第17件目 茜色の空はクライマックス以外だと不穏

「タピオカ……。」

「それが目的じゃないけどね。」

「普通こういうのってパフェとかじゃないか?」

「パフェも好きだよ。でも、普通に拘る必要ってある? それに、多分ここは今時の普通だし。」

「そんなもんか。俺は……実を言うと食べた事がない。」

「私も。」

「そうなのか? 意外だな。」

「あ、待って。タピオカの事か。だったら良く食べてる、ってか飲んでる…………え!? タピオカ飲んだ事ないの!?」

「あ、あぁ。」

「ウッソ……オッサンってそういう生き物なんだ……。」

「そこはあまりオッサンに関係無いと思うが。」

「ロッタはタピオカ大好きだよ。モチモチしてて好きだって。」

「モチモチしてるのか。」

「まずそこからなの……? でも、こんだけ話題になってるんだから普通一回くらい飲まない?」

「普通に拘る必要なんてないんだろう?」

「……性格悪。」

「じ、冗談だ冗談! いや、タピオカ屋ってオッサンが並んだら犯罪的な雰囲気があるだろ?」

「そんな事ないし。」


 アンが目線で促した先はタピオカ屋に並ぶ長蛇の列。それを見れば意外と若い女性ばかりが好んでいる訳ではない様に見える。


「テレビとかではそうだったんだよ!」

「ふーん。」

「だから、こんな感じでタピオカ屋に並ぶのは抵抗感と言う物が――。」

「ここタピオカ屋じゃないよ。」

「何?」

「タピオカも売ってるけど、豆花ドゥファってスイーツが売ってるの。そっちがメインのお店。」

「ドゥファ?」

「ほら、あの人達が食べてる奴。」


 アンが指差した先では二人組の女性が和スイーツ的な物が入った紙皿を前に談笑していた。


「何処の国の物なんだ?」

「台湾だよ。」

「ほぅ。」


 甘党として関心を持った俺に得意げな顔でスイーツの解説を始めるアン。不機嫌にさせてしまったかと思ったがなんとか持ち直せた様だ。やはり甘い物というのは人を幸せにするな。夢中になって話しているとすぐに列が進み注文の番が来た。


「初タピオカだ。」

「甘いの好きなのに今迄食べた事無いって損だよ。」


 席に着くと小さく呆れるアンを横に俺は太いストローを吸った。


「んんっ! 美味い! 食感も硬めの白玉みたいでいいな!」

「でしょ! 私のも飲ん……あっ……。」


 アンが頼んだのはタピオカいちごミルクだった。それを片手で握り俺の前にストローを向けてくる。それになんとも余計な意味合いを感じてしまったんだろう。流石にそんな反応をされたら俺だって気付いてしまう。


「いい、のか?」

「な、何が!? い、いつもアレ借りてるし今更でしょ!? まま、まさか気になった? それだからオッサンは――。」


 アンが捲し立てる言葉を無視して俺はストローを咥えた。ゴチャゴチャ考えるよりもさっさと”この時”を過ぎてしまうのが得策だと思ったからだ。だが、何故か甘酸っぱいという稚拙な感想しか浮かばない。なんだ……暑い……。店内は冷房が聞いてるはずなんだが……。


「ど、どう?」

「あ、あぁ……その……甘酸っぱくて……好きだ。」

「へッ…………お、美味しかったなら……良かった。……うん。」


 なんだこの空気は。予想外だ。異性と出掛けるという事は此処まで感覚が異なる物なのか? 斉藤スィトゥーとスイーツを食べたからってきっとムカつくだけだぞ。芥見ダストとだって……いや、彼奴なら少しはときめくかもしれない。


 ……そうか。それならこれは異性に抱く浮ついた感覚というよりは、親しい人と触れ合って嬉しいという感覚なのかもしれないのだな。まるで尻尾を振る犬だ。落ち着け、俺。そんなにかまってちゃんだったのか俺は。違うだろう。


