第11件目 ファンタジーに説教は不要

 俺は回収車を整備班に返し、スーツ姿で足早に表門へ向かう。


「付いてくるなアプリコット。わかっているだろう。お前は治療中という事になっている。親に会わせる訳にはいかない。」

「わかってるよ。でも、オッサンこそ何しに行く気?」

「やんわりと追い返すだけだ。それにお前の事は他の奴より詳しい。娘はどうなんですかと聞かれても上手く返し易いだろう。」

「……変な事言わないでよ?」

「言う訳がなかろう。言った所で誰も得しない。」


 俺の答えを聞くとアプリコットは歩みを止めた。わかればいい。正面口を出て横。回収車が出入りする表門の隣にある生け垣の縁に手提げ鞄を乗せ、哀愁を纏う男性。歳は四十前後といった所だろう。まぁ、十八の娘がいるとしたらそれくらいの年齢だよな。さぞ順調な人生を歩んできたんだろう。


「すみません。」

「……! どうも。……此処の職員の方でしょうか。」

「はい。外から少し見えまして。」

「気を使わせてしまってすみません……不審者かと思われても仕方ない事をしてしまいました。」


 自覚はあったのか。だが、落ち着いた様子だ。どういう用件なんだろう。


「患者様の親御さんでしょうか。」

「はい、万丹ゆるにと申します。」


 やはりアプリコットの父親で間違いないらしい。ここは一芝居打っとくかな。


万丹ゆるに……もしかして、万丹ゆるにあんさんの御父様でしょうか?」

「娘を知っているのですか?」

「えぇ、時々あんさんの担当をさせて頂いております。鈴木と申します。」

「おぉ! そうでしたか! 娘は元気でやっているでしょうか?」

「えぇ。少しずつ改善に向かっていると思われます。」


 こんな転生について話してる所を見つかったら減給モンだぞ……クソ。これ以上は外じゃ危ない。


「お話をするにもこんな所では申し訳ないので、中で如何でしょう。」

「宜しいのですか? では、お言葉に甘えて。」


 俺はエントランスの受付に軽く事情を話すとカウンセリングルームを一つ借りる。基本的に此処を使うのは営業班、医療班、演出班のみ。俺は滅多に使わない。


「此方をどうぞ。」

「……お気遣いありがとうございます。」


 紙コップに入れたお茶を前に、テーブルを挟んでパイプ椅子に座るオッサン二人。年齢差だけで言えば小学生と大学生並に離れているのだが、社会人になると見上げるような恐ろしさは消えているもんだ。俺は落ち着いて話を聞く姿勢を見せる。


 本日はどういったご用件で? なんてストレートには聞かない。それは相手が話し出し難くなる愚策だ。俺はこう言う。


「やはり娘さんが気になりますか。」

「え、えぇ。恥ずかしながら。」

「そういった親御さんは多いですよ。」


 嘘だ。実際はそこまで多くない。なんだかんだ患者を心配して転生させる依頼者だが、此処まで足を運ぶのは二割から三割。別に足を運んだ方が想いが強いって訳ではないと思うのだが……ここまで少ないのはどうしてなんだろうな。何にせよ、俺からすればこの父親は本当にアプリコットを心配している様に見える。


「……ここを信じてはいるのですが、娘がいない日常がここまで長引いた事はなく……その上連絡まで取れないとどうしても不安になってしまいまして。」

「失礼ですが、父子家庭でございましたね。」

「えぇ。至らぬばかりで……その結果こうなってしまったのも私の不甲斐なさに尽きます。」


 そうだ。こうなったのはお前の所為で治療を受けるかもお前が選んだんだ。やはり依頼者はコイツで間違いない。


「そう仰らないで下さい。お子さんは一人と伺っております。私達はもう一度機会を作る為に尽力致しますので。」


 一度間違えたという事実は消えないがな。


 ……いかん。なんだか俺が熱くなってきている。どうした。冷静になれ。


「私には他に良い方法が浮かばなかった。しかし、これも合っているかわからない。そんな疑念がどうしようもなく膨らんでしまい……。」

「……参考までお聞きしたいのですが、娘さんがこうなってしまった心当たりはございますか?」


 ”こう”なった、か。彼奴は患者だ。それも、まだ完治していないらしい。だが、俺には何処が問題なのかわからない。俺への態度は少々難ありだが、ただの生意気なガキじゃないか。


「……私が学校を強要した事でしょうね。」

「勉強ですか。体罰でも?」

「いえ、まさか。ただ、妻みたいに……彼奴の母親みたいになって欲しくない一心で強く言い過ぎてしまった。……違うな。一度だけです。私は一度だけ娘を殴った事があります。」


