第6件目 チートの万能感は異常

「アン!」

「わかってる……! こんなの余裕!」


 ロッタの忠告に応えるアプリコット。一人芝居にしか見えないだろうな。


「このッ!」


 一人の男が横薙ぎに蹴る。アプリコットは小柄だ。ガタイの良い男の蹴りは高すぎる。少し屈んでしまえば避けられるのだ。そして、空かさず軸足をローキックで弾くアプリコット。男はアプリコットの思惑通りか、重心がズレて尻もちをついてしまう。流石に転生者は戦闘慣れしているな。いや、違う。麻痺してんだよな。


 俺はしっかりと見ているし、知っている。


「おい。」


 アプリコットの予想外な体術を見て怯んだ男達に後ろから話し掛ける。


「……?」


 無言で振り向く男達。口に咥えていた煙草と片手に持った安物のチューハイ。なるほど、酒臭いはずだ。


「オッサン、ナイス!」


 そう言って俺の方を向いた男達に背後から追撃を叩き込もうとしたアプリコット。だが、そうして欲しかった訳ではない。


「やめろ!」

「……ッ!」


 今までに聞いた事の無い俺の声色を聞いて驚いたみたいだ。いや、その片膝を付いてこうべを垂れる仕草。ロッタが止めたのか。


「なんだよ、オッサン。こいつ等の知り合い? だよなどう見ても。」

「あぁ。」

「もしかしてこのメスガキと痴女の両方オッサンのペット? いいなぁー羨ましぃー。」

「なぁオッサン、こっちは話し掛けただけで友達蹴られちゃった訳。ねぇ。わかる? 謝罪が欲しいんだけど。なぁ、ケン。あれ? ケン何処行くん?」

「うっせぇ! 待ってろ!」


 股間を蹴られた男が自分の出てきたと思われる一軒家に帰っていく。


「まぁいいや。これ完全に暴行罪よ、わかる? キンコとかチ●コとかわかる?」

「チ●コ! ウ●コ! マ●コォー!! ひゅー!」

「女はぶっちゃけどうでもいいや。だからお金ちょーだい。」

「…………。」


 俺はゆっくり目を閉じた。覚悟の為だ。


「このクッ……!」

「……アン、今は私に従って。」


 アプリコットが動こうとしたのをまたロッタが制してくれたらしい。それでいい。それでいいぞ、ロッタ。それでこそ俺の最愛の部下だ。


 俺は深く深呼吸して目を開く。視界には醜い顔の男が四人。


 喰らえ。


「すみませんでした!」


 俺の洗練された土下座を!


「はぁ?」

「なんでもするんで! 本当に勘弁して下さい!」

「なんだコイツ。」

「待って待って! 動画撮るから!」

「そういうのいいんだよオッサン。わかってんだろ。金くれ金。」

「お金無いんですぅー! マジで勘弁して下さい!!」

「ぎゃはははは! ですぅー! って! サイコーかよ!!」

「おい! お前等! さっきの女何処行った!」

「ケン? 何だよバット持って。まさか殴る気……ってホントだ。痴女消えてる。」


 流石だ、ムーンランド。お前もわかってるな。


「ッザケンナ! 次見つけたらぜってぇ殺す!」

「ケン、ゲザーのオッサンならいるぜ。」

「チッ! てめぇのせいかよ!」


 バットを持った男が俺に向けて思い切り振りかぶる。だが、俺はそれに合わせてスクッと即座に立ち上がった。


「うおっ。」


 その不可解な動作に驚いたのか一瞬力を弱めるが、すぐに怒りを思い出して俺の側面をバットで薙ぐ。


「は?」


 バットで俺を殴った男は純粋に疑問という風に一音を漏らした。何故なら俺は避けないどころか胸を差し出し当たりにいったからだ。


 ……俺は元魔王だった。最強の力があった。最強の部下がいた。最強の軍勢を従えていた。それ故、最強の自信を持っていた。だが、それは夢の中の話。現実は違う。俺は冴えない経歴で未婚のままアラフォーになりそうなオッサンである。だからこそ、かつての力を渇望した。権力? 経済力? それは私一人で集めようにも荷が重い力だ。だが、唯一つ。これだけは己だけの地道な努力で身に付ける事が出来たのだ。それこそが……。


