第25件目 どの世界でも別れは等しく

「それじゃあいいかしら。」

「それは俺が聞きたいくらいだ。」


 実験室の中は熱気で溢れているが全員の目が何処か虚ろである。どれだけのカロリーがこの部屋で消費されたのか。まるでジムの様な空気である。


「御姉様……あまりご無理はなさらぬ様に……。」

「ありがとう。でも大丈夫よ。問題がないのなら早速取り掛かりましょう。ヒルデロッタは皆の言うことを聞いて行動しなさい。」

「俺は何をすればいい。」

「祈ってなさい。」


 わかってはいたがそれしか無いのか。


「セッティング終わったよー。」


 ロックキャッスルが少しやつれた笑顔で報告に来る。


「ロッタの人格は何処に移行するんだ?」

「これ。」


 ロックキャッスルが指を指した先にはコードに繋がれた美少女フィギュア的な物が大仰な装置の中で眠っていた。


「まさか、アンドロイドみたいな物か?」

「うん。スピーカーやジャイロセンサー、マイクにカメラに感圧センサーと人間にある感覚を出来るだけ再現したよ。」

「そんな代物をたったの一日で!?」

「いや、僕が元から作ってたの。開発班が作ってたのはストレージとこの筐体に繋ぐ色々な辻褄合わせ。」

「……何故こんな物を作った?」

「趣味……じゃなくて研究だよ。本当だよ!?」


 私用で使ったと暴露したら横領になるからな。流石に言葉は訂正したが、コイツのはちゃめちゃ具合がよくわかる成果物だ……。こんな精巧なモン自費で作ったら給料何ヶ月分になる?


 しかし、ロッタが心配だ。アンも戻って来れるだろうか。昨日姉さんが入っていた装置はコードが整理され小綺麗になっている。そこに服を着替えさせられたロッタが入り、研究員に粉剤を渡され水と一緒に飲み込んだ。そして、身体中にコードの繋がれたパッドが貼られていく。


「お、おい。ロックキャッスル。ロッタは何を飲んだんだ。」

「ただの睡眠導入剤だよ。雑念がイレギュラーを呼ばない様にね。予防策みたいな物。害は無いよ。効果も二、三時間程度で起きる量にしてあるしね。」

「そうか……。」


 落ち着かない。気分はまるで出産が無事に終わるのを待つ旦那だ。


 無事でいてくれ。上手くいってくれ。そう祈り続ける。


「それじゃあ環境の確認は終わり。……始めるわ。」


 実験室の端に用意されたパイプ椅子に座り忙しなく動き続ける研究員の様子を見守った。


 まずは一時間。順調みたいだ。俺はロッタだけでなく研究員の様子まで観察し、その行動一つ一つに心を動かされてしまう。


「マイグレーションは終わったわ。ロック、やることはわかってるわね。」

「調整でしょ。任せて。」


 何故、俺は何も出来ないんだ。



*****



 暗闇の中に灯る光。私は此処に見覚えがある。


「私は消えた? いえ、考える事が出来るって事は……。」


 何も見えない。でも自分がいる事だけはわかる。此処には誰もいない。


 本当に?


 試しに呼び掛けてみる。


「アン! 出てきなさい!」


 返事はない。ここまで長く親友の声を聞いていないというのは久々ね。


 ……考える事が出来るから消えてないって考え方はどうなんだろう。御父様は亡くなられた後も、この世界に御降臨なされた。それなら私が今考えている事は――。


「久しぶりね、ロッタ。」

「アン!?」


 そこには闇を背景にアンが立っていた。


「何処にいたの!?」

「ずっと傍にいたよ。」

「馬鹿! わかんかったんだからいないの同じよ!」


 私は罵倒しながらアンを抱きしめる。触れられた。声が聞けた。そんな感覚からアンを実感したせいか、無性に寂しさや嬉しさが込み上がってくる。


「もう、ロッタって甘えん坊だよね。」

「どっちが! この自分勝手! 我儘!」

「どっちがって、今甘えてるのはロッタだけじゃん。」

「うるさい!」

「どうだった?」

「……何が?」

「お父さんと一緒に過ごしてさ。」

「嬉しかったわ。内緒だけど、何度も泣きそうになった。」

「嘘つき。昨日一緒に寝てた時布団に隠れて泣いてたでしょ。」

「なっ!? 見てたの!?」

「当然じゃん。ずっと傍にいたんだってば。」

「この、覗き女!」


 罵倒しながらもアンを抱きしめる腕の力は強まる一方だった。今、私達がいる場所は何処なんだろう。それでも、彼女と会えた事が嬉しくて……。


「アンはなんで戻ってきたのよ? 私と離れるから?」

「……実はね。途中から戻ろうとしてたの。」

「どういう事よ?」

「そのまんまだよ。ロッタが消えるかもしれないってやり方を選ぶもんだから、私としては許せなくてさ。どうにか止めさせようと思ったの。」

「でも、出てこなかったじゃない!」

「うん。詳しい事はわかんないんだけど、私、本当に消えかけてたのかな。自分の意思でもう表に出てこれなくなってた……。」

「えっ……。」

「でもね。今はなんでか話せる。私も吃驚ビックリ。」

「遅いわよ。もう実験は始まってる。」

「そうみたいだね。もしかしたら話せるのもその実験のおかげなのかな?」

「何を呑気に……。」

「そうだよね。でも、どうしよう。私、あんな恥ずかしい事までしたのに結局戻るなんて……生き恥晒し過ぎじゃない?」


 はにかみながらアンは笑った。それは昔から変わらない、あどけなくも美しい私の大好きな笑顔。どんな窮地にだってあの笑顔に救われた。


「その時は私がフォローしてあげるわ。」

「頼りになる気がしないけど、一応期待しとく。」

「何よそれ!」



 ――DELETE.