 母親みたいに? しかし、やはり殴っていたのか。救えないな。


「殴ってしまったのですね……。どうしてでしょうか。」

「大学受験に落ちたんですよ。」

「それが気に入らなかった――。」

「いえ、一度落ちたくらい何だって言うんですか。……娘はね。受験をやめて働くって言い始めたんです。」

「……受験を諦めると。」

「第一志望以外は受かっていたんです。でも、第一志望でなければ意味がないと。留年も他の学校も嫌だから働くと言って譲らなかったんです。そしたら、カッとなり……。」

「殴ってしまわれたんですね。」

「……はい。それから何日も娘が部屋から出なくなって私は思い知りましたよ。私はやってしまったんだと。」


 そこから運良くウチに目を付けたか付けられたか……。母さんは俺を転生させた時にどう思ってたんだろう。こんな風に自責の念を感じたりしてたんだろうか。


「少し考えればわかる事でした。毎日毎日勉強をしろと言われれば、それは全て期待になる。重荷になるんだって。」


 アプリコットの父が濁っていく。お前が涙を流すのか。本当に泣きたいのはアプリコットだろう。


「それでも、私はアンが妻と同じ行く末を辿るのを許せない……!」

「どうしてそこまで奥様を拒絶するのですかねえ? 娘さんは奥様を嫌っていたのですかあ?」


 思わず声を大きくしてしまった。俺の言葉はわかり易く怒気を孕んでいただろう。しかし、どうやら相手には伝わらなかったらしい。不幸中の幸いだ。


 母親がどんな人間であれ、それを避けるかどうかは本人に選ばせるべきだ。アプリコットの口から父親への罵倒は聞こえても、母親については何も聞いた事がない。それ故に軽率な判断は出来ないが、父親が無理矢理操るべき事ではなかった。お前がすべき事は人間社会を生きていく為の知識を教える事であって、娘の洗脳ではないのだからな。


「娘は……妻が大好きでしたよ。」


 ほう。それを知っていて似させたくないというのか。余程妻が嫌いだったのであろうな。何故結婚した?


「妻は気立てが良く、料理も上手でどんな芸能人にも負けない美人でした。」


 ん?


「それでいて一途で文句は言わず、私が辛い時には支え、娘を私以上に愛していた。」

「今の所……欠点の無い方に聞こえますが。」

「大きな欠点があったのですよ。」


 大きな欠点ねぇ。それ程の美点を覆い潰す欠点とは如何程のものよ。あったとしても恐らく難癖だ。少なくとも私には思い浮かばん。


「……私に惚れた事です。」

「はい?」


 本心から疑問符を浮かべて聞き返した。俺は今駄目な父親のどうしようもない懺悔を聞いていたはずだったのだが……。


「妻、サクラは……辛くても私に文句も言わず私と娘の為だけに無理をして身体を酷使したんです……。」


 ……。


「私はそれに気付いてやれなかった! 家族の為に出来る事はやれていると思い込んでいた……!」


 返す言葉もない。立派とは言えない男の泣き顔だった。


アンはせめてこんな出来の悪い男に惚れないで欲しい。だが、私は度し難い馬鹿だった。私には男の選び方なんてわからなかったんですよ。また私は世間に溢れる『高学歴な男程マシな男が多い』という他人の意見に流されてしまっていた。直向ひたむきに働けば家族を幸せに出来るという迷信を信じていた昔の自分から何も進歩していない……!」

「お、落ち着いて下さい。」

「……すみません。少し、取り乱しました。……どうすればよかったんでしょうね。」

「娘さんは変わるべきです。」

「アンがですか?」

「お父様もです。」

「……。」

「これはあくまで私個人の考えですが、娘さん……いえ、誰であろうとです。変わったとしても変わったとわからなければ何も変わらないのと同じではないでしょうか。……つまり、その、勉強をしろとか、奥様の様になって欲しくないだけじゃなくて、もっと根本にある『愛しているから』といった部分を話しあってはどうでしょう……と思いまして……。」


 俺は医療班でもなければ、専門家でもない。即ちこれは完全なる素人の意見であり、下手したらミスリードである可能性もある。しかし、こう思った。それだけの理由で全て吐き出してしまう。……最悪、一つの家庭を壊してしまうかもしれないのに。


「……そう言えば娘に『愛してる』だなんて言ったのはいつ以来だったか。お前の為とはよく言っていたけれど、妻が亡くなってからは一度も……。」

「であれば是非。」

「いや、娘はきっと私を恨んでいるでしょう。依頼人は娘にも秘密らしいですけど、気付くでしょうしね。私の言葉なんて――。」

「そんな考えだから、そうやって決め付けるから駄目なのです! 聞いたところ、貴方の失敗は全て決め付けにある!」


 俺の苛つき混じりの声に万丹ゆるに父は驚いた様な顔をして黙り俺の顔を見る。だが、いい加減叫びたくもなる。


「聞いていればなんだ。昔の自分から何も進歩していない? あぁ、その通りだ! 我等は責任を持ってこの仕事に従事している。患者の幸せを願っている! 患者にはそもそものさがが社会に適合していないという場合もあるが、全員に共通しているのは大なり小なり原因があるという事だ! その原因に一番近くにいる親がなってどうする!?」


 俺は立ち上がり腕を組んで万丹ゆるに父を見下ろす。蔑む様に。


「妻が亡くなったのは同情しよう。だが、貴様がやっている事は自身の防衛のみだ。娘を盾にすら使っている様に我は見える。我等は誇りに恥じぬ為にも完全な状態にして貴様の娘を返す。だが、そこから娘を傷付け汚すか、更に磨き珠玉の逸品にするかは親である貴様にかかっているのだ! わかるか!?」


 万丹ゆるに父は呆けた顔でヘッドバンギングの如き頷きを見ると我は若干引きながら続けた。


「貴様がまずやるべき事を教えてやろう。……それはぁ! 5W1Hだ!」

「ご、ごだぶ……。」

「5W1Hを知らぬか? では教えてやろう! 何時When何処でWhere誰がWho何を《What》何故WhyどのようにHowしたかだ!」


 確かこれで合ってるはずだ。目をパチクリとさせ私に畏れを抱いている様子の万丹ゆるに父。


「これを全て余すこと無く細かく娘に伝えろ! 言わなくても伝わるとかどうせとかなんてとかは全て忘れてだ! よいな!?」

「は、はい。」

「であればこれ以上話す事はあるまい! 貴様は娘が帰る日を震えて待つがいい! さらばだ!」


 豪快に扉を開け去る我。正直言うと、途中から正気に戻っていた。耳がものっそい熱い。今日は枕を三重にして叫ぶ予定である。


 ……今日は定時であがろう。

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