「筋力!!」


 俺の大声に怯んだ男の腕から速やかに木製のバットを奪う。そして、膝で真っ二つにしてやった。


「うおぁっ!?」

「やべえコイツ!」

「木のバットって膝で折れんのかよ!」

「筋肉! 筋肉って……!」


 一人ずっと笑ってる奴もいるが、少しは俺の脅威が伝わってくれただろうか。


「謝ったんだ。許してくれ!」

「くのッ!」


 苦し紛れのヘナチョコパンチが俺の頬を狙う。先程当てられたアプリコットの拳はどれ程のダメージだった?


「あっ……。」


 男の拳は俺に当たる。俺の掌の中心に。


「謝っても許してくれないなら抵抗するぞ? ……こ、ぶ、し、で。」

「アググググッ!?」


 ゆっくりと手に収まった拳を圧縮していくと狙った訳でも無いが、不気味な白さを放つ街灯がチカチカと点滅する。脅す根拠はもう十分だろう。俺は軽く男を突き飛ばす。


「だっ!?」

「家の中にいれば”仕返し”はしない。アレは俺の女だ。手を出した時はわかっているだろうな?」

「やっ、こ、こいつやべえ! 行くぞ!」

「ケンだっさ。」

「何言ってんだよ! バット折る奴に敵うはずねえ!」

「そんなすげぇのあれ? 今度俺もやってみよー。」


 グダグダともたつきながら古い一軒家に逃げ帰っていくDQN共。テンプレみたいにイキった奴ってより、ただの酔っ払いだったな。


「はぁ……。」

「お疲れ。」


 後ろから聞こえるアプリコットの声。振り向くと腕を組んで顎を突き出し、偉そうに鼻息を荒げていた。その後ろにはバールを構えているムーンランドが顔を赤くしながらモジモジと佇んでいる。


