「いいから付いてきて。」


 俺とロッタは白衣を羽織りロックキャッスルに付いていく。地下にある整備班のガレージだ。ニッチな条件の対象者に合わせた道具を開発班が作り、それを整備班が保管と整備を行う。回収車以外にも様々な道具があるからな。やってる内容的にはくっついていてもいいと思うんだが、新規制作と改良はまた別の部署があった方がいいとかなんとか。それに開発班は回収作戦に使う道具だけでなく転生装置周りの開発にも携わっていると聞く。もしロックキャッスルが本当に元開発班のチーフなら何か役に立つ情報を聞けるかもしれない。


「ちょっと散らかってるけど気にしないで。」


 そう言って案内されたのはロックキャッスルのラボだった。よくわからない機械の部品が山の様に積まれた籠。SFチックなサーバーっぽい機械が積み上げられた塔。さびほこり臭さが尋常じゃない。


狂気の創造者マッドクリエイターね……。」

「狂ってないよ。好奇心が旺盛なだけだって。」

「ここで何をする気なんだ? 俺達が白衣を着た理由は?」

「そこまで目立たずラボに入る為だね。うちの子達は他人に興味が薄い子ばかりなんだけど、一応保険。」「

「なるほど。」

「確かに、誰もこっちを見なかったわね。」

「そうそう、それじゃあアクセスするよ。」

「何? ここで出来るのか?」

「うん。あれ? もしかして映画みたいにネットから切り離された専用の端末があると思った? それがセキュリティ的には一番なんだけどさ。ウチは支部とかもあるからイントラネットで管理してるんだ。」

「イントラ……? インターネットとは別物か?」

「殆ど一緒だけど、まぁわかんなくてもいいよ。とにかくこれのログなら僕、消せるんだよね。」

「おぉ!」

「よくわからないけれど、ベルウッド様が喜んでくれてるみたいだから私も褒めてあげるわ。引き続き久留屋とかいう女を探すのよ。」

「はいはい。ちょっと待って~。」


 ロックキャッスルはニヤリと笑ってノートパソコンのキーボードを叩き始める。なんだか少しワクワクするな。ハッカーみたいな事をやってるんだろうか。少なくとも俺は画面の中で動く記号が何を意味してどんな機能を持つのかさっぱりわからない。


「ほいっと。」

「出来たのか?」

「うん。取り敢えず試しに……はい。」

「俺の写真?」

「これはベルウッド君のプライベートファイルだね。今と比べると随分若い。それに、この頃ってやっぱり未だガリガリだねぇ。」

「おぉぉぉおおぉぉ! お可愛らしい!」


 歓喜の声をあげるロッタ。卒業式の写真集じゃねえんだからさ……。それにこれ機密情報で簡単に他人へ見せちゃ……。


「ん……?」


 そこには本来見ちゃいけない項目が合った。依頼者の名前である。そこに俺の知っている母の名前は無かった。代わりにあったのは……。



「――久留屋。」


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