第4件目 神との邂逅

 部屋には三人の男と二人の女。今日はある意味、門出の日である。


「今日から私達のチームに加わる新メンバーだ。教育は主に副長のベルウッドが受け持つ。自己紹介をして貰えないか。」

「えっ、あっ、はい。えと、万丹ゆるにアンです! 宜しくお願いします!」

「そして私がヒルデロッタ・U・ベルゼバブよ! 尊き御方であるリーンウッド様の下僕達は私をんググッ!?」


 目を丸くして此方を見るスィトゥーとムーンランド。そりゃそうだ。一般的感性を持っていたらこの光景はただのイタタタモンスターとの円舞曲ワルツか寸劇、茶番劇にしか見えないはず。いや、事前に二重人格とは教えておいたんだ。だから、そこまで驚かれる事も……!


「あだだだだだッ!!」


 手に加わる湿り気と圧痛。俺は美少女の唾液が手に触れたというのにも拘らず、それよりも存在感溢れる激痛にただ叫ぶしか出来なかった。


「気やふわたひかほに触えあれなよ!」

「ぷぁっ! こら! アン! リーンウッド様になんて事を!」

「このオッサン、十歳以上も離れた女子になんでそんな無神経に触れる訳!?」

「あのなぁ! ……ックソ、アン、ロッタに好き放題喋らせるな。外であからさまな事をしたら消されるぞ。」

「わかってますぅー! ならオッサンも麗らかな女子の肌に遠慮無く触る様な事はヤメて下さい! っつか言われないでも普通わかるだろハゲ!!」

「誰がハゲだこるぁー!」

「仮にハゲてもリーンウッド様の輝きは変わりません!」

「寧ろ輝きは増すわ! ってそういう事じゃねえ!」


 売り言葉に買い言葉でたった二人の言い合いは加熱していく。俺も年甲斐なく声を荒らげてしまった……と気付いたのは少し遅かった。


「――黙れ。」


 重く伸し掛かる圧の籠もった言葉。俺の直属の上司であり、ウチのチームで最も恐ろしい男が静かに俺達を諭した。その名も『ゴッド』。名字がジンであり、それ故に”神”にこれ以上無い執着を持ったせいで、転生した先では転生者を選別するという謎のポジションを全うした男である。無論彼の元に訪れた転生者は全て幻覚であり、空想の存在であったがそんな人達の転生先を裁き続けてどうセラピーされたと言うのだろう。そんな彼は班の誰よりも背が低くありながら俺のチームの隊長をやっている。……身長は関係ないよな。


「彼女はまだ新人だ。故に至らない部分は仕方ないだろう。だが、貴様は違う。……そうだな?」

「はっ、申し訳ございません。」


 彼の言う通り、悪いのは間違いなく俺だ。少なくとも手本になる行動ではなかった。俺はきっとまだロッタの存在に動揺していていつもの調子を取り戻せていないんだろう。


「ぬ、ぬぁんなのですかコイツは!?」

「待て、ロッタ。言ったな? 全てには理由があると。」

「し、しかし……!」

「信じろ。」

「……は、マイロード。」

「マイロード!」


 まだやるか。その顔覆う奴。


「ぶふぅ!」

「ま、マイロード!!」


 吹き出すムーンランドとスィトゥー。俺の顔が無制限に熱くなっていくのを感じる。


「うむ。それと、今は職務中である。故にプライベートネームは不要であり、使用してもならない。君には君のコードネームがあるだろう。」

「は、はい。えっと、アプリコット、です。」


 コードネームは基本的に名字や名前の英訳が多い。芥見ダストみたいに自分でそれっぽい名前を付ける事もある。アンには一先ずオールレッドとアプリコットの二択を提案されたはずだが、後者を選んだ様だ。中には全く関係の無い名前を付けている者もいるが、殆どの転生者は黒歴史の拒絶反応により無難な物を付ける。因みに、余り外に出ない技術班は久留屋さんみたいに本名で働いている人もいる。