「……なぁ。」

「……何。」

「これからどうするんだ。」

「雑貨屋に行く。」

「ふむ。」

「で、私にまた何かプレゼントして。」

「む? ……そうか。やはり――。」

「違うよ。嬉しかった。この前のは。」

「何?」

「それとは別にただ……おねだりしてるだけ。」

「おねだり、か。」


 清々しいくらい正直な願いだった。にしても、喜んでくれていたのか。……救われた気分だ。


「まぁ、上司は部下に奢る金を稼いでいるとは良く言ったもんだ。」

「なにそれ。言っておくけど支払いは私だからね?」

「そうなのか?」

「馬鹿にしないで。そんな図々しい事言わないし。それにそんな事言ったらロッタになんて言われるか……。」


 毅然と細やかな胸を張り見得を切るアン。確かに俺に奢らせるだなんてロッタに知られたら怒り狂いそうである。


『留年も他の学校も嫌だから働くと言って譲らなかったんです。』


 そうだ。コイツはコイツなりの矜持があるんだよな。しかもかなりの頑固。


「わかった。それなら是非私に委ねて貰おうではないか。」


 ”もう一度チャンスがある事”というのがどれだけ有り難いか。俺は知っている。


 堪えきれない笑みを隠す様にスイーツを頬張った。……甘い。でも、スッキリしている。爽やかで、新鮮で、何処か心地良い。


 甘さはスイーツを食べきって店を出ても口の中に残っていた、気がする。


「次はね!」


 最初はご機嫌を取ろうとか、良い所を見せてやろうなんて考えていたんだが……。


「見て。この猫のマグカップ可愛くない?」

「突き出た耳が邪魔にならないか?」

「ふっふ~ん。これ、スプーン置きなんだって!」

「ほう! デザインと機能が両立している!」

「それにスプーンが置かれてるとも可愛いの!」


 気付けば一緒に面白い物を探して……。


「なんだこれ? 煮干し?」

「カッターだって。煮干しを透明な樹脂で固めたって書いてある。」

「本物なのか? 何の意味がある?」

「面白いじゃん。ちりめんじゃこを固めたペンもあるー。」

「使っていたら腹が減りそうだな。」

「ゆに先輩って水族館で魚見て美味しそうって思うタイプ?」

「ぬ……ま、まぁ……確かにそう思うかもな……。」

「わかる! だからこれ買うか悩むなぁ。」

「悩んでいるのか?」

「うん。可愛いし。」

「かわ……?」


 休日を謳歌していた。


「気持ちいぃ~! ほれ!」

「おぉ……。」

「可愛くない? 食パンクッション。」

「凄まじい手触りだ……フザけた形だがこの感触、高級品じゃないのか?」

「フワフワモチモチしてるそんな感じの奴、もう百均にだって売ってるよ。」

「何!? 百均、やりおる!」

「ふふっ、タイムリープした人みたい。」


 なんだ。やはりコイツを矯正すべき所なんて無い。美点も欠点も全て人並みだ。


「アイミーがある!」

「アイシクルミーティア? 魔法名みたいだな。」

「ちょっと、ここでそのノリ持ち込まないでよね。最近話題のアイス専門店だよ。」

「アイスか……嫌いではない。」

「寧ろ好きでしょ。」

「ようこそようこそお客さん~♪」

「ぬおっ!?」

「驚かないで。ここでは店員さんが歌いながらアイスを作ってくれるの。」

「氷の(楽園)! 不思議な(果実)~♪ 今日も世界を(氷漬け)ー!」

「歌詞が些か物騒じゃないか? 合いの手がシャウトなのもどうかと思うんだが……。」

「それも含めて楽しむの。」

「むぅ、そうか。それで肝心のアイスは……よ、四十一種類だと!? 五種盛りタワーのせ!?」

「い、一々大声出さないでよ。」

「スマン! これは長期戦にもつれ込むかもしれない。」

「初めてだと選ぶの大変だもんね。」

「いや! 色々食べたい!」

「……望むところでしょ。」


 ロッタをどうするべきか……。


「あぁ~温かいぃ~……生き返る……。」

「こ、凍え死ぬかと思ったぞ。」

