第7件目 覚醒は本番でこそ起きる

「後半戦とは帰り道の事だ。ターゲットは買い物を終え、もう一度ここを通る。」

「その時を狙って仕留めるのですね!」

「そうだロッタ。だが、仕留めるのはあくまでムーンランドだ。我等が行うのは補助に留まる。それを忘れるな。」

「はっ!」


 アプリコットと二人、助手席に戻り改めて簡単な説明をする。だが、やる事は変わらない。チャンスがもう一度ある、というだけの話だ。ムーンランドはまた後部スペースで復習をするらしい。何の復習かは敢えて気にしない事にする。


「……ロッタ。痛くない?」

「この程度なんでもないわよ。」

「ごめんね。油断なんかして。」

「私も前の世界で初めてアンの身体を借りた時は似たような感覚だったわ。人間の身体ってなんて不便なんだろうって。」

「それって翼とか尻尾がない事に対してでしょ? 力は私の方があったじゃん。」

「な!? そんな事無いわよ! 私の全盛期の力があればアンなんて一捻りなんだから! ベルウッド様から授かった力を侮らないで!」

「なーにがベルウッド様から授かった力よ! 私のチート舐めないでよね! ステータス画面に表示しきれない数値なのよ?」

「私だって覚醒したら測定不能みたいなステータス値だもん! それに貴方の身体には圧倒的に足りない物があるわ!」


 中学生の昼休みか? ”私の妄想の方が凄いんです”みたいな喧嘩は聞くに堪えない。


「な、何があるっての?」

「胸よ!! つまり、”ある”って言うより”ない”!」

「なッ!?」

「確かに動きやすくはあるけど、それじゃあ華が無いわ! そんな身体じゃベルウッド様を満足させ――。」

「ロッタ! 黙れ!」

「はっ!」


 非常に誤解を招きそうな事を口走るロッタを急いで制する。だが、遅かった。若干の気不味い雰囲気が車中に滲む。


「え、は? ロッタにとってオッサンって父親なんじゃない訳?」

「……魔法による創造だ。」

「だからセーフなのよ!」

「アウトだよ!! 嘘でしょ? オッサン何考えてんの!? 流石にキモすぎるでしょ!」

「ま、待て! 誤解だ! 俺はロッタに手なんて出していない!」

「誤解? ホントに?」

「残念ながら本当よ。『我は唯一である。故に一つに愛する事は均衡を崩す事になりかねない。だからこそお前に囁くこの愛を――。』」

「ろ、ロッタァー!」

「はっ!」

「それは……我の尊き言葉である。違いないか?」

「相違ございません。」

「であれば、無闇に吹聴する事ではない。心の内に秘めよ。」

「はっ!」


 なんとも言えない沈黙が訪れる。アプリコットの視線が痛い。


「…………オッサンってまだ童貞?」

「……任務に関係の無い事は黙秘する。」

「ベルウッド様はかつて雌は抱き過ぎて飽きたと仰られていた。」


 嘘である。


「ただ力や顔、名誉、資産に心を濡らす者は雌に過ぎず、互いに惹かれ合ってこそ女なのだ。故に我は今、女を求めていると。」


 何を言っているのだ、我は。それと、その十三キロ先の相手すら射殺せそうな視線はやめてくれアプリコット。


「だから、私はベルウッド様が女性を抱いている所を見たことが無い。力を持つ者にだけ許されたロマンよね。そして、悲しき孤独よ……。」


 物憂げな表情で俺の黒歴史を憐れみ深く語るんじゃないロッタ! 


「……。」


 だから、どうやったら『オッサン生きてる価値ないよね?』みたいなニュアンスを込もった視線を放てるんだ? アプリコット。お前のラッキーアイテムはダイヤモンドシャープナーか? 今なら二個セットでサンキュッパなのか?


 余りのオーバーキルな味方からの攻撃フレンドリーファイアに血反吐を吐きそうな俺の気持ちなぞ無視して地獄の扉は開かれる。


「えぇ~!? 先輩、それってつまり童貞って事ですよね? そうですよね?? ぷぷぷぅ~! 私の事デス聖女とかマジカル処女おとめとか言って煽ってた癖に自分は子持ち童貞だったんですかァー? 魔童帝リーンウッド・Cチェリー・ベルゼバブだったんですかァー?」

