第20件目 相棒になるとテレパシーが使えたりする
「お前、あの女に何をした?」
「ゲホッ……。」
異世界と違って現実での戦闘は地味なモンだ。光り輝く閃光も、辺りを覆う土煙も、鼓膜を劈く爆音も無い。尻を地面に付けたまま塀に背中を寄り掛からせ上を見上げる。
……座って見上げると中々にでけぇな。魔王時代、この姿勢から攻勢に出た事は無かったかもしれない。奴は何かを考えているのか追撃を加えず俺を見下ろすのみ。これだけ
異世界だったら躊躇無く攻撃されてたか、大袈裟な身振り手振りで長台詞を吐かれてる所か。
『おい! 大丈夫かよ! ベルウッド!』
スィトゥーが珍しく俺を心配している。……それは
咳を抑えながら大きく息を吸って大きく吐く。ゆっくり正座の姿勢をとった。それでも奴は動かない。そして、再び大きく息を吸う。
俺は悪だ。違うか?
「
勢いよく息を吐きながら折り曲がった脚を伸ばし地面を押し出す。跳ね上がる上体。その勢いを拳に乗せて、アンのやり方を拝借させて貰うぜ!
「ぬ゛がッ!?」
俺は悪だ! 男共通の弱点! 股間にヒットさせてやったぞ! だが、手応えが軽い。患部を押さえてはいるが、どうやら咄嗟に後ろに下がりダメージを減らしたようである。
「て、てめぇ……この野郎……!」
内股になるよなぁ。わかるぞ。だが、すまんな。こうでもしないと勝てる気がしない。
「よくもやりやがったなぁ! 雑魚如きがよ!」
俺は悪役らしい台詞を投げつけながら相手の
「はっ!! 俺を雑魚呼ばわりした事を後悔しろ!」
対象者はつま先から足首に握る場所を変え、大きく俺の身体を振って壁にぶつけようとしてきた。段々手加減が弱くなっている。流石に俺でもコイツの力で石の壁に叩きつけられたら無事じゃ済まない。でもな、俺だって戦闘の経験値は並じゃないんだよ。
遺された軸足で地面を蹴り、つま先で掴まれている脚を掴む手の指を穿つ。
「ガアッ!?」
痛いだろう。指ってのは貧弱な部位だ。しかし、もしかしたら骨折させてしまったかもしれない。だが、状況が状況だ。許してくれるだろう。それに、どうやら呼吸が落ち着いてきた。俺は骨折していないらしい。つまり、奴もこの程度じゃ骨折しない! 多分!
「どうした雑魚!」
小細工だけで勝っても奴は悔しがらないかもしれない。ならば正面から叩き潰すケースも必要だ。だからこそ俺は拳を繰り出した。唸れ! 胸筋! 背筋! 上腕筋!
「ぬおっ!?」
ストレート! フック! アッパー! どれもこれも奴の太い腕で防がれるが、俺の筋肉は
「はあっ!」
奴が
「ざあんねんッ!」
「なっ!?」
初動を感じ取ってカウンターを避ける。向こうじゃありふれた技能だぜ!
「うぉらっ!」
俺は落下する様に腰を下げ、跳ね飛ばす様に下半身で地面を弾く。その重みを拳に乗せて下から突き上げる先は相手の
「ガハッ!」
……決まってない。食らったかの様な声はフェイクか? 拳の減速が鈍かった。ガードされたんだろう。ならば、残心。すぐに引いて……!? 拳が動かない!
「ぐうぅ……!」
手首に強い圧迫感。この時点で中々の痛みだ。俺の手首に痛みを与えるなんてどれだけの握力なんだかな……! ってんなこと考えてる場合じゃねえ。前傾で
焦る俺の前でその風は吹く。疾風というよりはそよ風と表現した方が近いそれは俺の腹を優しく撫でて空間を埋めていた。ほんの一瞬で奴は腕を掴んだまま俺の股間に尻をくっつけていたのだ。下品に感じるか? だがな。これはヤバいなんて言ってられない状況だ。此処は路上。俺は次の瞬間黒くて硬いアスファルトに叩きつけれるかもしれないんだ。
「うおおおおおおお!!」
男性ホルモンに染められた野太く雄々しい声。決して軽いとは言えない俺の身体がタオルみたいに軽々しく運ばれる。雑と言うよりは大胆な一本背負いだ。そう素人でも感じ取れるくらい綺麗に……。
一秒も無かった恐怖感。だが、そこにヒビが入った。歪みなく働く力の方向がブレたのだ。腰を何かに押されたのである。背負投げとは自分の尻、腰、背と相手をなぞらせ弧を描きながら地面に叩きつける技。だが、その弧が少しでも曲がってしまうと威力は大幅に減る。
俺の腕が引かれる力は変わらなかったが、腰が横に押された俺は奴の背から逃げる事が出来た。無様に地面へ落ちたものの、大ダメージは負っていない。いったい何が……?
「はぁ、はぁ……。」
微かな息切れが聞こえて上を見上げると奴の背には俺の代わりにロッタが乗っていた。
おい……助かりはしたが、それでは先程の作戦が……。
「誰だテメェ!」
バッと距離を取り体勢を整える二人。
……何? どう見てもロッタだろう。もう忘れたのか?
