第8件目 魔法名は格好良ければ何でも良い

「新人の活躍とムーンランド月島の労いに、乾杯。」


 ゴッド隊長の音頭に合わせて俺達全員で杯をぶつけ合う。ここは俺等チームがよく通う行きつけのチェーン系居酒屋の個室。折角だし少し高めの場所に行ってもいいかなと思ったのだが、ロッタの件や騒ぐアプリコットアンの事を考えると多少無理がある……という事もあり結局此処になった。勿論アンはコーラだ。


「いぇーい! アンちゃん! 昨日の夜はお疲れ! 今日説明した内容は覚えられた?」

「まぁ、大体は……。」


 真っ先にスィトゥー斉藤が飛び込んでいく。今日のアプリコットアンは研修が中心だった。弊社の説明は事前に受けているはずだが、まだまだ知らない事は多いだろう。だから、せめて今日教えた事を覚えられているかチェックだ。


「班は主に二つに分類される。何と何だ?」

「……実働班フロント技術班バック。」

「正解だ。じゃあ俺達はなんだ?」

「おいおいベルウッド鈴木。マナー違反だぞ。」

「その通りだ。先輩風を吹かせたいのはわかるが場所は選ぶべきだな。」

「隊長の言う通り! 愚痴はセーフだが説教は駄目だ。」

「……浅慮だった。」


 確かに、今話す事ではなかったか。だが、新人とは何を話せばいいのだろう。月島の時はどうした? ……こんな事を考えなくても向こうから話し掛けてきてくれていたな。そう考えると月島は意外と手間の掛からない後輩だったと言えるのかもしれない。偶にウザいけど。


「仕事内容を迂闊に話しちゃいけないんでしたっけ。」

「そうそう。だからアンちゃんも気をつけろよな。ここは個室だからあんまり騒がなきゃ問題ないけど。」

「はい。」

「でも、ヒールちゃんは呼ばなかったんだな?」

「……新人と顔を合わせてというのもなんだかおかしな話だろう。」

「でも、今後も関わるだろうし、昨日早速会ったんだろ? ヒールちゃんどうだった?」

「……皆さんが何故医療班に異動したと聞いて驚いたかはなんとなく察しました。」

「だろ! せめて開発だよなぁ!」


 アンは昨日の任務帰還後医療班の元へ連れて行った。すると案の定彼女ヒールがいたんだ。何があったかは割愛させて貰う。


「あの、私より月島さんをどうにかしてあげて下さい。」


 アンの言うことは尤もだった。テーブルの端に座る負のオーラを纏った女。それが月島だ。同じ回収班の面々は他の班の奴等も含め誰も馬鹿にしない。何故ならいつ自分が同じ様な馬鹿げた役をやらされるかわからないからだ。だからこそ、当事者には哀れみの視線が送られた。それはそれで奇異の目とは別のダメージを負う。今日一日辛かっただろう。俺も何度か『乳首』という単語を耳に挟んだ。恐らく企画班プランナーから無茶な任務を命じられた被害者という扱いなんだろうが、その同情に満ちた『乳首』は確実に彼女の心を蝕んでいる。


「な、なぁ、おい、月島。気持ちはわかるけど、その内慣れるって。ユニークなんて連続で来るもんじゃないし、一度担当した奴は評価で適してるかどうか判断されるって聞いたぜ? そんだけ落ち込んでるってのは絶対知れ渡ってるからもう来ねえよ、多分。」

