第3話 天空の塔

「おい、起きろ、出発するぞ。」


 日が昇って2時間は経過したであろう頃、俺は、ミナを起こした。


「んーー。ん?」


 ミナは、寝起きで寝ぼけている。

 髪は、ボサボサで、口からよだれもたらしたままだ。


 よく、こんなぐっすり眠れたな。

 人質なんだぞ、お前は。


 俺は、口を開けて呆れていた。


「あ、は、はい! 今準備します!!」


 彼女の準備が終わると、俺たちは、話題に上がっていた近くの町へ向かって、歩き出した。

 木々の間を抜けていく。


 俺は、彼女の後ろに続く。

 もちろんポットで、地図を確認しながらだ。

 ミナは、ポットを見ている気配はない。

 例の能力を使っているんだろう。

 どうやっているのかは知らないが。

 ん?、ってことは、地図を見ても迷子になるということか?、どんだけ方向音痴なんだ。

 

「ゴホンッ!」


 彼女は、俺の考えていることは筒抜けですよと言いたげに、咳払いをした。


 そんなこと知っている、いちいち反応するな。


 俺は、心の中で、ミナに言った。


 しかし、改めて、彼女のことを見てみると、すらりとした体型、真っ白でサラサラな、腰まで届く長い髪、顔はまぁ、あほっぽいところはあるが、美人だ。

 歳は、18くらいか?

 さぞ、可愛がられているのだろう。

 何も得しない情報だが。


 ミナは、恥ずかしそうにうつむいた。

 そして、何か言いたいことがあるのか、再び前に顔を上げ、話し始めた。


「そうです、私は、母に可愛がられて育ちました。私たちは、町はずれの畑で自給自足をしながら、ひっそり暮らしていたんです。私はとても泣き虫で、町の子にいじめられては泣き、知らない場所で迷子になっては泣き、どうしようもない弱虫でした。」


 少し震えているようだった。


「でも、母は、そんな私を暖かく抱きしめ、慰めながら最後に、『あなたは、きっと将来、強い子になるわね。』、そう言うんです。その度に、私は、え? という顔をして。母は、そんな私のことを見ながら笑っていました。私のその顔を見たかっただけなのかもしれませんね。」


 話を続ける。


「フフッ。そんな、そんな母が、一週間前に亡くなって。原因は、過度の疲労による心臓発作でした。私の前では、疲れてる顔なんて一ミリも見せなかったのに。少しくらい、私を頼ってくれてもよかったのに。私は、毎日朝早くから、お墓の前で座り込み、泣いていました、涙が枯れるまで・・・。そして、昨日です。昼過ぎに泣きつかれて、そろそろ帰ろうかと思って、墓地から家に帰ろうとしました。そうしたら道に迷ってしまって、気づいた時には、グリーズに襲われそうになっていたんです。」


「そうだったのか、俺が見つけたのはその後か。お前の母親のことは残念だったな。でも、何も状況は変わらない。」


 ミナに何があったのかは知らないが、俺には関係ない。


「はい、そうですよね。私はいきなり何を。ただ、誰かに話したかったのかもしれません。ズズッ。すいません、お気になさらず。」


 その後、長い間沈黙は続いた。

 

 別に気まずくなったわけではない。

 歩いている間もポットで、この世界の情報を集めていた。

 いきなり、この世界の概要から入っても整理できないと考えたため、とりあえずは、身の回りの木々や草花、このあたりのことを調べつくした。

 道中、何体かのグリーズに出くわしたが、幸い単体ごとであったため、軽く手をひねるだけで済んだ。


 そして、太陽が頂上に昇ったであろう頃、ついに森を抜け、開けた道に出た。

 顔を上げると、目の前には、天に届きそうなほど高々とした一本の塔が、地面に逆らって堂々と立っていた。


 ミナは、無事にたどり着いたことが嬉しかったのか、口に出してこう言った。


「あれが、私たちの目的地、マーガルです。」


 でかい!これが町なのか?

 

 そう思いながらも、冷静に眺めていた。

 一見、度肝を抜くような事態がおっこても、今の状態を落ち着いて考えれば、大したことはない。

 地球でもそうしてきた。

 しかし、なぜか動揺していた。

 地球では忘れていた感情を、思い出しつつある、そんな気がした。


「さあ、行きますよ。ここから見ると近そうに見えますが、実際、ここから歩くと20kmほどあります。急ぎましょう、日が暮れてしまいます。」


 ミナは、そう言うと、早々と道なりに沿って進みだした。

 俺も後ろから追いかける。


 しかし、人が見当たらないな。

 塔の周りは、ここまで畑で覆われている。

 地上は食料の確保だけってか。

 

「みんな、あの中で暮らしているんです。中はとても広いんですよ。そして、塔は年々高くなっていて、一番上にはこの町の王が住んでいるという噂です。母も王室で仕事をしていたらしく、私の誇りなんです。」


「お前は、あそこに住みたくないのか?」


「私は、母との大切な思い出が詰まった家がありますから。」



 そこからは、ただ歩みを進めた。

 何もない静かなひと時。

 俺は、こんな静かな時間が好きだった。

 

 そして・・・

 ついに、塔の真下までやってきた。

 入り口であろう門が、口を開けている。


「さあ、もう日が暮れてしまいます。入りましょう。」


 ミナは、俺をせかして塔の中に入ろうとした。


 と、その時、


「止まれ。」


 どこからともなく、門を挟んで二人の男が現れた。


 


 もうすぐ、夜になろうとしていた、闇が訪れようとしていた。

 夕日がそうさせたのか、ダースの影が少し大きいように見えた。

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