第10件目 転生しても幸せになるとは限らない

 アプリコットがウチの班に来てから数ヶ月が過ぎた。経験した回収も優に二桁。だが、彼女の足の怪我もあってか近頃は簡単な任務が多かった。であるのに俺達はコアばかり。ハルが居ても付くのは一班程度。


「オッサン、一口。」

「駄目だ。」

「なんで? 良いじゃんケチ。」

「言ったろう。これは二十歳になってからだ。」

「別にいいけどね。何処にしまってるか知ってるし。」

「ロッタ、こういう時はお前が止めなくてはいけないだろう。」

「い、いえ……その……ベルウッド様の唾液を頂けるのは光栄でありまして……。」

「ちょっとロッタ! 気持ち悪い事言わないで!」


 回収車の運転は俺。助手席はアプリコット。現場の見張りは俺達とスィトゥーで、指揮は隊長。そして、対象者は先程ムーンランドが轢き終え今は帰路だ。


「しかし、美味でありますね! この世界の葉巻はかくも美味しいものであるのかと感動しました!」

「葉巻じゃないって。ただ水飴を吸ってるだけだよ? お菓子と一緒。」


 水飴でもないけどな。


「にしても、楽だよね。この仕事。」

「楽な方が良いだろう。」

「回収班って昇進とかないの? 軍曹とか大佐みたいな階級みたいなのとか。」

「無い。あっても隊長とかその程度だ。それにまず、お前は一応バイトだろう。」

「社員との違いとかよく知らないんだけど……あっ、バイトには階級ってないの?」

「バイトリーダーとかそれに当たるんじゃないのか?」

「なんか思ってたのと違う。」

「そんな事を言われてもな。」


 最初から敬意など微塵も感じさせない奴だったが、共に任務を重ねてなんだかんだ超えちゃいけない線は意識して立ち回るのがアプリコットだとわかった。ムーンランドや隊長には敬語で話すし、スィトゥーにさえ真面目な時は敬語で話す。……つまり、俺にだけ敬語が使われていない。何故なんだ。


「なぁ、ロッタとはどういう出会いだったんだ?」

「……それってマナー違反なんじゃないの。」

「いや、そうだったな。すまない。」

「別にいいけどね。私の異世界は守護精霊を召喚して戦う世界だったんだけど、皆が色んな生き物を召喚する中、私だけ魔王を召喚しちゃった訳。」


 なんともチート物らしい話だ。ロッタは漂っていた俺の療養データの一部である故にただの偶然なのだが、あまりにもご都合主義というか……合致しすぎている。ありふれた展開としか言いようがない。奇跡だな。


「……これ、話してみると恥ずかしいね。やっぱり忘れて。」

「懐かしいわね。最初はアンと喧嘩ばかりだったのです。」

「あ、もうロッタってば! これはただの妄想で――。」

「妄想なんかじゃないわよ。私はここに居るんだから。勝手に私の人生を妄想にしないで。」

「……そうだけど。」

「今は随分仲が良いではないか。」

「はい! 私の一番の親友です!」

「も、もう……。」


 恥ずかしそうにボソボソと何か言うアプリコットを遮ってロッタが続ける。


「魔王を召喚したってだけでアンを迫害しようとする奴等を裸で吊るしてやったり。」

「操られそうになったロッタ助けたり。」

「貴族のパーティーに無理矢理出させられた時に踊りを教えてあげたり。」

「寝る時に御父様ぁって泣くロッタを慰めたり。」

「変な服装のセンスを矯正したり!」

「矯正してあげたのは私でしょ!」

「いーや! アンの選んだ服の方がおかしい!」

「ロッタの選ぶ服は派手過ぎるの!」

「アンが選ぶのは地味過ぎ!」

「騒ぐな。仲が良いのはよく伝わった。」

「偶に生意気な事を言う小娘ですが、それでもいざという時には頼りになるのです。」

「誰が生意気よ。ロッタなんて誰にも敬語使わないでしょうが……。」

「ベルウッド様には使ってるわよ! あと、御祖父様!」


 ……俺が咄嗟に吐いた”隊長が俺の父親説”はすっかりロッタの中で定着してしまった。隊長も過剰に敬われるのが満更でも無いらしく、ノリにノッてこの有様だ。なんでも、異世界時代を思い出すんだとか。……そりゃロッタの振る舞いはまるで神を崇めてる様ではあるが……。


『ポーン、ポーン……。』


 なんだ? スィトゥーから通信だな。雑談目的の通信も程々にしないと怒られるぞ。


「……こちらベルウッド。どう――。」

「私だ。ゴッドである。」

「隊長?」


 そう言えば隊長は今日、スィトゥーの回収車に乗ってたのだった。


「何かあったんですか。」

「あぁ、緊急支援要請だ。今送った座標へ向かって欲しい。此方も向かう。ムーンランドは対象者を送り届けた後に付いて来させる想定だ。」

「承知致しました。」

「アプリコットには初めてのハルだ。しっかり補助する様に。」

「はい。」


 返事と同時に通信が切れる。


「緊急支援要請なんてあるんだ。」

「非常事態という事なのでしょうか。」

「字面は物々しいが、必ずしも大変な危機という訳ではない。急ぐべきなのは確かだがな。アプリコット、端末を操作して目的地を表示してくれ。ナビゲートを頼む。」

「わかった。」

「それと任務の詳細を教えて欲しい。」

「えーと……何これ。プール?」



 *****



 作戦実行予定地は一般的な日本の成人なら一度は通った事があるであろう場所、高校である。太陽が高い。生徒たちは昼食中だろうか。


「私立櫻ヶ峰さくらがみね高等学校……此処、入っていいの?」

「駄目だろうな。」

「じゃあどうすんの?」

「コアは数人が中に入っているが、俺達はハルとして外での配置が決まっている。資料ならさっき読んだだろう。」

「えっと隣の建物の屋上にいるコアの人と一般人が遭遇しない様に人払いをするんだっけ。」

「そうだ。行くぞ。」

「あ、待ってよ。」


 俺はスーツ姿になり、校舎の横にある背の低い雑居ビルに入る。カビ臭く狭いエレベーター。アプリコットが私服のままなのは問題だが、俺がスーツを着て隣に立っている以上関係者に思えるはずだろう。