「頼み過ぎ。ホント馬鹿。」

「くぅ……外で食べるつもりだったんだが、暑いと溶けるということわりを失念していた……。」

「五種盛り二つも頼むなんて。」

「しかし、食べきったぞ!」

「口の端。」

「ん?」

「……嘘。引っかかったー♪」

「アン、お前ぇ……!」

「わー! ロッタやめて! ちょっとからかっただけだってば!」

「ベルウッド様!」

「お?」

「アンが大変な失礼を致しました!」

「い、いや、気にするな。ただの児戯である。本気で怒っている訳ではない。」

「寛大な御心、感謝致します……。」

「こぉら、ロッタ! 出ちゃ駄目だってば!」

「アンは不敬過ぎて見てるとヒヤヒヤするの! それと今日はいつもに増してイチャ――。」

「黙って。静かに。身体は共有してるんだから寧ろ喜んでるんじゃないの?」

「嬉しすぎるから――。」

「だから、話すなら心の中でだけにして。わかってるから。」

「ハハッ! 今日も良いコンビだな。」

「褒め言葉として受け取っていいの?」

「勿論だとも。」


 気付けば空がうっすら黄味がかっている。こんな時間まで夢中で……。ふっ、手玉に取られたな。完敗だ。


「あっ。」


 短く反応を見せたアンの視線を辿ると、観覧車があった。丁度今、夜間用のイルミネーションが点灯したらしい。それを見た俺の口は勝手に動く。まるでそれが必然みたいに。


「乗るか?」

「え、えぇっ? …………うん。」


 自然と二人の足が観覧車へと向く。一人千円、後で思い返すと中々の金額だったがこの時は何の抵抗もなく支払えた。何故か口数が減る二人。気不味さというには何となく違うような、変な高揚感がやってくる。


 バタンッ、と少し強めにスタッフが扉を閉めた。中は意外にも涼しい。向かい合って座ると自然に目が合った。そう言えばさっきからマトモに会話をしていない。


「不思議な乗り物。」

「ん?」


 先に声を発したのはアンだった。視線を俺の目から外し、落ちていく風景を眺める。


「ロッタが観覧車って何? って聞いてきたの。」

「あぁ、確かに異世界には無い物だよな。」

「うん。それで、高い所から綺麗な景色を見下ろす為の物だって伝えたら『これに乗らなくても高い建物なんて一杯あるじゃない』って。」

「……まぁ、そうだな。」

「私もそう思った。だから”不思議な乗り物”だなって。」

「……。」

「でも、こうして乗ってる。私達以外も。……ねぇ、どうして?」


 何を聞かれているんだろう。人々が観覧車に乗る理由? 観覧車に乗った理由? アンと乗っている理由?


「”必要とされてる”っていうのがわからないの。」

「何の話だ。」

「私、この観覧車に昔乗った事がある。家族で。」

「……そうか。」

「なんで必要って見えないんだろうね。今日選んで貰ったのも自分で買ったのも全部必要だった。でも、私が必要とされてるってどうやってわかるの?」

「おい、どうした。」


 見るからにアンの様子がおかしい。俺達が上昇していく程アンの語気が強くなってきた。


「私には色々必要な物がある。ロッタも可愛い物もお金だってそうだし、他にも……!」

「何を言ってる! 落ち着け!」

「私聞いたの! もう時間が無いって……!」

「なっ……!? だ、誰から聞いた?」

「……久留屋さん。」

「チィッ! あの女!」

「やめて! あの人は悪くない! どうせ知る事だった……!」

「だが……!」

「嬉しかったよ。」

「……何がだ。」

「クソ親父を叱ってくれて。」

「何故それを――。」


 俺の言葉が途切れる。アンは力いっぱい俺に正面から抱きついていた。


 空に零されたオレンジジュースはアンの黒髪を橙色に染めていく。俺は身動き一つ出来なかった。


「香水より、あの甘い匂いの方が好きだったな。」

「……アン?」

 

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