バスに飛び乗ったところで、圭司は冷房を消したのか不安になってきた。


 外は茹だるような暑さだった。陽炎が揺れ、「よくこんな中を走りまわっていたな」と、自分でも不思議に思えた。


 目的地へは、バスでおよそ二十分ほどのところだ。さすがに車内は涼しかった。人も少ない。運転手さんの後ろに座るおばあちゃんひとりだけ。圭司は一番後ろに座って、窓の外を眺めた。


 田んぼに挟まれた道をバスが行く。どこまでも続いているように見える水田の先には、彼の知らない小学校か中学校かの校舎がポツリと見えた。


 向かうはアパートを決めた管理会社だ。

 家を飛び出す前、頭に閃いた「事故物件」というワードをパソコンに打ち込んでみると、物件を扱う管理会社には報告義務やらなんやらがあるらしい。

 もし、仮に今住んでいるアパートがのものであったのならば、管理会社は把握しているはず。

 お化け探しの旅に、新たな道筋が見えたのだ。


 圭司は、それから「サニーハイム 事故物件」とも調べてみた。アパートの名前だ。しかし、これには何もヒットしなかった。

 もしかしたら、管理会社が隠しているのかも。隠蔽の情報はネット社会のお家芸なのだから。


 だから直接確かめる。

 もしかしたら子どもだからと相手にしてくれないかもしれない。半袖短パンの格好いう服装に不安を覚え始めたころ、バスは目的地に到着した。


 半時間も車で走れば、気持ちほどのビルとショッピングモールがあるだけだが、そこは立派な都会だ。田舎者丸出しの自分が、いよいよ小さく思えてしまった。


 しかし、管理会社の対応は、そんな圭司にも親切に答えてくれた。


「サニーハイムは過去に事件や事故はありませんね」


 出された麦茶の氷が溶けて、カランと鳴った。


「本当ですか? ネットでも調べてみたんですけど……事故物件なら報告する義務があるって」

「そうですね。もし、事故や事件、それに何らかの原因で住居人が亡くなられたり、または災害にあって火災……火事が起きてしまったら、それを伝える義務はあります」


 まだ若い社員が、中学生の圭司にも分かるように丁寧に教えてくれた。

 サッカー部のコーチよりもうんと若い。短く借り上げた髪と、スーツ姿がよく似合う。


「でも、それには細かいところもあるんです。例えば、事件や事故が起きてから何年も経っていたり、リフォームやリノベーション……って言葉は知ってるかな?」

「知ってます」


 すごいね、と男性社員は素直に驚いてみせた。「最近の子はなんでも知ってる」


「要するに、事故が起きた部屋と大幅に変わった後だと、告知義務は無くなることもあるんです」

「なら、俺たち……僕たちが住んでるアパートは、何年も前に事件が起きたって可能性はあるんですか?」


 ううん、と男性社員は首を振って、初めて申し訳なさそうな顔で圭司を見た。


「サニーハイムは、築二年の新築だ。それに、君たちが住んでる部屋は、以前には誰も住んでいない空き家だったんです」


 君たちご家族が初めての住居人なんだ。




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