第19件目 球遊びの奥は深い

「なぁなぁ、姉さん。俺と一緒にさぁ………………ボウリング行かない?」

「い、行かないです。」

「そう言わずにさぁ。俺ストライク上手なんだよ。」

「(ちょっと先輩! 真面目にやって下さい! なんですか”上手”って! ボウリングは及第点ですけど!)」


 日が落ち始めジメッとした湿度を風が乾かす様な空気。夕方と言うには早すぎる何処か哀愁を醸す空の下。俺はムーンランドに詰め寄って下手なナンパを演じていた。しかし、本番だというのにムーンランドはクレームを囁いてくる。背後には既に対象者の気配。武道の達人ではないからな。視線までは残念ながら感じ取れない。


「(真面目にやったらダメだろう。)」

「(違います! なんかベクトルがおかしいんです!)」


 これ以上間が空くと疑われるかもしれないと思い、話を続ける。


「まさかマイボールとマイグローブが無いとやりたくないってか? この負けず嫌いさんめ。」

「そ、そんな事はぁ……。」

「あん? まさか持ってないのか? それなら俺がしっかりとお前に合ったやつを選んでやるよぉ。」

「(だから台詞がおかしいんですって! 台詞の中でキザとヤクザが喧嘩してるんですよ!)」

「(それはどういう意味だ!)」


 くっ……下手なナンパというのも難しいな。どれくらいならいいんだ。強引……強引! 


 俺は半ば自棄糞ヤケクソ気味にムーンランドの肩を掴んだ。


「きゃっ!」

「(すまん。我慢してくれ。)」

「(えっ……?)」


 俺は鼻息がムーンランドの耳に掛かりそうになるくらい顔を近付ける。もうセクハラのラインは飛び越えたかもしれない。


「わからない事があれば教えてやる。何事も基礎が大事だ。道具の名前から球の選び方、フォーム、最近キテるプロプレイヤーの情報までずっと付き添って面倒をみてやる。」

「(せんぱ――。)」

「そう! 俺が手取り足取り教えてやるからよぉ! 俺はスネークアイですら倒した事があるんだぜぇ?」

「ってもう! 色々やめてくだ――。」

「おい。」


 ――釣れた。


「なんだぁ?」


 計画通りの呼び掛けに俺は出来るだけ下衆い表情を作り振り返った。服はジャージで無精髭は敢えて剃ってない。風呂もここ数日は入らずボディペーパーだけで済ましたので髪が脂でベッタベタなのだ。そして、無駄に口の周りを舌で舐め回す。どうだ。芥見ダストから女性ウケがいいと聞いた事の真逆をやってやったぞ。これでどうにか――。


「スネークアイを倒したくらいで自慢してんじゃねえ。俺はスコア二五〇以上を出した事がある。」

「に、二五〇以上!?」


 な、なんだと!? プロプレイヤーの粋じゃないか……! 我は近所のイセサキボウリングが潰れるまで収入の大部分を俺が担った自負があるくらい通い詰めたというのに!


「まぁさか、俺未満の実力で初心者をこの深淵ボウリング界へ引き込む気だったのか? お笑い草だな。」

「クッ……しかしだな、貴様のその発言が虚言の可能性もある。口だけ野郎だとしたならそれこそお笑い草だ。」

「なんだと? 俺の言葉を疑うのか?」

「まず誰なんだよ! お前ぇ!!」

「俺か? 通りすがりの……ボウリング好きさ。」


 す、既に堂に入った主人公ぶりだ。だが、コイツには負けちゃいけないのである。


「確かここの近くにボウリング場があったな。」

「ラウンドツーか? 彼処は設備の整備が雑だ。」

「ほう? 整備の都合で我に負けると?」

「あぁん? なんつったコラ。」

「やはりハッタリか。」

「上等だよ、おめぇ。死んだぞ。」


 闘志が限りなく滾っている。俺は漢の勝負を始めるのだ。


『――何をやっている。』


 通信だ。声からして隊長ゴッドだろう。


『バカやってんじゃねえ! お前がやんのは腕っぷしの勝負だ!』


 スィトゥーからも非難が入る。


『ベルウッド。ボウリングで勝っても対象は転生出来ないぞ。作戦通りに進行しろ。』


 グゥ……正論だ。意地で勝手な行動は出来ない。コイツは対象者なんだ。かと言ってコイツの妄言に敗北もしたくない。クソッ!


「待ちなさい!」


 !?


「誰だ?」

「頭が高いわね! 私は魔界ボウリングでベストスコア二八四を叩き出した事があるわ!」

「何ィ!?」


 予想外の乱入者に通信が騒がしくなる。


『おい! 何故ロッタが出ている!』

『(誠に申し訳ございません。ゴッド御祖父様。微力ながらベルウッド様の御力になりたいのです……!)』

『嘘だろロッタちゃん。もっと強く釘を刺しとくべきだったか!』

『(スィトゥー、貴方如きが私に釘を刺すなんて大口よく叩けるわね。戻ったら覚えておきなさい。)』

『(あの、私はどうしたら……。)』

『(ムーンランドは隙を見て逃げなさい。後は私達に任せて。)』

『(えぇ!?)』


 俺の背後で隠れる様に通信するムーンランド。しかし、そんな事をしなくても対象者はブツブツと何かを呟き続けている。


「お、俺でもベストスコア二五二なのに……。女なんかに……。」


 多いんだよなぁ。転生者に女見下してる奴。全員じゃないけど、非モテの末路と言うか……俺も昔あぁ思ってたけど。


「おい! プロボウラーには女性選手が沢山いるぞ! 知らんのか!」

「し、知ってらぁ! だが、コイツが嘘を吐いてる可能性だってある!」

「それはお前だって同じだろう!」

「第一誰なんだよ! お前はァ!」

「私は……魔界プロボウラー! ロッタよ!!」


 説明しよう! 魔界ボウリングとは我が異世界で考案した特殊ボウリングである! ピンを魔道具で立体的に配置し、魔法で作ったエレメントボールをぶつけて標的を破壊する全くボウリングとは異なる競技であり! ボウリングと比較してしまうとピンが何倍も多いだけあって二八四とはとても褒められたスコアではない! ロッタは数投で面倒になって飽き、最後までプレイしないのだ! 因みに一投で


 我の国ではこの競技が魔王考案という触れ込みで大流行したが! それは全て我の望みから生み出された虚構の流行ブームだったというのが悔やまれる現実である!


