第5件目 意外とテンプレな不良は存在する

「オッサン、前の車遅いから追い抜こうよ。」

「アン? オッサンじゃなくてリーンウッド様でしょ?」


 怒気を孕ませてアンアプリコットに抗議するロッタ。


「ロッタ。俺は今ベルウッドだ。今後はそう呼べと言っただろう。」

「は、申し訳ございません。」

「それと、アプリコット。俺を舐めるのは自由だが、公私混同はするな。……ロッタを消したくなければな。」

「わ、わかってるし!」

「なら、いい。」

「ベルウッド様。私が消されるという妄言を真に信じておられるのですか?」

「愛するロッタが万が一消えたら私は堪えられないからな。」

「きっしょ。」

「……ッ!」


 声は荒らげない。血管を浮かせない。小娘に怒ったりはしない。


「何が悲しくて私がオッサンのこんなドライブデートみたいな事をしなきゃいけないんだか。」

「ロッタの為だろう。」

「ホント、人生ままならないわぁ。」


 よわい十八如きで人生の何がわかるのか。しかし、そんな挑発的な事は口が滑っても言わない。唯でさえ今日の任務が上手くいくか不安だからな。現在は近くのコインパーキングに作戦に使うワゴンを待機中である。


「あーぁ……転生ってもっと夢のある物だと思ったんだけどなぁ。」

「……ロッタに夢はなかったか?」

「は?」

「私ですか?」

「そうだ。ロッタは大の大人も泣いて逃げ出す現実か?」

「何言ってんの?」

「私は幻でなく此処にいますが……?」

「ね。」

「……なんでもない。忘れてくれ。」


 話を変えたい時に都合よくポーン、ポーン……という音が鳴った。通信だ。


「こちらスィトゥー。ターゲットが家を出た。プランナーの計画通りスーツを着ている。ははっ、近くのコンビニ行く為に態々スーツ着込むなんて、筋金入りの見栄っ張りだな。」

「……余計なコメントは要らない。それで進路はどうなんだ。」

「問題なく隣町のコンビニに向かってる。噂が立つのが嫌だから近所のコンビニを使わず、金も無いから公共の乗り物も使わない……か。そういや、ムーンランドの準備は?」


 スィトゥーの質問を受けて運転席と助手席の間にある小窓を開いてみる。


「お~~~~ほっほっほっ! とくとご覧なさいなさい! 月すら霞ませる私の……いや、なんか語彙が貧困だなぁ。あまねく夜空を照らす星々をも包み込む……! うん、包み込むは違う。光包み込んでどうするんだ私。お前は提灯かって――。」


 ヘラリとした笑いが俺と目が合った事で凍り付く。


「きゃああああああああああ!!」

「とくと! ご覧なさい! 提灯……! やめてくれぇ! 腹が死ぬ! 腹が……ブッ。」


 通信が途切れる。ムーンランドはと言うと、黒いトレンチコートをマントの様にはためかせ、自分の思い描く痴女らしいポーズを決めながら口上を考えていたのだ。人の努力とはかくも美しい物なのかと刹那的な感動を覚えつつ、パッと見裸にも見えるその姿に動揺して滑稽にも思う事が出来なかった。


「なんで無言で開けるんですか鈴木先輩! 馬鹿! 阿呆! 死んじゃ……わなくていいから鼻血出ろぉ!」

「す、すまん。見惚れていた。」

「それはそれで嫌!」


 すぐに小窓から目を逸し前を向く。


「なんなんですかもう!」

「流石にデリカシー無さ過ぎだよね? オッサンって人間なの?」


 その本気で疑って掛かるような目で俺を見るんじゃない。


「俺も今回ばかりは悪いと思っている。」

「いえ、ベルウッド様。ピエロというのは笑ってやらねば存在する価値もありません。」

「ロッタ、やめてあげて。」


 フォローというよりトドメを刺そうとするロッタを制止するアプリコット。その判断は正しい。


「……なんですか。」

「うん?」

「用件はなんですかって聞いてるんです!」

「あ、あぁ。ターゲットが家を出たらしい。作戦地帯まで移動を開始する。補助席に着席してくれ。」

「……わかりました。もう閉めて下さい。」

「つ、次からはノックしてから開ける。」

「お願いします。」


 小窓を閉めて深い深い溜息を吐き、心音を整える。もっと追い詰められてて、もう死に方なんてどうでもいいから死にたいって奴なら俺が張り切って通り魔でも轢き逃げ回収でもするんだけどな。だが、これで通り魔にやり甲斐を覚えてくれたら……! 


 ……それは無いか。


「えっと、まずは人払いだっけ。」

「それは他のチームの担当だ。俺等が行うのは作戦地帯付近の見張りと回収だ。」

「あぁ、ムーンランドさんが変態を刺し殺しても一人で死体を運ぶのは大変だもんね。」

「変態……?」

「痴女に殺されたいって考えてるなら変態じゃん。」

「さっきスィトゥーが注意されていただろ。対象者を悪く言うな。対象者はその……ただ『痴女の通り魔に殺される訳がない。もし痴女に殺される事があればそれはきっと夢だ。』と考えている一般人だ。」

「それって一般人なの?」

「訂正しよう。一般人でなく一般的な患者だ。」

「……これからそんなの相手にしてかなきゃいけないの。」

「さっきも説明した通り、これはレアケースユニークだ。誰だって理由がある。」

「痴女に殺されたい理由が?」

「転生したい理由だ。」


 アプリコットはムスッとして黙るが俺は作戦を優先した。車のギヤをバックに入れて後ろを確認する。さぁ、発進だ。


「おい、シートベルトを閉めろ。此処らはよく警察が通る。」

「……まるで悪の組織みたい。」

「似たようなもんだ。」

「正義だの悪だのは常に本人が決めるものよ、アン。しかし、ベルウッド様、此処は何故この様に甘い匂いが漂っているのでしょうか。アルラウネの香水パフュームを思い出します。」

「もし香水ならセンスないよ、オッサン。匂い甘ったる過ぎ。」

「お子ちゃまにはこの良さがわからないだろうな。」


 それらしい挑発で煙に巻く。だが、直後ガラッと小窓が開きムーンランドの声が放り込まれた。


「加齢臭隠しって前に言ってましたよね。」

「……。」


 言うだけ言ってまた小窓は閉められる。仕返しか?