「へぇ、一応そういう配慮はされてるんだ。」

「そうそう。ウチはホワイトなんだぜ? 適した仕事だけ与える。でも、挑戦はさせる。まぁ、配慮ってのも限度はあるけどな。」

「……死にたい。」

「あー……わかった。ここは鈴木の出番だな。」

「俺の?」

「ほら、月島。大好きな鈴木先輩だぞ。」

「だ、大好きなんかじゃありません! ……嫌いでもないですけど。」

「まぁいいから慰めて貰えよ。そういや隊長、今回の他の班の動きなんすけど~……。」


 投げるだけ投げて斉藤は隊長の隣へ席を移ってしまった。


「その、なんだ……。」


 説教は駄目、だったか。


「お前はまた、一人の人間を更生の道へ誘った訳だ。そう落ち込む必要もない。」

「……そこじゃないんです。わかりますか? 私今日、到る所でボールギャグ乳首って囁かれてたんですよ?」

「誰が言ってたんだ?」

「知らないですよ! でも絶対言われてます!」

「だって実際に乳首とかボールギャグって言葉が各所から聞こえて来るんです! 並べないでぇ゛!゛ 字面が嫌ァ゛!゛」

「ま、まぁ、それでも馬鹿にする感じでは無いだろう。飲め。飲んで忘れろ。」


 俺が促しジョッキに入った液体を口内へ流し込む月島。


「私許さない! あれ考えたプランナー絶対許さないから!」

「その、プランナーって誰かわかるの?」


 話に入ってきたのはアンだった。


「わかんないんだよぉ……。そこは無駄に機密になってて……。」

「営業班と企画班は仲がいいんだけどな。回収班からは鼻つまみ者だ。基本的に俺等とは犬猿の仲だな。」

「営業班って対象者を見つけてくるって聞いたけど、何処から見つけてくるの? 転生って極秘なんだよね?」

「一つは表のセラピー患者から信用できそうな相手を見つけて営業を掛ける。後は野良だな。現代には問題のある生活をしている人間なんて腐る程いる。色んな所に潜り込んでるとも聞くな。」

「何それ!? ホントに悪の結社みたい!」

「似たようなもんだって言ったろ。」


 かと言って辞めるのは自由。ここは社内機密の厳しい会社ってだけだ。法律を違反してるかまでは知らないが、少なくとも社会に迷惑を掛けてるとは思えない。寧ろ役に立ってるはずだ。


「はぁーあ……ボールギャグ乳首でも見初みそめてくれる王子様とかいないかなぁ……。」

「ムーンランドとやら、王子はロクなのがいないわよ。マシなのもいたけど、九割は反吐が出る下衆だったわ。」

「ロッタ、それは私の世界の話でしょ。」

「……私の世界では良い人ばかりだったけどなぁ。」


 転生者には万能感が湧いてしまう……と言ったが、恋愛観にも影響が強い。貞操観が薄れるという場合もあるが、何より相手への理想が格段に上がるのだ。弊社から巣立っていった人間は著しく離婚率が高いという謎の統計も出ている。……妄想と現実は比べちゃいけないんだよな。転生者は何年もの異世界生活で精神的成長を遂げる者もいれば逆のも者もいる。そして、成長したとしても相手が釣り合わなければ縁も続かない。


 結局恋愛はハードモードであり続けるって事だ。


「早く子供産まなきゃなのに……。」


 切実な願いを漏らす月島。反応に困る。


「なんで早く産む必要があるの?」

「あのね、ロッタちゃん。人間は早く子供を作らないと色々問題があるの。親に孫の顔を見せなきゃだし。」

「なんでよ。自分の人生なんだからやりたい事をやればいいじゃない。」

「ロッタ、あんたは親……えーっとオッサンから孫が見たいって言われたらなんとかしたいって思わない?」

「すぐにでも作るわ!」

「オッサンとじゃなくてよ? それにオッサンの子は孫じゃないでしょ。」

「た、確かにそうね。」

「本人の前で変な話をするな!」


 流石にバツが悪くなって来たので話を止める。だが、月島は死んだ目で言葉を続けた。


「いいなぁ。アンちゃんは若くて。まだタイムリミットまで沢山時間あるもんね。」

「タイムリミット? って何?」

「自分で、『あ、終わったんだな』って思った時。」

「自分次第って事?」

「ポジティブに捉えたならね。でも、来るのよ。抗えない現実が。ある日突然……。」

「や、やめろ! 月島! それは飲みの場で話していい話題じゃない!」

「親とか歳とかって人間は大変ね。」

「アンタも今は人間なんだからね?」


 ロッタがファンタジーな感想を述べるが、空かさずアンは同じ口でツッコミを入れた。個室を選んで正解だったな。


「実感が湧かないわ。……そうだ! 此処ってアンのいた世界なんでしょ? ならアンの親がいるんじゃないの? 会ってみたいわ!」

「……駄目。」


 低いトーンで静かに跳ね返すアン。転生者にとって実家の話は禁句である事が多い。何故なら転生の依頼者が親であるケースはありふれているからだ。……俺みたいにな。もし子供が行方不明になったなら気になって当然だ。通報されない為に依頼者でなくとも、入院と説明している事が多い。つまり認知させ放置させるのだ。それ故に転生者の多くは親を憎む。或いは負い目を感じている。


「なんで?」

「なんでもよ。」

「親に会いたいと思わないの?」

「私をこんな所にぶち込んだクソ親父になんて会いたくない。今顔なんて見たら思いっきり殴っちゃいそう。」

「そう言えば私と会った時も只管ひたすら父親への恨み節を吐いてたわね。」

「そ。思い出した?」


 どうやらアンは”前者憎んでいる”らしい。俺と月島はそのやり取りに対して口を挟まなかった。転生はセラピーでありサービスだ。誰かが金を出して受けるものである。つまり、患者を想い金を払う気がなければウチなんて使わないんだよ。だが、それを言っても通じないだろう。