「フッフッフッフッ……どうやら我のパートナーの実力に驚いている様だな。」

「「パートナー!?」」


 何故か対象者と口を揃えてハモるロッタ。


「知り合いなのか! だが、コイツも驚いてる様だが……。」

「あ、い、そう! 私をパートナーと言って頂けた事が光栄だったので驚いただけよ! だってその方は私のお師匠様なのだから!」

「な、なんだと!? だが、さっき俺のスコアを聞いて驚いてただろうが!」

「それは偉そうにひっくいスコアを自慢してたからでしょ。」

「グゥ……!」

「お師匠様なんて一万スコアをバンバン――。」

「ロッタ、それくらいにしておけ。」

「一万……?」


 一万は魔界ボウリングのワンゲームのフルスコアである。現実のボウリングルールの三百と比較してはいけない。


「……一番高いスコアだ。戦って敗けた事が無いという事だな。」

「な、何? 初めてから一度もか!」

「えぇ! そうよ!」

「まぁ、そんな貧相な身体じゃ狙った球なんぞ投げられないだろう。」

「貧相……だと?」

「あぁ、それどころか球が持てるかも疑問だな?」

「てめぇ……。」


 あれ? 正義感が強いんだよな。この煽り方だと余り効果は――。


『バギイッ!』


 血の気が引いた。コイツ拳で足元のアスファルトを割ったのか? 格ゲーのエフェクトじゃねえんだぞ!


「……ふぅ。危ねえ。久々にキレちまうとこだったぜ。だが、俺は見ての通りボールは辛うじて持てるくらい力があるんだ。あまり下手な挑発すんじゃねえぞ。」


 ……お? い、意外と冷静だな。だが、殴り合って勝てるのかという強い疑問が生まれてしまった。


 確か、コイツの転生条件は……。


「(ベルウッド様、此奴、ただの考え無しではございません。)」


 俺に近寄り囁くロッタ。それに俺はこう答える。


「(ロッタ、俺の指示通りに動け。)」


 短く全てを伝え終わるとロッタは頷く。こうすれば奴は誘いにノるはずだ。


 鼻息を整えつつ仁王立ちで此方を睨み付ける対象者。この空気はそう長く保たないはずだが、俺達が”動けば”別だ。ロッタが毅然とした態度で対象者に歩み寄る。恐れを感じさせず勇ましく美しい足取り。あぁ、アンとはまた違う優雅な動きだ。そして、黙ったまま背の高い対象者を下から睨みつけると思いっきりその頬を――はたいた。


 パンッと小気味良い音が響く。呆気にとられる対象者。そして、ロッタはそのまま顔を対象者に近付けるとそのまま何処かへ駆け出して行く。そこへ俺が一言。


「おい! 何処へ行く!」


 後はロッタを追う素振りをすれば……。


「――待て。」


 よし!


「ん? 雑魚が何の用だ?」


 懐かしいぞ、この感じ。そう、コイツの転生条件は……。


「なんか知んねえけどよ……。」

「あぁ?」


 ――悪からの敗北。


「ブッとばす!!」


 身長一九〇超えの巨躯は全身が筋肉で覆われていて酷く鈍い……訳がない! 瞬時に距離を詰められ前傾姿勢による拳。


 一撃で決める気か!? だが、俺の筋肉マッソーだって伊達じゃないんだよ!


 咄嗟に片膝を上げてガードを試みる。しかし、奴の判断も素早かった。また地面が弾けたのかと思う程の音を立て、踏み込みを一歩追加してあれ程に加速した勢いの方向を変えたのだ。後ろに下げた足を曲げて俺が前に掲げた守りの逆側、つまり軸足側の隙に膝を刺し込んで来る。つまり、飛び膝蹴りだ。俺は受け流す姿勢を取っていない。と言うことは受け止めなくてはいけないのだ。出来る限りの速度で突き出された膝を掌で受け止める。しかし、威力は凄まじかった。俺はそのまま胸に強打を受けて背後のコンクリ塀に背中を打ち付けて尻もちを付く。


 二、三本いっちまったか……という浪漫ある台詞を吐くなら今だぞ! だが、実際に出るのは咳ばかり。正常な呼吸が出来ない。俺の胸筋はまだまだお仕置きが必要みたいだな。


「……ッ……!」


 ここまで強烈か。妄想と言うか英雄願望というか……。思い通りにいくもんだな。俺がロッタに命じたのは頬を叩かれた後に耳元で”助けて”と囁き今にも泣きそうな視線を送ってから走って逃げろというそれだけ。何の脈絡も無い謎行為だ。しかし、ロッタの演技の上手さなのか、コイツの非現実への憧れなのか、ただただ行き着いた先は正義感故の盲目である。普通なら違和感を感じるだろう。だが、こいつの視界は正義の白に染まっている。


 ロッタ、よく何も言わずに動いてくれたな。


 

 

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