「寧ろ混ざってより気持ち悪い。」

「わ、私は好きですよ。加齢臭と言うより威厳臭ですよね。」

「”臭”って付けんのやめろ。」


 畜生、今度ロハトかハンズで探してやる。


「男の匂いって重要だよねぇ。」

「アンにも好みの異性の匂いとかあるんだ。」

「ロッタには無いの? 私タバコとかマジ無理!」

「そう言えばリーン……いえ、ベルウッド様は昔から甘い匂いがしてたわ。」

「えぇ? じゃあ転生してた時から加齢臭が……。」

「威厳臭と言いなさい。」

「お前等うるせえ!」


 そうゴチャゴチャ話してる間にも目的地に着く。一人、いや二人増えればここまで姦しくなるのか……。


 とにかく今は任務だ。ムーンランドにはしっかりコートの前を閉めて貰ってグラサンとマスクを装着して貰う。念の為に帽子も被せて配置につかせれば完璧だ。俺は支給品として与えられたダンボールに入りその中からムーンランドの作戦実行予定地の横にある三叉路を見張る。此処は一軒家が立ち並ぶ住宅街。アプリコットは違う地点にいるよう指示した。同じ場所にいても意味が無いからな。


「ムーンランド先輩……大丈夫ですよね? 誰も来てないですよね?」

「此方は問題無い。アプリコット、そっちは?」

「こっちも誰もいない。ってか”ハル”って人達が更に外側で見張ってるんでしょ? 私達が今見張る必要あるの?」

「日本は道が入り組んでいる。それに此処は住宅地だ。住民まで排除出来無い以上、何処でどう人が現れるかは――。」

「きゃっ! え!? 何!?」

「どうしたムーンランド!」

「いや、違うんです。痴女じゃないんです!」

「何が起きてる!?」


 応答はない。通信が切れた?


「アプリコット、動かずそこにいろよ。俺が様子を見に行く。…………アプリコット? 聞いてるのかアプリコット! クソッ!」


 何も考えず助けに行ったのか! あの馬鹿! 


「このクズ野郎!!」


 通信でなく直に聞こえるアプリコットの叫び。俺は既にダンボールから出ている。


「スィトゥー、トラブルだ。」

「状況は把握してる。随時現場の情報は報告してくれよ。警察は遠ざけとく。」

「頼んだ。」


 俺はアプリコットの声が聞こえてきた道を壁から少しだけ顔を出して様子を窺う。一軒家の前から出てきた様子の五人のヤンキー、その奥にはアプリコット達が。顔を見た限り全員成人はしてそうだが……常識的な奴等ではなさそうだ。


「いやいやいや、クズってどういう事よ。」

「人ん家の前でさぁ。こんな怪しい格好したねーちゃん見つけたらそりゃ気になるでしょ。しかもこの季節に黒いロングコートって。剥ぎたくならん?」

「それな。ってか痴女っしょ? じゃなかったら何なんその生足。コートに生足っておかしいだろ。」

「パイパイのデカさもやばい。」

「ダッハッ! パイパイって今時聞かねぇよ! でもボクチンもパイパイ欲しいおー!」


 両手をワキワキしながらムーンランドに向けて口を尖らせるヤンキーの一人。アプリコットはその間に立ち塞がって怒りに満ちた瞳で睨みつけた。


「おいおいおいおいおい待てお前ら、見ろよコイツ超ぉー可愛くね? え? 君アイドルとかやってる?」


 アプリコットの顔を覗き込む様に頭を近付けた瞬間。火蓋は切られた。ゴッと鈍い音と共にヤンキーの顔がひしゃげる。しかし、ヤンキーは笑いながら顔を腕で拭った。


「ぶへっ、ビックリしたぁ。でも、テメェみたいな抵抗する女をどうにかすんの嫌いじゃないんだよね。」


 悪役のお手本みたいな台詞を吐きながら下卑た笑いを浮かべているのがよく見えなくてもわかる。だが、それくらいでアプリコットはへこたれなかった。


「じゃあ死ね!!」


 何が”じゃあ”なのかはわからないが、ジャッという小石が強く地面を擦る音がしたかと思えばアプリコットの足の甲はヤンキーの股間に叩き込まれていた。


「ヒンッ!!」


 俺の心の叫びを代弁してくれてありがとうヤンキー。だが、余り声が出てないぞ。助かるがな。


 だが、ついにやってしまった。もっとスマートに騒ぎを大きくせず無事に済ませる方法を考えていたのだが、こうなってしまっては収まりがつかない。


「こいつケンのチ●コを蹴りやがった!」


 思わず解説してしまう程の恐怖。よくわかる。だが、そこで逆上するってのが常なんだよな。グラサン、マスク、OK。



 ――出るか。


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