第2話 疑いの先

「おい、お前、この道ほんとにあってるのか? さっきよく迷子になるって言ってただろう。」


 俺は、ミナの言葉を思い出し、慎重に聞いた。


「はい、今は大丈夫ですよ。精神力削られるんで疲れるんですけど、もうそうも言ってられないので。」


 ん?

 今は、っていうことは、さっきは大丈夫じゃなかったのか。

 精神力が削られるってことは、何か歩くこと以外にしてるのか?


「どうして大丈夫だってわかるんだ?」


 しまった。質問しすぎると相手に主導権を握られてしまう。


 すると、ミナは、振り向いて、悲しそうな笑顔でこう言った。


「そんなに心配しなくても、何もしませんよ。というか、何もできないですし・・・」

 

「え?」


「そんなことより! ダースさんは、不思議な顔をされているんですね! なんというか、表情が変わらないというか・・・」


 そうだよな、やっぱりそこだよな。

 地球では、ほとんど携帯電話で連絡をとっていたし、傭兵軍隊の連中も何も聞いてこなかった。

 何かやりにくい。


「ああ、いや、これは仮面を被っているんだよ。お前だって人に知られたくないものの一つや二つは、あるだろう?」


「あ、なるほど! 仮面をつけていたんですか! でも、ほんとの自分を見てもらってないみたいで、しんどくないですか?」


 ミナは、俺の瞳を真っすぐ見つめ、あたかも自分が苦しんでいるかのように、聞いてくる。


 うぅ、なんだ、こいつの言葉は心に刺さる。

 今までそんなこと気にしてもいなかったのに。

 何十年も仮面のまま生活してきた。

 いまさら何を・・・


 ん?

 ちょっと待て。

 なぜ、こいつは俺の名前を知っている。

 こいつに名前を名乗ったか?

 いや、そんなはずはない。

 初対面の人には、なるべく自分の情報を与えないようにしている。


 即座にミナの顔をにらみつけた。

 一見、先ほどと変わらぬ表情。

 しかし、気づかせないように繕ってはいるが、よく見ると、顔は、こわばり、少し青白くなっていた。


 すぐさま戦闘態勢に入った。

 そして、静かな、殺意がこもった声でこう言った。


 「おい、俺はお前に自分の名前を名乗った覚えはない。なぜ俺の名前を知っている。吐け。」


 ミナは、震えていた。

 恐怖で染まった瞳を、俺に向けてくる。

 

 これだ、この感覚。

 この冷たい世界で俺は生きてきた。


 ミナは、ここで嘘をついたら殺されると感じたのだろう、ゆっくりと口を開いた。


「こ、これは、私の能力なんです、エデンの大地から授かった。私の能力は、自分の名前を対象の相手に名乗ると、その人の名前、考えていることが手に取るようにわかるんです。すいませんでした、隠し事をしていて。でも、隠し事の一つや二つ、誰にでもありますよね?」


 俺は、思いっきり目を見開いた。


「キャッッ! ごめんなさい・・・」


 こいつの言葉は、いちいち心を突き刺していく。

 くそっ・・・

 

 ジリジリとした苛つきが、全身を駆け巡る。


 落ち着け。

 いつもの俺に戻れ。


 そう心で唱えつつ、深呼吸をした。


 あいつが、しゃべり始めた時から、もう俺は主導権をにぎられていたんだ。

 この異世界では、地球の戦闘と何もかもが違う。

 疑え。

 

 そう言えば、今、能力といったな。

 噂になっていたあれのことか。

 でも、俺に自分の能力のことを話した。

 まだ、秘密はあるだろうが、戦う気はないとみた。

 だが、厄介だな、能力に関して何も知らなすぎる。

 読み取れる範囲に限界はあるのか?、そもそも防ぎ方はあるのか?、どこまで知られている?


 いつものごとく考え始めた。


能力のことを聞き出すか?

