19
その夜。
智則の運転で順子は無理を言って本当に帰ってきた。圭司はというと、電気もつけないまま、例の如く自室のベッドに潜り込んでいて、両親がドアを開ける音を聞いてきたのだ。
そして同じく、帰って早々の二人が言い争いをはじめる声も。
「なんで分別してないのよ!」
今日のきっかけは、圭司が昼間にまとめたゴミの事だった。ペットボトルもそのまま、弁当の容器は洗ってない。さすがに順子はゴミ出しのルールを分かっていたらしく、それがご法度なことくらい一目で分かったらしい。
「まったく! どうしてゴミだしくらい出来ないのかしら」
自分がやったと、素直に言い出そうかと思ったけれど、その後に続く父の言葉が、圭司を止めたのだ。
「俺は知らない! 圭司がやったんじゃないのか?」
その通りだ。けれど――
「そんな言い方しなくてもいいじゃん」
体を起こしていた圭司は、部屋を出る代わりに机の上にあったイヤホンを取ろうとした。
知らない。喧嘩なら気が済むまで二人でやってろ!
しかし、イヤホンを見つけたその時、暗闇の中で数学の宿題ノートも目に入った。
体が固まった。思わずイヤホンを落としてしまう。
返事だ――お化けから返事が来ている。
今日の昼間に書いた「君は誰?」の返事。それが不意に見えた。見えてしまった。文字が圭司の心に落ちる。波紋が広がる。やがて、それは大きな、そして多くの波紋となって頭の中を駆け回る。
あんた何かしたの?
圭ちゃんに呼ばれた。
おとうさんとお母さん。
誰に殺されたの?
中川が家庭内でギクシャクしていた。
まるで自分みたいだ。
自分みたい。
圭司の中で、すべてがつながった。
お化け探し。思えば、すべては汚名を晴らすために始めたものだ。引っ越しをして、毎晩両親が喧嘩するようになって、そして逃げまわり始めた途端に。
そこに現れた「ぼくはころされた」というお化けからのメッセージ。都合が良すぎるのではないか。
――はんだけいじ
数学の宿題ノートには、そう書かれていた。
父と行ったファストフード店でも、顧問の西山のミーティング中も、自分は肉体だけで心は抜けていた。自分や周りの人たちを俯瞰して見ていた。お化けからのメッセージも、自分が見ていないときに限って、知らず知らずに現れる。
見たの? お化けが書くところ。
しょうちゃんの言葉を思い出す。
見てないよ、見てない。だって、見れるはずがないもの。
「そっか」
これならすべての辻褄があった。頭の中でフワフワと浮かんでいた点と点が、繋がる。薄くて脆い、あくび一つで消えてしまいそうな線だけれど。
「全部、俺がやったのか……?」
受験に部活に夫婦喧嘩。逃げ出したい理由なら山ほどある。だから自分が「お化け」になって、親に殺されたのだと、殺されそうになっていると嘘をついた。
いつも知らぬ間に現れるお化けのメッセージは、自分が自分でないとき――もう一人の自分が書いたという答えが、圭司の中でいよいよ具体的になってきた。
――ぼくはころされた
見るとそのページの問題は途中まで解いていたけれど最後はミミズ字になっている。部活後に突然の眠気に襲われて、問題も半ばで居眠りをしてしまったことを思い出した。
――おとうさんとお母さん
順子が入院した見舞いの帰り。智則と外食したところで、圭司の意識は俯瞰していた。
――はんだけいじ
そして今。ゴミ出しをして注意され、その後は自室でずっとゴロゴロしていたではないか。何をしていたのかも思い出せないくらいに……。
精神が肉体を離れたとき、無意識の自分が顔を出す。
その仮説が、まだ小さな子どもである圭司の
――はんだけいじ
もう一度、圭司はその文字を見た。涙は止まらなかった。自分が書いた(のかもしれない)文字が彼に襲いかかる。鬼だ。二本の角を生やし、口からはみ出た立派な牙。お化けの正体はこの鬼だ! 自分の心に隠れていた鬼なのだ。
圭司は怖くなって、いよいよ自室を飛び出した。喧嘩真っ只中の父と母のもとへ。そして、両親の目の前で大声を上げて、泣き崩れた。
小さな器に溜め込んでいた何かを吐き出すように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます