第13件目 銃の名前の響きは無駄に格好良い

「ふんッ! ふんッ!」


 スクワットはハムストリングス、大殿筋、ヒラメ筋と下半身にばかり効く印象が強いが、フォームを徹底すると決してそうでない事がわかる。まず、前傾姿勢の屈伸はスクワットとは言えない。つま先より前に極力膝を出さない。背筋は伸ばし胸を張る。かかとは浮かさない。尻はしっかり落とす。この四つは絶対に守らねばならない事だ。これによって脊柱起立筋だけでなく体幹まで鍛えられるという――。


「何……やってんですか?」

「む? ムーンランドか。おはよう。」

「おはようございます。って、そうじゃなくて! なんで控室でスクワットやってるんですか!」

「あぁ、今度また通り魔役をやるらしくてな。それに控えてメニューを強化したんだ。」

「強化したんだ。じゃないですよ! 部屋の湿度が大変な事になってるじゃないですか!」

「く、臭いか?」

「臭……くはないですけど、私には。でも、普通の人は嫌がる臭いです!」

「お前は普通じゃないのか。」

「普通ですけど! そうじゃなくてぇー!」

「おは――って汗臭っ。」

「あぁーーッ!」


 部屋に入ってきたのはアプリコットだった。そして、鼻に腕を被せて辛辣なコメントを放ったかと思えばすぐに此方を指さして叫ぶ。推測するまでもなく、ロッタの仕業だろう。


「ベルウッド様! 何故その女と薄着で一緒にいるのです!」

「うん……?」


 確かに、俺は言われてみればジャージのズボンに上はタンクトップ一枚。薄着とは言えるだろう。


「運動していただけだが……。」

「で、ですが、この部屋にはベルウッド様の香りと思わしき成分で満ちております!」

「要するに臭――。」

「臭くは無いですが、何か他の事をやっていた様にも思えます!」


 合間に切り替わるアプリコットを遮ってロッタが無理矢理言葉を続ける。


「ムーンランド! さてはアンタ! ベルウッド様を狙ってたのね!? 前から怪しいとは思ってたのよ!」

「はい黙ってー。」


 絶句といった様子のムーンランド。暴走したロッタを黙らせるアプリコットは今迄と変わらない感じの様子だが……。


「ねぇ。」

「な、なんだ。」

「何してたの?」

「筋トレだが。」

「ふぅん……。」

「おはよう、アプリコットちゃん。何とか言ってやってよ! こんな所で筋トレなんかしないでよって!」

「…………。」


 ムーンランドの願いを聞くつもりなのか俺の顔をじっと見るアプリコット。


「……それも、患者を救う為なの?」

「ん? 勿論だ。」

「そっか。」


 そう素っ気無く応えて席に着こうとするアプリコット。明らかに今迄と様子が違う。これはかなり不味い状況になっているのではないだろうか? だが、俺とて何も対策していなかった訳じゃない。あの時の行動は最善じゃなかったという反省がこの行動を生んだのだ。喰らえ!


「アプリコット、あー……。」


 そう言えばプレゼントを渡す口実を考えてなかった。仕事を始めて一ヶ月祝い? 意図を全く隠せていない。俺の後輩になった祝い? 流石に気持ち悪いだろう。なんとなく……は流石に無い。あぁ……クソ!


「こ、この前はすまなかった。これは詫びという訳ではないのだが……いや、詫びだろ。詫びだ!」


 俺は用意しておいた小さな紙袋を渡す。不思議そうな顔で俺を見るアプリコット。だが、一瞬の間を挟んでそっとその紙袋を受け取った。


「この前って何かしたんですか……?」

「あ、あぁ……少しな。」

「おぉぉ――。」

「開けて、いい?」


 一瞬漏れたロッタをすぐに封じ込め、答えの決まっている質問をするアプリコット。


「勿論だ。」


 そう返すと、アプリコットは紙袋に手を入れて中の物を取り出す。


 桃、苺のパック、自己啓発本『ビジネス神攻略』、小さな袋。


「え、なんですか、コレ。おばさんっぽさとおじさんっぽさが悪い感じに混ざってる……。」

「な、何!?」


 酷すぎるムーンランドの評価が心臓を穿つ。そんなに駄目か……?


「……。」


 俺の反応も見ず、アプリコットは小さな袋を開けた。それは芥見に博打と言われようとも、覚悟を持って雑貨屋で選んだ物だ。


 ……だが、それに至るまでの評価が低過ぎてもう……なんと言うか、自信が失くなってしまった。


 袋の中から出てきた二時間程雑貨屋というダンジョンに潜ってゲットした一品。それは桜の花びらを模した髪留めである。活発なアプリコットだから、というのもあったが何より『桜』という物に結びつけるか。それが一番の悩みだった。『桜』……アプリコットの母親の名だ。勿論これがお節介だって事はわかってる。今も母親の事が好きな保証も無いし、その髪飾りと母親を結びつけるかもわからない。ただ、なんか、縁を他人に切られるって……俺は”良くない”って思った。


 些細でもいい。……好きだった人を思い出す切っ掛けにでもなればと。


 それが駄目なんだろう。本当にお節介過ぎた。余計なお世話だったな。不快にさせる前に。


 髪留めを持ってまじまじと見つめるアプリコットだったが、俺はソレに無言で手を伸ばす。


「な、何!?」


 過剰な反応を見せて避けられてしまった。


「い、いや、なんだかチョイスが悪かったなと思ってな。もう一度チャンスをくれないか。」


 アプリコットはそんな情けない事を言う俺の顔を見ながら何も答えない。


「だから、それを返しくれ。」

「嫌。」

「何? 何故だ。」

「大人でしょ。自分のした行動に責任を持ってよ。」

「……ぐぅ。」


 ぐうの音は出たが反論の出来ない正論だ。髪留めはアプリコットがしっかりと握りしめ遠ざかる。き、気に入ってくれたのか? それとも、センスのないプレゼントを笑うつもりか? やめてくれ。それを馬鹿にするのは俺に効く。勇者が放った意外な強技『シャイニング・マッシュルーム』並の威力を発揮するに違いない。あの時は異世界でも珍しく敗北を意識しそうになったくらいだ。