「子持ちししゃもとか魔皇帝みたいに言うんじゃねえ! っつか名前にチェリーって入れんなデス痴女ォ!」

「わー! 童貞に痴女って言われちゃったー! 襲われちゃうー!」

「フン!!」


 力強く小窓を閉めて鍵を掛ける。彼奴今度滅する。我、絶対に許さない。


「話を最初から聞いてなかった所為で頓珍漢な挑発を受けましたね。もう女、いえ、雌は抱き飽きてると言ったのに……は! 確かに逆に考えれば女とは未だ致していないという事。つまり、ベルウッド様の初めての相手になれる可能性は……!」

「ロッタ! もうやめろ! 色事については任務の最中に話す事ではなかろう!」

「は、はっ! 申し訳ございません!」

「貴様もだアプリコット! 誰に対しても気安く『オッサン童貞なの?』なんて聞くな!」

「それはオッサンが童貞だから――。」

「誰に対してもだァー!!」

「……わかった。」

「そうよ。アンだって処――。」

「ろ、ロッタ、うっさい!!」


 全く、子供だからといって甘く接しすぎていたか。此方だけコンプライアンスを気にするというのは気に入らない。このご時世、女性側からのデリケートな質問もセクハラと認定出来るのだ。かと言って問題にしたい訳ではない。だから、せめて童貞だとは聞かれないような職場にしたいな。うむ。


 気付けば隣でまたロッタとアプリコットが言い争いを始めていた。よくそんな調子で異世界での旅が出来ていたな。なんて思っていると通信が入った。


「来たか。」


 通信の内容は予想通りの内容だった。俺達は再度配置に付いた。


「アプリコット。」

「わかってるってば。勝手に動かない。動く時は連絡する、でしょ。」

「それだけじゃない。」

「え? まだなんかあった?」

「無理をするな。」

「……気を付ける。」


 今度は先程とは少しだけ位置を変え、しっかりムーンランドを視認出来る位置に付いた。勿論作戦予定地も問題無く見えている。


 待機するムーンランドは……うわぁ……滅茶苦茶怪しいな彼奴。ウィッグはともかくグラサン、マスク、ロングコート。怪しむなという方が無理だ。先程の事態はなるべくしてなったという気がしてならない。そして、羞恥心か怯えによる辺りを細かく見回すあの行動は正に不審者そのもの。


「ベルウッド、今度はいけそうか? そろそろターゲットが目視出来るはずだ。」

「現状問題は無い。後は運だな。」

「ムーンランドの調子は?」

「思い切り次第だろう。ただ、住宅地である事も考慮して大声での演技は控えるよう言っておいた。」

「くくくっ……! お~ほっほ! なんて叫んだら間違いなくまた違うトラブルを呼び込むだろうな。」

「違いない。……そろそろ通信を切るぞ。続きはオープンオープンチャンネルで話せ。」

「あいよ。」


 スィトゥーとの通信が切れたかと思えばムーンランドが此方を見ながらオープンで何かを言っていた。


「先輩……! 聞いてましたか?」

「いや、すまない。スィトゥーから通信が来ていた。」

「もう! 緊張がやばいんです! 何か、緊張を和らげるアドバイスを下さい……!」

「アドバイス……? うーむ……。」

「人の字を書いて飲むとか、相手を大蒜にんにくだと思えとか?」


 そう割り込んできたのはアプリコットだ。人の字はともかく大蒜にんにく? 南瓜かぼちゃじゃなくてか?


「なんで大蒜にんにくなの?」


 ムーンランドも気になったらしい。


大蒜にんにくだったら粉砕する物って思えるじゃないですか。」


 なんだそれ。確かに大蒜にんにくは潰して食ったりするが、それで納得しちゃ駄目だろ。


「確かに! 大蒜にんにくだったら粉砕したら後は食べるだけだもんね?」


 いや待て。


「ありがとう! アプリコットちゃん!」


 何故俺の周りの女転生者はどいつもこいつも狂戦士バーサーカー的な思考回路なんだ?


「あー……ムーンランド。」

「はい?」

「仕留めるのは大事だが、お前が痴女である事も認知されなきゃだからな。」

「わ、わかってま――。」

「待て! ターゲットが来た! 以降コンタクトは此方から一方的に行う。気張れ!」


 人気の無い道の奥からトボトボ歩いてくるスーツ姿の男が一人。片手にはビジネスバッグ。もう片方の手にはコンビニの袋。顔はよく見えないが、猫背が目立つ男の立ち格好からは事前の情報もあって何処と無く哀愁を感じた。そんな男の前にロングコート着た人物が現れる。