「ん? さっきの……。」
ほら見ろ!
「奴に似てるな……。」
何だと!? た、確かにロッタは先程と違って髪型を変えているが……逆に言えばそれしかさっきと違いがわからんぞ!
「私を妹なんかと一緒にしないで!」
「妹? さっきの女はお前の妹なのか。」
「足を引っ張ってばかりの役立たずな妹よ! 後で会ったら腹いせに蹴り上げてやるんだから。」
勿論、ロッタに妹なんていない。口からの出任せなんだろうが、これに引っ掛かるのか? モテない奴は細かい事を気にしないって言うが、度が過ぎているぞ。
「……そうか。なら、手加減はしなくてよさそうだなぁ!」
「ぅわっ!?」
突然の加速によるタックル。しかし、ロッタは驚きながら身軽に横へ避ける。アンの身体でもあるんだ。無理はして欲しくない。しかし、気遣って引けと命じるのも悪役らしくない。チィ……。
「ヒルダ!」
ロッタではないというアピールの為にも別の呼び名で声を掛ける。ロッタの本名はヒルデロッタだ。これでも通じる。
「はい!」
阿吽の呼吸で奴を挟み向こう側に回るロッタ。奴は小柄な身体である彼女を
ゆっくりと、しかし綺麗な動作で右手を振りかぶる対象者。小細工でなく全力で俺の事を潰す気らしい。だが、俺はその構えた相手の
「ふぬ!!」
漫画で読んだぜ。パンチは加速しきる前に止める事で威力の殆どを殺せるってな!
「この……!」
すぐに我に返り空いた片方の腕で
「お゛っ!?」
勝負は一瞬だった。横壁を駆け跳び上がるロッタ。空中で海老反りとも言える振りかぶり方をすると、一気に腹筋を絞り両腕の肘を奴の
既にグロッキーか? ここで油断して建て直されたら面倒だ。畳み掛けるぞ!
「秘技ィ! チェストップレスゥ!」
コメカミ辺りを狙い両拳で挟み込む様に殴る! 三角筋で殴る! 上腕筋で殴る! 大胸筋で殴るゥ!!
「ガッ……ふ……。。」
「ふぅ……ふぅ……。」
アドレナリンがとどまるところを知らない。筋トレ以外の運動も偶にはいいな。疲労感と痛みがそこはとなく心地良い。
「やりましたね! ベルウッド様!」
「あぁ。だが……いや、いい。助けてくれてありがとう。ロッタ。完璧だったぞ。」
「やったー!」
喜ぶロッタを置いておき俺はすぐに通信を繋ぐ。
『見ていただろうが、倒しはした。回収を頼む。』
『了解。でも、これ、いけっかなぁ……。隊長、どう思います?』
『うぅむ……
『すみません……。』
『
『あぁ、謝るな副隊長。改善点はあるだろうが、そもそも多少無理のある作戦だった。ここまで漕ぎ着けたのはお前の努力のお陰だ。それと、ロッタ。お前の言う通り、今回一番問題だったのはお前だ。』
『隊長、待って下さい! これはどう考えても俺の監督不行届の所為です!』
『ベルウッド様……。』
『最後まで聞け。今回は成功してしまったんだ。確かに、今後の失敗を危惧するべきなのだが、今回の成果は本物だ。今回の事を反省するなら、これ以上咎める気はない。ただ……よくない事をやったのだという自覚だけをだな……。』
尻すぼみになっていくゴッドの言葉。悪い事ではないと思うのだが、ゴッドは御祖父様認定をされてからやけにロッタに対して甘い気がする。
『自覚はあります! 崇高なる
『あぁ……ベルウッド、言いたい事はわかっただろう。後はお前に任せる。しかし、対演出班の為にも顛末書は後で書いておけよ。』
『了解です。』
顛末書か……仕方ない。まぁ、それだけで済んでよかったと喜ぼう。
「すみません……。」
「そうしょげるな、ロッタ。誇らしい働きぶりだったぞ。」
「……! それは――。」
「世辞ではない。特に投げられそうになった時はもう終わりかと……いや、少し不味いと思ったくらいだからな。」
「マイロード! そう言ってくださるだけで私は報われます!」
「よくぞ、一言でポジショニングの調整に気付いた。やはりお前は最高の娘だ。」
「はぁぁぁあぁぁぁぁああ! ありがとうございます!」
「ふふふ……しかし、今回の様なピンチになってもアンは出てこないのか……。」
「それは……その、一つの信頼だと思うのです。」
「信頼?」
「はい。明確な根拠は無いのですが、アンはきっと先程の事態をピンチだと思っていない、のかと。」
「そうなのか? あの程度ならロッタ一人で対処出来ると?」
「え、えぇ……ですが、肘鉄を入れた時だけは少しだけアンの意思を感じた様な……か、感覚的で曖昧な物言いになってしまい申し訳ございません。」
「いい、仕方のない事だ。」
問題だな……このままだと本当にアンが消えてしまいかねない気がする。まるで異世界のオカルティックでスピリチュアルなトラブルだが、こう実際に起きてしまうと信憑性しか感じない。どうにかして
久留屋さん……何処へ行ったんだ。
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