晩ご飯のメインは豆腐ハンバーグだった。


 歯の悪い祖母でも食べられるよう、ヘルパーさんは柔らかく作ってくれた。

 まだ日は沈みきっていない。ヘルパーさんは料理を作り終えると、「お孫さんがいるから」といつもよりも少し早めに帰っていった。


 さて、祖母との二人きりのディナーなんていつぶりかしら。


 歳のわりには元気な祖母は、アクティブシニアと世間では呼ばれるのだろう。身なりは綺麗に、人前に出るときは必ずお化粧をするし、言葉や態度も上品さを感じられる。


 でも、母の順子とは合わなかった。


 開いた窓からは、リンリンと虫の声が聞こえる。

 圭司はチラと祖母を見ると、彼女は優しい笑顔で答えてくれた。


「どうしたの?」

「え?」

「悩みでもあるの?」


 しょうちゃんと同じ質問。それでも祖母からのものでは代物が全く違う。すべてを見透かした、答え合わせのような気がして、圭司はお箸を置いた。


 言おうか、言わないか。

 お化け探しを手伝ってほしい――と。


「ううん。お祖母ちゃんが元気かなって」

「あら、心配してくれてたの?」


 圭司はゆっくりコクンと頷いた。隠し事は下手だった。きっと祖母も気がついているのだろう。


「私は平気よ。それより……そっちはうまくやってるよ?」


 。祖母のいない新生活のことを、彼女は初めて聞いた。


「うん」


 これも嘘だ。なんたって毎晩夫婦喧嘩をしているのだから。


「なら良かったわ。あ、食器は流しに置いててね。朝に礼子さんにやってもらうから」



 事件が起きたのは、圭司が風呂から上がって、自室で漫画を読んでいた時だった。


 本当は宿題のひとつである自由研究を適当に終わらせるため、昔よく読んでいた図鑑やらなんやらを本棚から引っ張りだしている最中、懐かしい漫画たちを見つけたのだから、いつの間にかそっちに熱中していたのだ。


 ガシャン! と何かが割れる音が聞こえてきた。濡れた髪のまま、圭司は慌てて祖母のいるリビングに向かってみると、祖母が専用のチェアに座ったまま、ぼぅっとこちらを見つめていた。


「お祖母ちゃん?」


 足元にはティーカップの破片が散らばっている。祖母は圭司の呼び掛けも上の空で、ただただ、ひたすらにドアの向こう側に視線を伸ばしていた。

 驚いたような――まるで表情。


 鬼だ。宵闇に隠れた鬼を見たような。

 

「けいちゃん?」


 ようやく祖母がポツリとそう溢した。

 けれど、焦点は圭司に合っていない。彼のずっと奥の、闇が落ちた背中の向こう側を見ている。


 再び、風鈴の音が聞こえた。夏の夜の風が入ってくる。

 圭司は祖母の視線の先にある、座敷へと続く真っ暗な廊下を振り返ったのだけれど、そこには何もなかった。


 再び「けいちゃん」と祖母が言う。


 八月の熱帯夜。窓から入ってくる心地よい風も、優しく囁く虫たちの声も、今では頭に角を生やして、自分を嘲笑っているかのように思えた。


 初めて目の当たりにする祖母の。圭司は「いったい何を見たのか?」と、祖母に問い詰めることはしなかった。出来なかったのだ。




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