「……?」


 違和感を覚えつつもまだ警戒は強めていない。だが、ムーンランドが持っているナイフ型スタンガンを見たら――。


「うおっ!?」


 スタンガンを出す前にムーンランドが行った行動はつまる所、”おっぴろげ”という奴だった。コートを両手で拡げて、これでもかと肌色を見せつけている……んだと思う。それに驚いて声をあげるターゲットだが、ムーンランドに隠れて表情は見えない。


 男は街灯の下。しかし、ムーンランドは影の中だ。全身タイツであるとは認識し難いはず。


「私、生きてて同僚が露出行為を見張る仕事に就くとは思わなかった。」

「アプリコット、ムーンランドの士気を下げる様な発言は慎め。」


 ムーンランドの努力を俺は知っている。この作戦の為に練習したいと自ら申し出た上、線が歪んではいけないとほぼ裸の上に裸柄の全身タイツを着込んでいるらしいのだ。……だが、気持ちはわかる。


「……ち、痴女?」


 そう確かに聞こえた。有り難い。言質を取ったのだ。後は通り魔である事を認識させて気絶させるだけ。さぁ、ムーンランド、スタンガンを出すんだ。


「……び。」


 ん?


「乳首乳首乳首乳首乳首乳。」


 いや、え?


「首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首。」


 後ろ姿的に恐らく胸辺りに手を当ててるのはわかる。だが、何をやっているんだ……!?


「む、ムーンランド! 何をやっている!」


 勿論呼び掛けても返答は無い。乳首と早口で連呼しながらクネクネ腰を捻らせジリジリとターゲットに歩み寄って行くムーンランド。中々の恐怖映像だ。彼奴二十五のアラサーだぞ?


「ち、痴女だァ!?」


 そうターゲットが喜色の混じった声で叫ぶ。中々不味い言葉だぞ。人の興味を呼ぶ叫びだ。だが、ムーンランドも負けていなかった。


「乳首ィー!」


 あの馬鹿! 叫ぶなと言ったのに!


 完全に暴走気味なムーンランドが乳首と叫びながらコートから出し掲げたのは街灯の明かりを跳ね返す銀色ナイフ。まるで変身グッズだ。だが、それを見たターゲットはわかりやすく、態度を変えて逃げるはず。今回は他に襲われている役等は配置されていないからな。逃げられたら終わりだぞ……!


「ねぇ、オッサン。」

「ん?」

「ムーンランドさんが持ってるアレ何?」

「何ってスタン――。」


 いや、違う。球体に細いベルトみたいな……。それに、ターゲットも何故か逃げずにムーンランドへ近寄って行っている?


 ムーンランドはボールが中心に繋がれたベルトの両端を持ち、前に突き出して持つとそっとターゲットの口にボールを嵌め込みベルトを後頭部に回す。……間違いない。ボールギャグだ。直後球体部分が瞬発的に光り、身体を大きく跳ねさせ倒れ込むターゲット。ドッと溢れ出す疲れ。そりゃあムーンランドしか知らなくていい情報だとは思うがな。俺でも擁護出来ないくらいにターゲットはレアケース変態だったらしい。


「死にたい……。」

「アプリコットはムーンランドのケアを。ターゲットは俺が連れて行く。急げ。騒いだからな。いつ人が来てもおかしくない。」

「ムーンランドさん! 大丈夫! 寧ろ痴女として乳首しか語彙がなかったのはピュアな証拠だから!」

「どうせ未経験ですよ……。」

「聖女なら処女であるのは当たり前なんじゃないの?」

「やめてェー! その言い訳はもう自分を傷付けるのォー!」

「ろ、ロッタは静かにしてて!」


 なんとかなりそうだな。やはり女性の心は女性に任せるのが一番だ。


「スィトゥー、これより回収する。」

「お疲れさん。バイタルチェック、忘れない様にな。」

「あぁ。」


 バイタルチェックとはスタンガン等で想定外のダメージ受けてないかの検査だ。回収車に持ち帰ってすぐに行わなくてはならない。


 ……ターゲットは二十八歳だったかな。持ち上げるとジャケットには仕付け糸が付いたままで、二つあるフロントボタンは両方留めてあった。服はなるべく傷付けない様に運ばないとな。しかし、ガリガリで非健康的な身体だ。俺も昔はこうだったのだろうか。


「筋トレには……軽すぎるか。」

「ううぅっふぅうぅぅ……もう痴女やりたくないよぉ……。」

「そうそう来ないですよ。痴女役だなんて。それより、人がいない内に早く。本当に痴女だと思われますよ。」

「もし次に痴女役が来たら変わってくれない……?」

「……。」

「なんが言っでよお゛!゛」

「アンの身体じゃ男だと思われるから……。」

「ロッタァ!」


 ……はぁ。

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