「何此処。遺跡?」


 ロッタには埃臭い雑居ビルがそう見えるらしい。


「古いビルだから間違って無いかもね。」

「お前ら、ここから私語は慎め。」

「はっ。」


 着いた場所は殺風景でボロボロの手摺りが付いた階段の間。俺等がいなくても誰も近寄らなそうだ。しかし、気を抜いてはならない。俺は気を引き締めて階段に座り耳を澄ます。


「ふーん……。」


 アプリコットは端末を弄り、作戦内容を再確認しているみたいだ。良い習慣だな。


「尾長大智、十五歳……若っ。え? 対象が水中にいる所を特殊狙撃銃で狙撃?」

「溺死のケースだな。中々厄介だ。」

「待って、この子何も問題無いじゃん。なんでターゲットになってんの?」

「……そういう事もある。依頼者が問題有りと思えばセラピーを受ける事が出来るんだ。」

「は? セラピーって言うより決めつけでしょ? ターゲットはそれ知ってんの?」

「いや。」

「何それ! 勝手過ぎない!?」

「静かにしろ、アプリコット。」

「いや、でも! 高校生活の貴重な時間を……!」

「黙れ。」


 ここの階のテナントは何も入ってないのか。流石にそこらはプランナーが考慮してるよな。だが、このまま騒ぎ続けるのはまずい。下の階には法律事務所等が入っていた。そこに怪しまれたら作戦の遂行は危うくなる。


「ロッタ、黙らせろ。」

「サイッ――。」

「アン、ごめん。」


 アプリコットの叫びはロッタに封じられた。


「抗議なら後で幾らでも聞く。ロッタ、すまないが今は助力して欲しい。」

「はっ、マイロード。」


 それから数時間後、作戦は無事完了した。俺達はただ、屋上へ続く扉の前に居続けただけだ。そういう作戦もある。それでも、なくてはならない役目であり、重要な事だ。その間、アプリコットはロッタに代わられたまま出てこなかった。作戦を終え、車中に戻ってもなお


「アプリコット。彼処で騒ぎ立てる訳にはいかなかったからな。無理矢理なやり方で申し訳ないと思ったが許して欲しい。だが、俺も昔同じ事を思った事があるんだ。対象者は何も知らず、ある日突然セラピーを受けさせられる。それは全ての案件において言える事。何もあの少年に限った事じゃない。だが、学校に普通に通い友人も家族もいながら対象になるケースがある。……ロッタ、これはアプリコットに聞こえているのか?」

「聞こえております。」

「……そうか。それで……副隊長になってからそのケースがどうしても納得できないと隊長に相談した事がある。そしたら、特別に話してくれたんだ。これは誰にも話すなよ? 普通に思えた環境に問題があるケースだ。対象者に問題は無い。だが、その周囲が歪んでいて解決のいとぐちを掴む為に対象者を一時排除しなきゃいけない場合があるんだ。」

「……。」

「……俺が隊長に聞いたケースは親が過干渉で子供を束縛し過ぎているという物だった。対象者を一時的にウチで転生させてな。その間に環境をどうにか矯正するのさ。これは主に営業班と演出班と仕事だが、大変らしいぞ。」

「…………なんで、あの時にそれを言わなかったの。」


 ようやくアプリコットが口を開いた。あの時に説明されたなら騒ぎはしなかったと言いたいんだろう。


「物分りがいいとも限らなかったし、お前には親に対する明確な反抗心がある。それと、そういう前例があるだけで今回もそうだとは言い切れないからだ。」

「じゃあ……やっぱりターゲットの心は無視されてんじゃん。」

「アプリコット、ウチはビジネスモデルの都合上そこらの会社より不興を買えないんだ。そして、この仕事の本質は”お節介”にある。やってる事は拉致拘束監禁洗脳なんだよ。だが、アル中もイカレ野郎も自殺志願者も皆口を揃えて言う。自分は大丈夫だと。そんな奴等を少しでも救いたいって思いがエゴだとして何故否定されなきゃいけない。何故他人の幸せを願ったらいけない。」

「願ってない。押し付けてる。」

「だから営業も演出も俺達も皆慎重に案件を選んでる。お前が思っている以上に皆考えてんだよ。」

「……。」


 再び黙り込むアプリコット。雰囲気は最悪だ。


 支部に着く頃には既に陽は傾いていた。影は濃く長く伸び、輪郭をクッキリと映す。その景色に支部の正面口前を彷徨うろつく不審人物を見つけた。車中からだと少し遠く誰かは確認出来ない。しかし、背格好を見る限り見慣れない男だ。スーツ姿である所を見ると営業マンだろうか。しかし、俺の視線を追ったのであろうアプリコットがその男を見て呟く。


「ぇ……パパ……?」


 ……何だと?




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