 あっ……。


「にしてもさ。あーぁ、ロッタに初たこ焼きを食べさせるのは私が良かったんだけどなぁ。」

「へっへーん! 御父様が作ってくれたたこ焼きは凄く美味しかったわ!」

「とか言って最初失敗してゲロみたいになってたじゃん。」

「ゲロとは何よ! あぁいう失敗をしてもすぐ後で成功させちゃうのが格好良いんじゃない!」

「たこ焼きくらいで何言ってんだか。」

「ふぅーん。そんな事言っていいんだ? それなら私にも考えがあるんだから。」

「……何?」

「べっつにぃー? アンが御父様とデートする約束した日に凄い時間使って電話した事とか話しちゃおうかなって思っただけだしぃー。」

「絶対駄目! 許さないから!」

「アンの御父様を叱りつけてた所を見て顔を赤くしてた事だって教えていいんだからねっ!」

「それなら私にも考えがあるよ! 私に会ったばかりの頃、御父様に会えないんー! っていつも涙目になってたり、オッサンに似てるオッサン追いかけて行って違うとわかったら逆ギレした時の事話すから!」

「だ、駄目駄目駄目ぇー! そんな事したら絶交だから!」


 私の言葉でキョトンとするアン。傷付いた様な顔じゃない。


「……久しぶりに聞いた、それ。」

「……確かに久しぶりに言ったかも。」


 思えばアンと出会ったばかりの頃は毎日の様にお互い絶交って言ってたかもしれない。そう思うと少し笑いがこみ上げてくる。


「ふふっ、絶交って言葉も安くなったわね。」

「ホントだよ。どうせしないんだから言わなきゃいいのに。」

「そうね。珍しく馬鹿みたいな事を言ってしまったわ。」


 さっきまでの口論の熱は何処へやら。私達は何も言わずに見つめ合っていた。


「……ロッタ、消えないでよね。」

「当たり前じゃな――。」

「ロッタ?」

「何?」

「今噛んだ?」

「か、噛んでないわよ!」

「でも、ロッタだしなぁ。良い所でポンコツを見せてくれた方がロッタらしい。」

「ポンコツって言――。」

「え?」

「失礼しちゃう――。」

「ロッタ?」


 言葉にも影響が出てきた。嘘、つく事になっちゃうかな。


「ねぇ、アン。」

「な、何? ってそうじゃなくてさっきからなんだか変だよ? 言葉が……。」

「聞い――。」

「ほら! 嘘……ロッタ、まさか消えるの!?」

「私、御父様――った後――思ってなかった。」

「何? なんて言ってるの? 聞こえてる!?」

「夢の様な――わ。そして、アンと過――も。」

「やめて……嫌……聞きたくない。どうすれば……どうすればいいの……!」


 景色と言っていいのかわからないけれど、私が感じるアンが朧気になっていってる気がする。もう時間が無いのね。


「――えてくれないかし――父様に。」

「ロッタ、駄目……消えないで……!」


 私の大好きな笑顔がクシャクシャになった湿っていく。御父様が亡くなる時もこんな気持ちだったのかしら。


「わた――幸せでしたって。」

「ロッタぁ……。」

「――ン、ありが――。」

「やだ……。」

「最後は笑っ――。」


 ちゃんと伝わったかな……。


 御父様が笑って見送って欲しいと願った理由が痛い程わかった。涙でその顔が濡れていていい。自己満足かもしれない。ただ、最後に見る顔は笑顔がよかった。そう、思ったの。でも……間に合わなかったわね。


 私の口は無くなってしまった。


 それでも、最後にほんの少しだけアンの感情と意思が感じ取れる。


「なんで……言ったじゃん。当たり前だって。消えないって……。」


 ごめんね。


 でも、昔言ったと思うの。


 魔王の娘だからこそ嘘をつくのよ。



*****



「……これはイレギュラーね。」

「何かあったのか?」

「エラーとかではないの。でも、脳波の動きが異常なのよ。」

「異常? しかし、詳しいことはわからないがさっきから大きな変化なんて無いように見えるぞ。」


 脳波の状態はグラフィカルな図で画面に表示されている。脳波というだけあって数値ではなく波みたいな物が穏やかに反復運動をしてるだけである。それは作業を初めてから度々大きく変わっているが、先程からは変化が無い。専門家が見たらやはりわかるものなんだろうか。


「違うわ。変化がなさすぎなのよ。」

「なさすぎ? 確かに動きは少ないが……。」

「えぇ。人格が変わるのよ。ここに明確な違いが出て当たり前なの。なのに、起きて欲しい変化が起きない。これでは脳死に近い状態ね。まるで空洞よ。」

「何だと!? それはつまり、アンの人格が……!」

「えぇ、既に消えているという可能性があるわね……。なんてこと……。」

「馬鹿、な……。ば、バックアップは!」

「今復元するわ! …………嘘! 復元エラー!?」

「エラーだと!?」

「テストではちゃんと動いたのに! 急いで原因を探るわ!」

「何か応急策は無いのか!?」

「そうね……パルスは影響範囲が未知数だし……システムの再起動は現段階でやると危険過ぎる……。駄目、緊急的措置が浮かばないわ。」

「姉さん、このまま復元に時間が掛かったらどうなる?」

「前例が一つもないからわからない。ただ……最悪植物人間よ。」


 できれば聞きたくない言葉だった。


 俺が何も出来ないままアンは……。


 頼む。俺に力をくれ。


 ロッタ……! 魔法奇跡という力を俺に……!


 

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