「流石です。ベルウッド様。」

「じゃ、ないわ……んぐっ!」

「だ、駄目、アプリコットちゃん。ここでこれ以上騒いだら作戦続行が難しくなっちゃう。」

「よくやった。ムーンランド。」

「あ、うぅ、その、あ、ありがとうございます。……助けてくれて。」

「災難だったな。怪我は無かったか?」

「は、はい。それで――。」

「スィトゥー、トラブルは解決した。」

「はいはい、お疲れさんっと。」

「あっ……。」

「ん? どうしたムーンランド。」

「い、いえ。」

「そうか。……立て直しは可能だが、負傷者が一人出た。」

「負傷者?」

「えっ!」


 ムーンランドが驚く。俺の事だと思ってるんだろうが違う。無茶な事しやがって。


「あぁ、アプリコットだ。怪我の様子はこれから見る。」

「なっ! 私は大丈夫よ!」

「流石ベルウッド様。慧眼です。」

「わかった。アプリコットちゃんをこれ以上突進させないようにな。因みにターゲットはもう作戦実行予定地を過ぎてる。」

「え? それって大丈夫なの?」

「……そうか。なら、後半戦だな。」

「あぁ。じゃあまたターゲットが戻ってきたら連絡する。」

「頼んだ。」

「後半戦って何?」

「それは治療しながら教える。ほら。」


 俺はしゃがんで背を向ける。


「な、何?」

「わかってるだろ。」

「まさか私如きをおぶって下さるのですか!? なんという光栄! しかし、父であり、兄であり、主様である方の上に乗る等不敬極まりなく――。」

「ほら、今は甘えなさい。」


 ムーンランドは痺れを切らしたのか、長台詞を述べるアプリコットの脇に手を差し込み持ち上げた。バールを持ったままで。


「あいたたた! 痛い痛い! なんか硬いのが当たってる!」

「あ、ごめんごめん。」


 しかし、そのおかげかちょっとした抵抗感は薄れたみたいだ。大人しく背中に乗って器用に足を回してくる。


「お尻触ったら引っ掻くかんね!」

「足ならいいか。」

「地肌は触れないで!」

「はぁ……ん? ロッタがやけに静かだな。」

「……なんか興奮して自分の世界に入ってる。」

「……そうか。」

「(なんでこんなのがいいの……?)」


 アプリコットが静かに何か言った気がしたが、よく聞き取れなかった。ふん、どうせまた悪態でも吐いてるんだろうさ。


 そして、社用車まで戻ると近くの石段にアプリコットを降ろす。


「先輩、救急箱持ってきました。」

「助かる。アプリコット、足を見せろ。」

「……。」


 返事はしないが、観念はしているんだろう。黙って片足の裾を捲くり赤く腫れたくるぶしを見せる。


「うわっ。」

「やはりな。骨折はしてないだろうが、これは間違いなく負傷に入る。」

「大丈夫だし……。」

「大丈夫ではない。」


 俺はアイシングスプレーを軽く吹きかけた。


「冷たっ!」

「我慢しろ。」

「氷魔法みたい。」

「今回怪我をしたのはそれが原因だ。」

「……どういう事?」

「転生帰還者にありがちな空想感、万能感だよ。特にチート転生を終えた奴等が抱えてる時差ボケみたいなモンだ。自分の理想が通じない現実で今迄通り理想を手繰り寄せられると思い込んで無謀な事をやるんだ。勝てそうにない相手にも平然と挑み、自分では不可能な動きで臨もうとする。」

「私がそうだって言いたいの?」


 不機嫌そうな声。説教は誰だって嫌なもんだよな。でも、これは違うんだ。


「あぁ。蹴りをしゃがんで避けられたのは経験による物だが、あのお前が出したローキックは相手の脚を吹き飛ばすか、折るつもりでやっただろう。だが、実際には軸足が少しズレただけ。まぁ、それだけでも十分凄い事なんだが、結果としてお前の足は反動で負傷した。」

「だからアンタがいなきゃ私が敗けてたって言いたいの!?」

「違う。悪かったと言いたいんだ。」

「悪か……え?」

「転生帰還者がそうなるのは仕方ない事なんだ。幾ら口で無謀だと言っても聞きやしない。痛い目を見ない限りはな。そうであると知りながら俺は作戦を成功させる為に判断が鈍り行動が遅れた。そして……お前を怪我させてしまった。」


 湿布を取り出してそっと患部に当てる。その瞬間に軽く跳ねる足。冷たかったか。


「ムーンランドの時も思ったが、やはり俺は部下を育てるのが下手だ。」

「そんな事無いですよ。」

「そんな事はある。見ろ、アプリコット。こいつがすぐに持ち出したバールはデス聖女と呼ばれていた時代の――。」


 視界が先程の街灯みたいに点滅し、脳天に衝撃と痛みが穿たれる。


「ぐ、うぅ……。」

「先輩? 何をアプリコットちゃんに教えようとしました?」

「ムーンランドッ! そうやってバールで人の頭を小突く時点でボケは治ってないって事だ!」

「殴ってないんでセーフです!」

「言葉をマイルドにしただけで実際は殴ってるだろう!」

「殴ってたらもう先輩は死んじゃってます!」

「あ、の!」

「うん? なんだアプリコット。お前はなるべく早く現実感を取り戻して……。」

「ベルウッド様! 此奴の行い、目に余る物がございます! それでも此奴がまだ消されてない理由はやはり……やはり『俺のおん』……!」

「はいはいはいー。ロッタ。今は面倒な事になるからやめてね。」

「今、ロッタが何かを言い掛けていた様だが。」

「それは聞かないで。セクハラだよ。」

「……。」


 そう言われては下手に口出しできないではないか。一応先程まで敵対していたムーンランドに助けを求める意味で視線を送る。


「……せ、セクハラです。」


 少し声が上擦っている。きっと意味がわかっているんだろう。女性二人からそう言われたならもう詮索はやめだ。コンプライアンスが怖い。

 

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