部活は昼過ぎに終わった。


 校門の前で、母の車を圭司はひとりで待っていた。

 他のチームメイトたちは「この後どこで遊ぼうか」と、駄弁りながらさっさと帰ってしまっていたのだけれど、タイミングを見計らったようにして、しょうちゃんが声をかけてくれた。


「じゃあ……帰ったら調べてみるね」


 自分たちの他に誰もいないか確認してから、用心深く言った。

 真っ白なヘルメットに太陽が反射して眩しい。


「うん。ありがとう」

「言っとくけど! 僕は圭ちゃんが犯人だって疑ってないからね!」


 それは本心だろう。

 お人好しのしょうちゃんが、そんなこと思うはずがない、と圭司もちゃんとわかっていた。


「大丈夫。俺は誰も殺してなんかない」

「それを証明するためにも、僕なりに洗ってみるよ」


 その台詞が妙に芝居臭くて、圭司は笑った。


「うん。俺ももう一度ね」


 しばらくして、迎えの車が到着した。しょうちゃんは運転席の順子に向かって笑顔で頭を下げると、「じゃあね」と言って圭司にも別れを告げた。


 田舎の畦道を走る友人の背中が小さくなる。圭司はそれを見つめながらも、心の底には「お化け」のことしか考えていなかった。



 昼食を終えると、順子は慌ただしく出掛けていった。


 このアパートに越してきてから、母は宅配仕分けのパートを始めたのだ。平日の午後から夕方まで。だから夏休みのお昼時は、圭司がこの新居の守り主なのだ。


 さすがにダンボールはもうないけれど、特にキッチンには、何も置かれていないデッドスペースがまだ多い。


 ひとり分の洗い物を終え、冷蔵庫からジュースのペットボトルと、食器棚からガラスコップを取り出すと、冷房を効かせた誰もいない居間でゴロゴロするのが彼の日課となりつつあった。


 この時だけは寂しさはなかった。むしろ心地が良い。自由な時間で、のびのびと宿題をしたり(最近はもっぱら放り投げていたのだけれど)、テレビを見たりうたた寝したり。


 しかし、今日は違う。やるべきことがあるのだ。お化けの正体を暴かなければ。

 ノートに書かれた文字は、未だ健在。何も変わってはいなかった。


 圭司はその文字をたっぷり見つめながら、しょうちゃんとの会話を思い出していた。

 なぜ、お化けは圭司のノートにメッセージを書いたのか? 紐解くべきはまずそこだと、しょうちゃんは言った。


 可能性としては、関わりのある人物。友人や家族たち。そこで、圭司が家族を、しょうちゃんが友人やクラスメイトを当たる。しかし、家族に変わったところはない。父さんとおばあちゃんについて、順子は帰りの車内でも何も言わなかった。


 圭司は真っ白なルーズリーフに、「母」「父」そして「祖母」と書きだしたが、そのどれもにバツ印をつけた。


 お化け探しは、その道標は順調に見つかったのだけれも、すぐに行き止まりだ。

 残すはクラスメイトたち。圭司はルーズリーフの隅に「友人」と書いたけれど、可能性としては薄い気がしていた。


 残すは――と、彼は仰向けになって天井を見上げた。


 殺された人がお化けになってまでメッセージを残す相手。それは殺した張本人――犯人に向けて。


 しょうちゃんの言葉が頭にへばりつく。もちろん、圭司は誰も殺めてなんかいない。思い付くのは枕元で五月蝿く飛んでいた蚊くらいだが、結局見失ってばかりだった。

 首もとを掻くと、やはり喰われていた。ぷくりと腫れているのが分かった。


 締め切った窓から、夏の真っ白な光が差し込む。


 行き詰まった頭の中で、圭司は何も考えることができずに、外を歩くガキんちょたちの笑い声を聞いていた。


 前まで住んでいた実家は、田んぼに囲まれていたから、窓を開けていても聞こえてくるのは虫か農作業のトラクターの音ばかりだった。


「ん? 待てよ」


 このアパートに越してきて半年近く経つ。半年。半年。


 ひらめき、勢い良く状態を起こした圭司は、ルーズリーフの真ん中に大きくこう書いた。


「前の住人」


 このアパートのことも調べなくては。

 前に住んでいた家族。「事故物件」という言葉が、彼の頭を駆け回る。調べる価値はあるはずだ。





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