第16件目 異文化と異世界は切っても離せない

 買い物か……。晩夏だと言うのに猛暑日が続いている。こんな中トレーニング以外で出掛ける奴は阿呆ばかりだと思ってたんだがな……。


「我にもついにモテ期が来た。」


 そう自嘲気味に言葉として出す。決して本心ではない。あくまでそう思ってないとやってられないからな。大事な新人のご機嫌取りも上司の務めの一つだと思おう。だが……そうとなっては相手が嫌がる事は極力避けなくてはならない。ただでさえ”オッサン”と呼ばれ侮られているのだ。逆にこういうプライベートでこそ頼りになる感じを見せつけてやらねばな……!


 昨晩は遅くまで芥見に助言を貰ったのだ。しかし、目的が買い物の一言だからなぁ。


『何が嫌で何が駄目かなんて時と場所によりけりだろうが、死ね。』


 と言う正論から芥見プロデュースが始まったのは覚えている。


『服は割と最低限でいい。カラフル過ぎず暗すぎない色の服で……まぁネットで画像漁って爽やかな感じの真似すりゃ失敗はしねえ。あと、ブランドロゴがあからさまな服は着るな。場合によっちゃ好感を得られるが、アプリコットにゃ効かねえだろうな。』

『ダスト……やはり貴様遊んで――。』

『死ぬか? 医療班の女共が常時ノイズ垂れ流しまくってんだよ。』

『失礼した。』

『……色はさっき言った通りだ。後は風通しの良い服だな。汗が乾き易い奴だ。そして、お前は身体が引き締まってるか――。』

『ダスト! やはり貴様も我の筋肉に魅了されて――。』

『黙って死ね!』

『それは死ねだけで事足りるのでは無いだろうか……?』

『テメェは本当に助言を聞く気があるのか? 死ね。』

『何故疑う。いや、悪い。我も久々に筋肉が褒められて舞い上がってしまったのだ。』

『……チッ……とにかく、お前は多少身体のラインが出るシャツを着ても問題ないかも知れねえ。タンクトップ以外なら許されんだろ。脇毛と胸毛は剃ってけ。腹毛は……まぁいいだろ。んで死ね。』

『何? 実は我輩、学生時代に胸毛諸共乳首を剃りとってしまってな……それ以来胸毛を剃るのはトラウマなのだ……!』

『世界の終わりすら受け止められそうな切ない声でクッッッソどうでもいい暴露してんじゃねえぞ、死ね。』

『あの時の痛みを我等は忘れない。』

『我等の”等”はどいつなんだよ。いい加減乳首の話続けんなら切って明日スィトゥーとゴッドに話すからな。社会的にも死ね。』

『服のデザインは無難で機能性重視。脇毛胸毛は剃った方がいいかもしれないと。』

『わかりゃいい。……一番大事なのは清潔感だ。これから俺が言う事を全部実行しろ。』


 はぁ……体力的には問題無いが予想外に金と気を使ってしまった。


「朝から開いてる美容院探して行って、汗拭きシートに香水までって……。ハンカチとティッシュも持てだなんて子供じゃあるまいし……本当に女というのはそういうのを気にするのか?」


 まず、よっぽどでなければ他人の香りなんて気にしないぞ。確かに、異性から良い香りがしてドキッとする事はあるが、目的は男として意識させるのでなく一人の人間として尊敬させる事なのだ。そもそも彼奴からすれば俺なんか眼中に無いだろう。だからせめても……な。


 ……芥見の助言は為になる。話を聞けば聞くほど彼奴の女性遍歴が気になって仕方がない。スィトゥーは知る気にもならない……というか彼奴の遍歴を聞いたら俺は同僚を一人失う事になるかもしれん。


「はぁぁぁああ! 大変申し訳ございません!! まさかベルウッド様をお待たせし――。」

「ロッタ静かに。」

「よう。早いな。」


 俺は腕時計で時間を確認する。十時半過ぎといった所。予定の時刻まで三十分もある。


「アン! だから言ったのに! ベルウッド様に会う為には色々準備が必よ――。」

「ヴフンッ! んー……ロッタ? 何度も言わせないで。ここで騒ぎ立てるならもう帰るよ?」

「クッ……! 交渉が上手くなったじゃない……!」

「ロッタ。我は不快に等なっていない。それよりも、我を待たせるのは申し訳ないというその想いを嬉しく思うぞ。」

「ん……ちょっと。」


 無意識だった。見慣れたロッタの言動に昔の癖が再発してしまったのだ。気づけば俺はアンの頭を優しく、ゆっくりとさすっていた。


「わ、悪い。」


 慌てて手を引っ込める俺。早速やらかしてしまった。これはセクハラに価するのでは? 立場を利用したパワハラにも……!


「別に……ロッタは喜んでるみたいだからこれくらいは許したげる。」

「そ、そうか。」


 セーフ! もしや今日のアンは機嫌が良いのでは? だとしたら有り難い……!


「……じゃあ行こ、ゆに先輩。時間勿体ない。」

「お、え?」

「か、勘違いしないで! オッサンなんて呼びながら歩いてたら通報されちゃうでしょっ!」

「そうか。確かに否定しきれない。」


 なんというか……こそばゆいな。そう言えば月島ムーンランドに初めて鈴木先輩と呼ばれた時も少し恥ずかしかった記憶がある。……ん?


「なぁ、何故鈴木先輩じゃなくてゆに先輩なんだ?」

「それは……鈴木なんて名字ありふれてるから他の人も振り返っちゃうかもしれないでしょ!」

「なるほど。」


 ……なるほどか? ”鈴木”でしかも”先輩”と繋がりアンが呼ぶ人物。中々それで絞られそうなものだが……下手に反論を投げて不機嫌になられても困る。ここは黙って従おう。……下の名前……悪い気もしないしな。


「行こってば!」

「お、おい……!」


 俺の手を取って改札に急ぐアン。


 そう言えばまだ行き先を聞いてないんだが……。


「何線に乗っていけば……。」

「ただ付いてくればいいの。」

「わかった。」


 下手に逆らえず、言われるがまま従う。アンは大きいサイズのシースルー……イカン、名称がわからん。とにかく、スケスケのダボついた水色アウターに少しタイトな白い半袖シャツとホットパンツという組み合わせだ。なんとも若者らしい。俺は無難に七分丈のジャケットだ。色は黄土色で中には暗めの灰色シャツ。……そう言えば芥見に絶対乳首を浮かせるなと言われたのだが、対策法が浮かばず乳首にセロハンテープをしてきた。後で痒くなりそうなのが怖いが仕方ないだろう。


 他愛無い話をしながら電車を乗り継いでいく。ロッタはなるべく表れない様にしているらしい。


「ロッタとの生活は大変じゃないか?」

「全くとは言えないけど、異世界でも似た感じだったしそうでもない。」

「衣食住の全てを共にするのだろう?」

「そうだね。困るのは色々倍になることくらい?」

「倍?」

「そ。私は食べたくなくてもロッタは食べたいとか。痛みとかも両方が感じるからある意味倍。」

「なるほど。多重人格者は操縦席に誰か一人が座るシステムだって昔聞いた事があるが、肉体的な感覚は全員感じ取る事が出来るんだな。」

「出来るじゃなくて感じるんだよ。そして、その痛みが嫌とか好きとか判断するのが個人個人なの。」

「痛みが好き……。」

「た、例え話!」

「す、すまん。そうだったな。」

「特に大変なのが、私はスナック菓子が好きなんだけど、ロッタは油っこくて好きじゃないって言うんだよね。こういう場合どっちかが我慢しなくちゃいけなくてもう……。」

「な、なるほど……。」


 やはりある程度の苦労はあるみたいだな。アニメとか見る時はあまり気にしていなかったが、多重人格って大変そうだ……。もし俺にロッタが憑依していたらと想像したらゾッとしてしまう。まだ女性に女性が憑依してよかったと思うべきだろう。


 しかし……俺はもっと早くからこういった症状を聞くべきだったのかもしれないな。久留屋さんに全て任せず、俺としても何か手伝える事を探すべきだった。その為にも今日は絶好の機会ではないだろうか?


「ねえ、聞いてる?」

「ん? あ、あぁ。……本当に入るのか? 此処に。」


 大都市のランドマークとしても有名な大型ショッピングセンター……と言えばいいんだろうか。雑多なビル群で眩い程に若々しくキャピキャピとしたスパンコールの如きオーラを放つビル。


「なんて輝きなんだ……。」

「何言ってんの?」

「オッサンにはな。こういう建物の空気が大変受け入れ難い場合があるのだ。お前にはわからんだろうが、ゾクゾクとした寒気を嫌でもかってくらい感じるぞ。」

「それ冷房。」

「あっ。」

「ここ女性向けの店ばっかりなのに変に冷房強いんだよね。」


 慣れた足取りで奥に進んでいくアン。ここで一人にされたらヤバイぞ。魔王が怯んでどうする!


「待て、アン。離れるな。」

「じゃあ早く歩いてよ……。」


 ピンクと金属光沢が網膜を刺激したかと思えば木の板と偽の蔦が飾られた店がラップを垂れ流しここは異界なのだと俺に告げてくる。


「ヒィ……洋楽が流れてる……。」

「ヒストリーズ知ってるの? ゆに先輩って意外と洋楽聞くんだね。」

「いや……ま、まぁな。」


 ただ情けなく怯えただけとは言えなかった。


 凄い……へそ出しルックって実在したのか……。映画とかの衣装ぐらいでしか着ないもんだとばかり……。む? 民族衣装みたいな……あぁ、確かに観光客だってこういう店には来るよな。しかし、男性が殆ど視えないんだが、ここは未だ地球なんだろうか。


「ここ。」

「ん?」


 到着した場所は若者向けではあるが、奇抜さが抑えられていたシンプルめの店だった。しかし、店内の壁が全て黒塗りでこれまたオサレでエレクトロな感じの洋楽POPが流れている。ば、場違い感がやべぇ……。


 お……? 店内には男もいる。恋人と思われる女性が服を選んでいる隣で、スマホを片手に無関心な様子だ。


 ……あぁはならない様にしなければな。


「ア――。」


 呼び掛けようとした所で側にいないと気付く。何処に行った? ま、まさかここに置いていくつもりでは……。


 いた。


「アン、離れるなと言っただろう。」

「会計するだけだよ。」

「会計? もうか?」

「買う物決まってたから。」

「なら何故俺を……。」

「これからだよ。」


 アンはそっけなくそう言って会計を済ます。そして、俺と目を合わせるとよく見ないとわからないくらいの微笑を顔に浮かべた。


「考え事には甘いもの。」


 どうやら恐怖の買い物はまだまだ始まったばかりらしい……。


 


 


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