いや、さっきのあいつ、殺気を出してなお、よく見ないと分からないほど、表情を隠すのが上手かった。

そして、能力の話題に対して、隠し事があると言った時点で、本当のことは言わないだろう。

 だが、こいつの家に行くのは、まだ気が引ける。

 ここで話を聞き出そう。


「ダースさん?」


 ミナは恐る恐る、声をかけてきた。


「なんだ?」


「いつもこんな数コマで、あれだけのこと考えているのですか?」


 そうか、こいつには、頭で考えていることが筒抜けなのか。


「ああ、いつものことだ。気にするな。それより、思考が読めていたならわかるな。ここで話を聞かせてもらう。」


「わかりました。いつの間にか日も暮れそうですし、ここで野宿しましょう。火は絶やさないようにします。それと、」


 そう言いながら、ミナはかばんの中からゆっくり、俺に見せるように小瓶を取り出した。


「これは、モンスターが一時的に私たちに寄ってこない、液体が入っています。火にかけると効果が出るのですが、使用してもよろしいですか?」


 俺は、少し迷ったが、彼女を試してみることにした。

 道中、自分に危害を加えることはなかったし、もし、グリーズとかいうモンスターより強い奴が現れたら、死ぬこともあるかもしれない。

 それよりかは、こいつに従ったほうが安全だ。


「答えはわかっているだろう?」


 そう言うと、ミナは手際よく火をおこし、小瓶の液体をかけた。


 俺は彼女を監視しながら、思った。

 今日は、食事も水分補給もなしだな。

 まあ、夜を明かすくらいどうってことない。


「では、何から話せばいいでしょうか。」


「そうだな、この世界について、お前の知っていることすべてを聞かせろ。」


「はい・・・」



 長い話が始まった。

 時には、質問をし、ミナがそれに答えた。

 俺が納得するまで、話は続き、気づいた時には、もうすぐ夜が明けようとしていた。


「はぁ、なんとなくこのエデンと呼ばれる世界についてわかった気がする。これが、嘘であれ本当であれ、これからお前と行動して確かめることにするよ。悪いがそれまで俺と、一緒に行動してもらう。いいな?」


 ただでさえ、周りには人の気配すらなかった。

 ここで貴重な情報源を失うのはまずい。


「はい!」


 ミナは、脅されているのにもかかわらず、元気よく返事をした。

 そして、安堵したからなのか、いきなり倒れこむように、スヤスヤ眠り始めた。


 まったく、調子のいいやつだな。

 だが、整理する時間ができる。

 ミナは、話が長いわりに分かりにくいし、得た情報も少なかった。


 

 エデン。

 これが、現世界の名だ。

 なんとも平和そうな名前だな。


 この世界は、七つの、空に浮く島から構成されているらしく、今俺たちがいる島は、最も東に位置する、トース島の最南端、コッペンの深淵の森の中。

 噂でもあったように、生きているすべての生物が、”エデンの果実”という能力を持っているらしい。

 例えば、俺が倒したグリーズだと怪力。

 まぁ、グリーズはパワーに関係した能力が多いらしいが。


 そして、このポット。


 俺で言うと、仮面に触りながら、"ポット"、と唱えることで、自分にしか見えない、半透明な球状の物体が出現する。

 自分の最も大切なものに触れて唱えなければいけないらしく、エデンの住人は、生まれたときに、親から与えられるらしい。


 このポットだが、地球で言うところの、スマートフォンだ。

 あらゆる情報が入っていて、検索もできるし、ほかの人との連絡も取りあえる。

 試しに、地球への帰り方を調べてみたが、載ってるはずもなく。

 誰か知ってそうな人に聞くしかなさそうだった。


 そして、ミナの話によると、ここから少し離れて、森を抜けた小さな町で、地球からやってきた人のために、エデンの基本的な情報がまとめられたコンテンツが売られているらしい。

 ポットの情報とも合致している。

 人から聞くよりよっぽど整った情報があるだろう。

 もしかすると、もとの世界への帰り方を知っている人もいるかもしれない。

 まず、最初の目的地はそこかな。


 あとは、あまり大きく地球と変わったところはない。

 植物や、地質、モンスター、など、知らない部分は多々あるが、それは、町に行けば何とかなりそうだ。


 それにしても、のんきに眠っているな。

 

 ミナは、一寸の警戒もなく眠っているように見えた。


 俺も少し仮眠をとるか。

 

 そう言って、近くにあった木に寄りかかりながら目を閉じた。




 その時、ダースの、表情を見せないための仮面が、少し笑っているように見えた。

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