「今後はそう名乗るのだ。……では、質問はあるか?」

「「はーい!」」


 口の端を上げながら即座に手も挙げるムーンランドとスィトゥー。もう嫌な予感しかしない。


「では、スィトゥー。」

「っしゃ! なぁなぁ! リーンウッド様ってどゆこと!? そのリーンウッド様とはどういう関係なんだよ! アンちゃん……じゃなくてアプリコットちゃんもリーンウッド様と何か関係あったりするのか?」

「それはえっと……ロッタに関してはとある事情で話せないんです……あ、私は全くオッサンと関係ないんで。」

「おい、スィトゥー。次リーンウッド様って言ったら殺す。」

「なんだよ、つれねえなぁ! ロッタちゃんとやらはよくてどうして俺は駄目なのぉ~? あの日のしとねの上で一緒に育て上げたパッションはどうしちゃったのぉ~?」


 殺したいなぁ……コイツ。


「えっ、オッサンって男もイケんの……。」

「成長されたのですね。あぁ、私が元の肉体に戻れたら竿でも穴でもお貸しするのですが……この少女の身体では色々足りないわ!」

「シンプルに引くな。そして、相棒への殺意を俺に向けるなア……アプリコット。」


 スレンダーな胸が不足と評されたと思ったのか悪鬼の様な形相で此方を睨むアプリコット。俺は悪くねえ。


「はーい! はいはいはいはい! 私も質問したいんですけど!」

「いいだろう。」


 隙きを見て両手を挙げて軽く跳ねながら精一杯の主張をするムーンランド。お前はそんな事をする歳でも無いだろう。ってかお前がやると胸の塊がだな……かつてのロッタを思い出してしまう……。


「ヒールちゃんは!?」

「む?」

「回収班チームが最大五人っていうのはわかるんですけど、ヒールちゃんは追い出されちゃったって事ですか?」

「強制的な異動ではない。本人の望みによるもので、偶然時期が被っただけだ。」

「そうなんですか? 今はどの部署にいるとかって……。」

「医療班だ。」

「「「医療班!?」」」


 ムーンランドやスィトゥーだけでなく、俺までもが驚いてしまう。ヒールちゃんとは転生時に治癒術士としてアンチヒーローな事を好き放題やってた少女の事なんだが、とにかく『どうやって対象者をオとすか』という事にばかり思考回路が繋がっている問題児である。故に女性の通り魔役と言ったら適任ではあったのだが……そんな彼女が医療班?


「げぇ……ダストとヒールちゃんが同じ視界にいるだけで胸焼けするぜ……。」

「え、じゃ、じゃあもしかしてヒールちゃんじゃなく私に通り魔役が回ってきたのって!」

「そういう事だ。」

「おかしいと思ったんですよ! あ、あと、アプリコットちゃんの教育係を先輩が引き受けるって私の教育係は!?」

「貴様は一人前という事だ。」

「えぇー!?」

「おー! やったなムーンランド! もう新人の看板は降ろさなきゃな!」


 スィトゥーが祝福する。少し寂しい気もするがいつまでも新人扱いというのもムーンランドに悪いだろう。思いがけず喜ばしい結果となったか。今度祝いとして飲みにでも……いや、それだと誤解を招きかねないか。まぁ、チーム全員でやれば問題無いだろう。


「ちょっ、そんなぁ! 先輩はそれでいいんですか!?」

「え、俺か? 嬉しいと思うぞ。今、早速祝賀会でも開こうかと考えていた。」

「いいねえ! アプリコットちゃんの歓迎会もしなきゃだしな!」

「ふむ、それは良い考えだ。こういった節目を逃す事無く祝う事は幸せへの道となる。」

「そんな固っ苦しい事考えずパーッと騒げばいいんすよ! やったぜー! って!」

「それもまた良き。」

うたげ? 宴は好きよ!」

「ロッタ、この世界じゃお酒飲めないんだからね?」

「なんでよ!」

「そういう決まりがあるの!」


 そうか。確かにアンは二十歳じゃないしな。だとすると今回は俺が幹事をやるか。


「……では、続きは帰ってからだ。話を戻そう。各自、貸与端末を確認してくれ。作戦を改めて説明する。」


 声のトーンを落とし静かに、しかし、確実に室内の空気を変えるゴッド。ここは回収任務控室。俺たちはこれからまた、一人の人生の一部を預かりに行く。


「私達は今回”コア”を担当する。アプリコット、コアというのはその名の通り作戦の中心という事だ。サポートは”ハル”と呼んでいる。ハルには二チームがつく。どちらも五名ずつであるからして、全員で十五名の作戦となる訳だ。その中で一番重要となるのがムーンランド。君だ。」