「もし、まだ私に何か渡したいなら更に渡せばいいだけで……これを返す必要は無いでしょ。」

「む、それもそうだな。」

「だから――。」

「ところで先輩。まさかのまさかなんですけど、この前私に聞いた件っていうのは?」


 アプリコットの言葉を遮る様にムーンランドが食い込んできた。何故か、顔が恐ろしく歪んでいる。どんな感情なんだソレ。


「あぁ、それはだな。……うむ。此方へ来てくれ。」

「えっ?」


 俺は軽く汗をタオルで拭くと、上着を羽織り”もう一つ”の紙袋を持って部屋を出る。そして、少し歩いて人気の少ない端の階段に着くと付いてきたムーンランドの方へ向く。どうしてかビクついているな。


「な、なんです?」

「そう怯えるな。まるで悪い事をしようとしてるみたいじゃないか。」

「そ、そんな事はしないってわかってますよ? でも、これだとなんだか……。」

「どう受け取っているのかは知らないが、俺はこれをお前に渡したかったんだ。」

「え……。」


 俺は手に持った紙袋を渡す。これは二時間悩んだ末の副産物だ。


「開けてみろ。」


 聞かれる前に促す。袋の中には装飾された厚紙製の箱が一つだけ。袋の取っ手を指に掛け、それをそっと取り出すムーンランド。中身は……オルゴールだ。ムーンランドは無言で螺子を回す。すると溢れだす切なく響くメロディ。


「この曲……。」

「あぁ、よく助手席で歌ってたろ。鼻歌で。……偶々見つけてな。助言のお礼だ。」


 ムーンランドが無意識に良く奏でてた曲だ。テレビのCMに使われるくらい有名で少し古いその名曲はムーンランドが俺のパートナーだった時代に何かと間が空けば聞こえてきたもんだったなぁ。今はロッタとアプリコットの喧騒がその代わりだが、ふとした瞬間に口ずさんでしまう自分に気付いた。


「な、なんでこんな隠れる様に……。」

「いや、そりゃあ、プレゼントの助言を他の人に聞いたとあったら……貰った方もその、良い気がしないだろ。」

「むぅ! それ! ってやっぱり! ううぅ~!」


 急に変な怒り方をし始めるムーンランドだったが……。


「……はぁ。もう、駄目ですね。先輩は。ふふっ。」


 今度は急に微笑み始める。……病気か?


「ムーンランド、もしかして最近何かストレスでも……あ、もしかして気にいらなかったのか?」


 それで一度は不機嫌になったものの、先輩からの贈り物を無下に出来ず無理矢理笑顔を作っているという……。なんという事だ。俺は部下に意図せず接待を強要してしまったのだ。自分が拒絶されるかどうかばかり考えていて、相手が断れない場合があるという視点を忘れていた……!


「違います。残念な事はありましたけど、これは凄く嬉しいです!」

「い、いや、そんな気を使わなくていい!」

「いえ、気を使ってなんて……って何ですか!?」

「すまない! 怒らせてしまう程の物を俺は……!」


 俺は自暴自棄になりながらオルゴールを奪おうとする。アプリコットのも失敗な気がしたが、怒りまではしなかった。だが、ムーンランドへのプレゼントは不快にさせてしまった挙げ句、我慢させようとまでしているのだ。それは流石に自分を許せない!


「やっ、ちょっと、何処触ってるんですか!」

「違う! その俺の駄目な部分を凝り固めた様な物を渡せ!」

「そんな事無いです! 無理矢理奪おうとしないでってルァッ!!」


 刹那、喉仏にめり込む手刀。ムーンランドの足は綺麗に開き腰を鎮めていた。重心を低くしながらしっかりと丹田に力を込めている。そして、力を八割程与えると瞬時に戻される腕。残心が意識できている証拠……。


 俺は吐血する勢いで息を吐き、えづきながら膝をつく。


「……エン゛ッ!!」

「わっ、わっ、す、すみません!」

「……ゲホッ! ゴホッ!。」


 謝られているが、膝を地面から離せないダメージを負い何も返せない。


「と、とにかく! これはもう私の物ですからとらないで下さい! その、先戻ってますね!」


 くぅ……何故こうも人の心とは複雑なのだ……。やはり選んだ時間か? アプリコットにあげた髪飾りに比べてムーンランドに渡した物は一目惚れというか……まぁ、五分も掛からずに選んだ物だ。神はやはり思いの強さは掛けた時間の長さだと判断したのかもしれない。


「死んだか?」

「……?」


 物騒な言葉に顔を上げてみれば、そこに立っていたのは芥見ダストだった。


「お疲れだ。死ね。」


 まるでトドメの鉛玉でも打ち込んで来そうな台詞だったが、彼が差し出して来たのはトカレフ……ではなく缶コーヒーだった。


「お前にしちゃ上出来な判断だったと思うぜ。ゼロに十引いて十五足して三引いたって感じだ。死ね。」


 俺は缶を受け取ってその皮肉を噛みしめる。


「……それでは……二しか残らないではないか。」

「強欲な奴は不幸になる。死ね。」

「……我はブラックが飲めない。」

「マジで死ね。」


 そう吐き捨てて踵を返すダスト。結構心籠もってたな。今の”死ね”。


「……痛みが引いたなら付いてこい。」


 ん?

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