第12件目 現実にもチョロいヒロインはいる

「おっはよーぅございまーす。」

「……おはよう。」

「うぃーす。」


 午前四時前。今日は任務の都合で朝早くからの出勤だ。


「あれ? 先輩、隊長は?」

「まだ来てない。それより、アプリコットの様子はどうだ。」

「えーっと……まだ体調が悪いみたいです。」

「ふむ、流石に女子寮に入る訳にはいかないからな。今日は何か差し入れでも渡そう。で、あるから届けてやってくれないだろうか。」

「い、いいですよ!」

「良いね! 俺もなんか差し入れちゃおっかな。」

「スィトゥーは巫山戯た物を渡さない様にな。」

「へへっ、これでもコンプライアンスには気を使ってるのよ。」

「ふん……。」


 一昨日のアプリコットの父親が襲来してから二日。昨日今日とアプリコットは休んでいる。やはり、あのやり方は問題があったか……。どうやったら汚名返上出来るかわからない。ムーンランドにでも相談してみるべきだろうか。


 そう思い立った所でまた部屋の扉が開く。そして、ヌッと独特な雰囲気を纏って背の低い男が入ってきた。隊長だ。


「おはよう。」


 その挨拶に全員が返す。今日は、久々の通勤時の回収だった。ハルは三つ、つまり二十人想定での作戦となる。そして、俺達はハルだ。


「以上が作戦の内容だ。今回も難度は低いだろうが気を抜かずに励むように。」


 丁度いい。久々にムーンランドとペアを組む事になった。これなら、アプリコットについて相談する事も出来るぞ。勿論、作戦を無事に完了させるのが第一優先だけどな。


「なんだか隣に先輩がいるとアレですね。」


 回収車乗って早々にそんな事を言い始めるムーンランド。運転はムーンランドに任せている。


「アレ?」

「なんだかその……いつもの感じがします。」

「いつもってのは何だ。」


 俺は端末で対象者の情報を確認しながらムーンランドの雑談に応える。


「なんというか、リラックス? に近いというか。落ち着きます。へ、変な意味じゃないですよ!?」

「わかっている。」

「……わか……いえ、あー……そう言えばこの香りも先輩の車って感じですよね。これ、整備班に怒られないんですか?」

「最初の方は文句を言われていたが、完全に臭いが染み付いてからはなんとも。一応他の車では遠慮してこの車ばかり使う様にしている。」

「スイーツカーって呼ばれてるの知ってます?」

「……この車がか?」

「はい。一部の人は苦手な臭いらしくてあまり使わないそうです。服にも臭い移りしますしね。」

「……知らなかった。だから妙にこの車が車庫に残っているのか。」


 裏で陰口みたいな事を言われて避けられるってイジメではないか? 我、イジメられてないか?


「あ、なんか落ち込んでます?」

「……いや。」

「落ち込んでますよね?」

「聞こえなかったのか?」

「先輩はそういうナイーヴな所があるからニクめないんですよねぇ。」

「クッ! 貴様!」

「ほらほらカルシウム足りてないですよ。煮干し食べます?」


 そう言って何処からか煮干しを取り出すムーンランド。


「何処から煮干しを出した!?」

「此処ですけど?」


 ムーンランドが指で示した先は豊満な胸の上部にある胸ポケット。確かに、わかりやすくボコボコとした膨らみがあるが……。


「まさか……直で入れてるのか? 袋にも入れず?」

「洗濯すれば無問題モーマンタイです。」

「……そういう所が男の寄ってこない原因の一つ――。」

「何か言いました??」

「いや、煮干しは遠慮しておこう。」

「そうですか。」

「あー……時に、そう、今回の対象者だが、やはり依頼者は親なんだろうか。」


 少し無理やりだったろうか。しかし、ムーンランドならこの程度気にも留めないだろう。


「どうでしょうね。若い男性の方でしたっけ。」

「若いと言ってもお前より二、三歳程下なだけだ。」

「新入社員として入って盲目的に……あぁ……嫌な事思い出しちゃうなぁ。」

「お前と似てるかもな。」

「はっきり言わないでくださいよぉ。」

「どうしてだ。お前という立派に更生した前例があるんだ。つまりウチにはノウハウがある。この男は幸福だと思うぞ。」

「……私じゃなくても前例なんて他にもあるじゃないですか。」

「まぁ、な。こういったケースはありふれてるか。」


 社会に摩耗され死ぬ寸前を掬い上げられる。こういった患者は異世界ではチートよりもハートフルさを求めたりするのだ。中世ヨーロッパ風の世界でありながら住民の倫理観は凄まじく高く、道徳観も高次元に発達した世界である場合が多い。悪役もやけにあっさりしていたりな。彼等が何よりも求めている物は癒やしなんだろう。