「アン、お前はなんで父親が依頼者だと思った? 依頼者は患者に明かされないはずだ。」

「秘密にされてもバレバレでしょ。他に私の事知ってる人なんていないし、いっつも怒られてた。」

「……そうか。」


 俺が出来るフォローはこの程度が限界だな。しかし、他に自分の事を知ってる人なんていない……か。少し感傷的な気持ちになるが、それはジョッキをテーブルに叩きつける音で紛らわせられる。


「ちょっ、なんですかこの空気は! 先輩は私を元気付ける為に送り込まれた刺客じゃないんですか!? なのに、なんなんですかこの体たらく! 甲斐性なし!」

「いや、まぁそうなんだが甲斐性は関係無くない――。」

「麗らかな女性二人に囲まれてお通夜みたいな雰囲気垂れ流さないで下さい!」

「……お、おう。」

「アンちゃん! ロッタちゃん! 恋バナだ! 恋バナで幸せオーラを醸すの!」

「発酵するのか……?」

「はいそこ無粋なツッコミ入れない!」


 滝登りの様な勢いでテンションを上げてきた月島。強引ではあるが、助かる気遣いだ。


「ずばり! 好みのタイプは!?」

「ベルウッド様です!」

「ロッタちゃんは答えなくて大丈夫。アンちゃんは!?」

「え、あ……パパに似てない人。」

「ちがーう! まだ引っ張るかこのツンデレ新人め!」

「で、デレてなんてないでしょ!」

「じゃあツンツン娘!」

「それも嫌!」

「なになに面白そうな話してんねー!」

「斉藤先輩の好みのタイプは!?」

「そりゃもうアンちゃん! と見せかけてスズちゃんでしょー!」


 ウインクをしながら俺に向けて投げキッスをするスィトゥー。だが俺は冷静にジョッキを傾けて小さい氷片を口に含んだ。


 肺よ。表情筋よ。横隔膜よ。用意はいいか?


 奴を穿つらぬき、あくたかえせ。……滅殺だ。



 ――冰碎凍穿撃アイスニードル



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」


 斉藤が眉間を押さえながら絶叫する。


 やべぇ、やり過ぎたかも。そう思い、冷や汗をかきながら隊長の方を見る。すると、彼はもううつらうつらと船を漕いでいた。酔うとすぐ寝るタイプで助かった。ってか斉藤の奴、騒ぐ為に潰しやがったな? なら因果応報だ。


「てめぇ! 何すんだ!」

「くだらない冗談は好きだが、誤解を招く冗談は嫌いだ。お前はバイだろう。」

「あん!? バイじゃねえ! 少年”も”好きなだけァガッ!?」


 俺は二発目を見事的中させると口元をおしぼりで拭う。


「……アン、こいつの危険度がわかったか?」

「わかったけど、その氷飛ばす奴やめて。汚い。」

「ほぉら、ゆるにゃんは俺の味方だぜぇ? ハゴッ!?」


 轟”チン”。容赦なく股間を狙ってく恐ろしい娘……コードネームをナッツクラッカーに変えてもいいくらいだ。見ているだけで俺の股間もヒュンヒュンしている。


「ゆるにゃん? あぁ! 万丹ゆるにあんだから!」


 月島が斉藤の暗号を解読した。なるほど。安直だが、猫は印象に合っている。暴れ野良猫って感じだけどな。


「……やめてください。子供の頃から呼ばれ飽きてるんです。」

「そうなの? 嫌い?」

「嫌い……というか、は、恥ずかしくないですか。この歳で……。」

「そんな事ない! 可愛いなぁもう! 今の内にちやほやされておいた方がいいよ! ……うん。」


 最後の”うん”に切なさを込めるのはやめろ月島。


「なるほど、今までアンって呼んでたけどそれも良いわね。向こうだとアン・ユルニだったから気づかなかったわ。」

「ロッタまで、やめてよ。」

「はぐうぅ……腹が痛い……! 洒落になってない……!」


 後ろでもだえてる魍魎もうりょうが目障りだな。


 ……。


「あれ、先輩何処に行くんですか?」


 俺が突然立ち上がった事が気になったらしく月島が行方を訪ねてくる。別になんて事ない用事なんだけどな。


「トイレだ。」

「あ、待って。私も行く。ここ男女別?」

「あぁ。」

「じゃあ、案內して。」

「……わかった。」


 ついでにタバコを外で吸う気だったんだが……。

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