18
サニーハイムのドアを開けようとすると、ひぐらしの鳴き声がどこからか聞こえてきた。
まだ陽は高いのに、部屋には居心地の悪い影が落ちている。それは自分の気持ちのせいだと、圭司も気がついていた。
――あんた、なんかしたの?
俺は何もしていない。
――お化けの文字も自分で書いたの?
違う!!
自室に入り、鞄をひっくり返して、圭司は数学の宿題ノートを
「君は誰?」
お前は誰なんだ?
どうして俺にメッセージを残した?
どうして父と母に殺されたんだ?
何があった? どうして姿を見せない? 俺と何の関係がある? 祖母を呼んだのも、母が倒れたのも、中川が変になったのも、しょうちゃんが夏風邪をひいたのも、全部お前のせいなのか!?
頭の中を、ぐるぐる、ぐるぐると様々な疑問が巡る。大きな渦潮だ。飲まれたら最後。底の無い、暗い海へ引き込まれてしまう。
その先に何があるのか? 今度こそ、お化けの正体を暴くと誓ったのに、探せば探すほど圭司の身の回りで何かが起こる。
卑怯者め! 俺に何かあるなら、直接俺の前に現れやがれ!
怒り――しかし、お化けの返事はない。聞こえてくるのは鳥たちの羽ばたきと、ひぐらしの鳴き声だけだった。
やがて、荒れた渦潮がおさまってくる。となると、次第に恐怖の色が
ポツリと広大な海原にひとり。圭司は怖くなって、ノートをそのままに自室を飛び出した。
1日越し我が家は、ゴミで散らかっていた。父の智則がコンビニでご飯を済ませていたからだろう。
この家に一人は嫌だ。そう考えれば考えるほど、居心地はどんどん悪くなっていく。部屋の隅々にいる影から、子鬼がクスクス笑っている気がする。
なんでもよかった。
圭司はゴミ袋を取り出すと、散らかった弁当の容器や空のペットボトルをまるめて放り込んで、アパートの共同ゴミステーションへ向かった。
外は暑かったけれど、部屋の中より幾分かマシだった。膨れ上がったゴミ袋を片手に、いつと通り過ぎていく農作業用のトラクターの騒音を聞く。
アパートのゴミステーションは、駐車場の入り口横に、道路に面してあった。コンクリートで四角く囲われ、丸められた緑色のネットは、きっとカラスや猫たちがゴミを荒らさないように置かれているのだろう。
ほかにゴミはなかったけれど、圭司はそのネットを広げた。
その時だった。
「ちょっと!」
声をかけられ振り向くと、お祖母ちゃんくらいの女性が立っていた。白髪を後ろにひとつでまとめていて、少し汚れた割烹着のようなものを着ていた。
「はい?」
「今日のゴミの回収は終わりましたよ」
その女性は、圭司が置いたばかりのゴミ袋を指差す。眉間にシワを寄せ、今にも声を荒げそうな顔つきで。
「それに、分別も全然出来ていないじゃないの! ペットボトルはラベルを剥がしてキャップを取る! 弁当の容器は水で洗って綺麗にしてからよ!」
激しく責め立てられた圭司は「すみません」と小さく謝って、再びゴミ袋を手をとった。
なんか見覚えがある光景だ。そうだ、初めてお化けを見たとき、グラウンドに駆けつけた担任の教師の顔と、この女性の顔が重なったのだ。
「ちゃんとネットも畳んで!」
「……はい」
デジャブとは違う――まるで白昼夢のように、圭司はあの時のことを思い出していた。
――もっとマシな嘘をつきなさい。
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