「でも……私、立派ですか?」

「ん? 立派だとも。一人で生活し、仕送りだってしているんだろう?」

「え、えぇそうです。でも、食材とかよく送ってきたりで私の仕送り減っちゃうじゃん! なんて思ったりもするんですけどね。」

「愛されているんだな。」

「そうなんですかね? ……そう、ですね。セラピーだってただじゃなかっただろうし……。」

「親とはよく連絡をとるのか?」

「最近はよくとる様になりましたねぇ。転生直後は気不味くてあんまりだったんですけど……ってグイグイきますね!?」

「す、すまん……。」

「い、いえ、いいですけどね。先輩と私の仲ですし。でも、他の子に同じ事したら問題ですよ?」

「心配しなくても他の奴に同じ様な事は聞かん。」

「それってどういう――。」


 ムーンランドが俺に何か言おうとした時だった。俺は大変なトラブルの兆候に気付いてしまう。


「ムーンランド! 見ろ! プリウスに四葉マークが付いている! 距離を取れ!」

「えぇ? それ今気にしちゃいます?」

「魔王が魔王で居続けられるのは些細な危機を逸早く察知し事前に防ぐからだ! 大人しく我が指示を聞け!」

「そんなチキンだから先輩は童貞なんですよ!!」

「なんだと!?」


 そこから一日、やけにムーンランドからの当たりが強くなった気がする。人の機微というのは難しい。俺の何が彼奴の気を悪くさせたのだろう。任務の内容が比較的簡単な物で助かった。



*****



「おい。」

「ん?」

「なんで俺は今お前とこんな所にいるんだ。死ね。」


 定時後、華やかなショッピングモールでダスト……でなく、芥見と二人で雑貨屋を巡ろうとしている所だった。大学生に毛が生えた程度の俺に対して、垢抜けたジャケットを羽織り俺とファッションセンスの差を見せつけてくる芥見。別の意味で離れて歩いた方が良さそうな見た目だ。陽キャのバーターで陰キャ連れて来ましたー! みたいな……。だが、連れてきたのは俺の方だ。


「なんでも何も俺が頼んだからだが?」

「巫山戯んな。俺は大事な相談があるからっつったから仕方なく待ち合わせの場所来ただけなんだよ。死ね。話がねえなら帰る。死ね。」

「待て待て待て。雑貨と話が無関係と決め付けるのは早計だ。お前はそこまで浅はかな男ではないだろう?」

「お前この頃また喋り方が変になってきてんぞ。死ね。」

「……まことか?」

まことだ。死ね。」

「と、とにかく話を逸らすな。本当に重要な相談があるんだ。」

「なんだよ。死ぬか?」


 偶に”死ね”のバリエーションが変わる時はレアドロップみたいなモンだ。使われると少しだけ嬉しくなってしまう。しかし、私は断じてマゾではないぞ。希少な物というのは例え自分にとって不要な物でも嬉しいものだろう? カンガルーのマーチが好きな人ならわかってくれるはずだ。


「相談の内容なんだが――。」


 俺は秘密やコンプライアンスに触れないラインを見極めながらアプリコットの事を話した。


「それで、ムーンランドに不機嫌な女の子の機嫌を取る為にどうしたらいいか聞いたら”物で釣るのが一番”だって言われたのか。死ね。」

「あぁ。」

「それ、不機嫌なムーンランドに聞いたろ。死ね。」

「ん? あぁ。」

「確認だけどよ。渡すのはムーンランドじゃないんだよな? 死ね。」

「そうだが。」

「ご愁傷様だ。死ね。」

「うん? 任せろって意味か?」


 語尾に死ねが毎回付いていると偶に会話が困難になる。芥見は優しいが、そこだけが問題だな。


「チッ……行くぞ。死ね。」

「助かる。」


 やはりプレゼント選びに手伝ってくれるという意味らしい。スィトゥーよりはマシな物を選ばないとな。だからこそ彼奴には相談しない。それに彼奴に相談した所でからかわれるに決まっている。


「服やアクセサリーは重い。鞄は値段が張るから引かれる。かと言ってキーホルダーは使わなくちゃいけないって圧を与える事になるんだ。死ね。」

「お、おう……勉強になる。」

「パジャマ、枕、ぬいぐるみみてぇな寝る時に使う物はかなり仲が良い奴じゃねえと気持ち悪がられる。んで、化粧品や洗剤は個々人の拘りがあったりで賭けになんだよ。面倒臭え。死ね。」

「じゃあどうすりゃ良いんだ。」

「無難なのは菓子や果物だ。軽く食えて栄養にもなるし苦手でも他人に譲る時に罪悪感が薄いだろ。死ね。」

「なるほど……。ってそれじゃあ雑貨屋では買えないではないか。」

「だからそう言ってんだよタコ。死ね。雑貨屋で買えるモンはほぼ全部博打だからもっとリサーチが必要なんだよ。わかるかハゲ。死ね。」

「ぬぅ……確かにアプリコットが好きな物はなんなのだろうか……ロッタの趣味ならわかるのだが……待て。雑貨屋では買える物が無いとするなら今俺達は何処に向かってるんだ?」

「俺の私物を買うんだよ。最近気になってるボールペンがある。残念だったな。死ね。」

「それは予定に――。」

「黙れ。アドバイス料だ。付き合え。そして死ね。」


 強引に雑貨屋近くにある文具屋に引っ張られる俺。しかし、芥見から教えて貰った情報と言うのもプレゼントには地雷ばかりで食べ物くらいしかあげる物が無いという役に立たない思い込みのみ。もう俺の感性で考えるしか無いのか?


 此処には色んな店がある。周りを見渡せば夕方という時間帯の所為なのかカップルばかりだ。もしかしたら何か参考になるかもしれん。


「悪い芥見。トイレに行ってくる。」

「死ね。」


 返事を聞き届けて俺は少しショッピングモールを散策する事にした。恐らくカップルの買う物がハズレなのだ。こう、下心を感じさせない品位や教養を感じさせる品物は無いのだろうか。どうせ此処を行き交うカップルなんて頭ん中真っピンクで繁殖の事しか考えてない低俗な連中に違いない。既に責任を持って家庭を支えるママさんパパさんは…………。




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