「は、はい!」

「君にはサングラスとマスクをした上で肌色の全身タイツを着て貰い、黒いコートを羽織って包丁型スタンガンを使用して貰う。対象にスタンガンが使用可能かは勿論チェック済みだ。」

「えっと……質問いいですか?」

「なんだ、ムーンランド。」

「肌色の全身タイツを着る意味ってなんですか?」

「プランナー曰く、それが対象者にとっての非現実の入り口のトリガーになりやすい……という事らしい。」

「はい? 肌色の全身タイツってもしかしなくても痴女に刺殺される的なシチュエーションって事ですよね?」

「そう、なるな。」

「うわぁ……。」


 そう正直に漏らしたのはムーンランドではない。アプリコットである。


「セクハラです! 私そんな作戦だって聞いてないんですけど!」

「セクハラにならないよう脱衣でなく裸柄はだかがらの全身タイツにしてあるのだ。」

「裸柄ァ!? それって乳首は!?」

「ある。」

「なんで!!」


 控室に響く両拳を机に叩きつける音とムーンランドの絶叫。


「どの世界も軍議はやはり白熱するものだな。」

「ロッタにはこの会議がどう見えてんの??」

「私の初通り魔がまさか痴女だなんてぇ゛! お嫁に行けなくなっちゃうぅ゛!」

「元気出せよムーンランドォ。今までコレより酷い事をヒールちゃんにさせてたんだ俺等は。」

「需要があっただけだけどな。」

「流石魔王様。容赦ないね。」


 勿論転生の導入とは必ずこんなバカげた物ばかりとは限らない。というかこんなのはレアケースである。だが、世の中にはパチンコで大当たりした瞬間とか風俗で最高の絶頂をした瞬間とか事故ばかりと限らない”非現実との境目”を転生に求めたりするケースもあるという事だ。そして、転生に違和感を持たなくする為に必要な方法は演出班プランナーが考える。綿密な対象の調査を行った上で立てられた計画だ。失敗したケースは殆ど聞かない。だからこそ俺達回収班はそれにしっかりと沿わなきゃいけないのである。


「まぁ、男の夢の入り口ってのは幅広いなってこの会社来てよくわかったよ。なんつぅか……業が深い。」

「……確かに、ヒールちゃんが以前やってたオムツ履いた魔法少女よりはマシかも。ホント、なんで転生する人ってこういつもアレなの。」

「そんなのわかりきってるだろ。クズだからだよ。」

「スィトゥー、いつも言っているはずだ。対象者を侮辱する発言は慎め。貴様も昔は同じ対象者だったはずだろう。」

「同族嫌悪って奴でっす! もう二度と同じクズにはならないようにってね!」

「スィトゥー!」

「あーもうわかりましたってー。取り敢えず作戦時間までもう時間ないんですから早く続きを話しましょ。」

「……であれば、何度も注意される様な言動をするな。」


 一瞬のピリッとした空気を挟みゴッドは説明を再開する。


「続けよう。対象の行動開始時間は夜であると予測されている――。」


 不安だ。ヒールちゃんはいないし、ムーンランドは初の痴女……じゃなくて通り魔役。そんでもって跳ねっ返り娘のお守りもか。俺のチームはヒールちゃんやムーンランド、アプリコットと顔の造形は良いけど一癖二癖ある奴らばっか入ってきやがる。顔が良ければいいって訳じゃねえな。んでもって、今回は”レアケースユニーク”だ。つまり……いつもの調子じゃいかねえだろうなぁ。


 でも、ロッタの為なら仕方ねえ……か。

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