「どうしたの? 調子悪いじゃん?」


 寝不足? 

 そう言って圭司の隣に座ったのは、「しょうちゃん」こと、上内かみうち正平しょうへいだった。チームメイトであり幼なじみの彼は給水ボトルをくれた。


「ありがとう」


 今時珍しいスポーツ刈りに、昔から小太り気味だったしょうちゃんは、それでいて走るのがチームで一番速いのだから、「爆走戦車」の異名も持っていた。

 明るい性格のおかげか災いか、彼自信もその二つ名をえらく気に入っていたから、監督までも時に「爆弾戦車」と茶化すこともあったし、体格を生かしたボールキープ術も長けていた。

 しょうちゃんは、いわゆる芸達者なのだ。


「顔色悪いよ。夏風邪?」

「ううん、考えごと」


 サッカー部たちが練習するグラウンドは、田んぼに囲まれた、良く言えば開放的な場所だった。フェンス越しには、農作業のトラックと、それについて歩く麦わら帽子の人影がポツリと見える。


「なに? 悩みでもあるの?」


 鼻の下に汗をかいたしょうちゃんが、腫れ物に触るようなで顔を覗く。


「実はさ……」


 幼なじみのしょうちゃん。

 昔からそうなのだ。彼は素直で良いヤツで、そして聞き上手。


「お化けを見たんだ……よね」

「お化け!?」

「しっ!」


 思わずしょうちゃんの口に手を当て、周りをうかがった。

 誰も気付いていない。圭司は一安心して、しょうちゃんの口から手を離した。


「ごめんごめん」律儀に小声で謝るしょうちゃん。

「いいよ」

「それで、どんなお化なの?」


 圭司はドキリとした。

 初めてお化けを見た小学生の時、クラスメイトたちから疑いの後ろ指をさされる中で、しょうちゃんだけが味方だったのだ。


「ノートにね、書かれてんだ」

「なんて?」

「殺された……って」


 頭上を鳶が通りすぎていく。

 近くに見える県境の山には、特大の入道雲が一つ。


「そう書かれてたの?」

「うん」

「誰に殺されたの?」

「分かんない」


 うーん、としょうちゃんは眉間にシワを寄せてみせた。


「もちろん、自分で書いた訳じゃないよ」

「疑ってる訳じゃなくて……どうしてそのお化けはけいちゃんのノートに書いたのかな?」

「え?」

「だって、見ず知らずの人のノートにメッセージを書くなんておかしくない?」

「じゃあ、そのお化けは俺の知ってる人ってこと?」

「もしも! あくまで仮定の話だよ」


 しょうちゃんが念を押すようにして、姿勢を正した。


「もしも圭ちゃんがお化けになっちゃって、メッセージを残せるとしたら誰に残したい? やっぱりお母さんとかお父さんとか友達とかが自然じゃない?」


 確かに。

 圭司はコクン、と頷いた。


「こんなこと言って本当にごめんなんだけど、何か心当たりはない?」


 気まずそうに言ったしょうちゃんを横目に、圭司は考えてみた。


――ぼくはころされた。


 一番心当たりがあるのはおばあちゃんだ。ヘルパーさんがいるとは言っても独り暮らし。でも、もし仮におばあちゃんが死んでいたら知らせは入るはずだ。ノートに書かれたのは雨が降っていた夜中。ならば、朝には母さんの耳には入ってるのに、車の中では何も言ってなかった。

 それに、おばあちゃんは「ぼく」なんて一人称は使わない。


 父さんも論外だ。圭司がノートの文字に気がついた夜中には、大きなイビキが聞こえていたから。


 なら、一体誰だ?


 チームメイトたちも皆、元気に練習に来ている。だとしたら、残すは部活の練習以外のクラスメイトだ。しかし、圭司には心当たりはなかったし、仮に何かの事件があったのなら、朝からその噂でもちきりだ。


 田舎はコミュニティが狭い。嫌でも耳に入ってくる。圭司の「お化け疑惑」もそうして瞬く間に広まったのだから。


「例えばさ、知らない人でもたまたま近くにいたとか、なんというか波長があって俺のところにメッセージを書いたのかもしれない……」

「それもあり得るね」


 霊感あるからね、としょうちゃんはさらりと言った。


「とりあえず、僕も調べてみるよ」

「何を?」


 しょうちゃんが立ち上がる。休憩時間はもう終わりだ。


「そのお化けが誰なのか。とりあえず、サッカー部以外のクラスメイトに変わったことがないか聞いてみるよ。それから、近くで何か事件や事故があったかどうか」

「勉強とかは大丈夫なの?」


 圭司たちは受験生だ。大切な夏休みなのは、しょうちゃんにも変わりはないのだけれど、彼はニコリと笑ってみせた。


「僕は大丈夫だよ」


 野暮な質問だった。しょうちゃんはクラスで一番の秀才だったから。


 圭司も立ち上がる。バラバラに散っていたチームメイトたちも、グラウンドに集まり始めていた。

 その時、前を歩くしょうちゃんが急に立ち止まって振り向いた。


「それから、本当に気を悪くしないで欲しいんだけど……」


 目を合わしてくれない。圭司の心の中に、どっと不安という濁流が押し寄せる。


「殺された人がメッセージを残す相手。限りなくゼロに近い可能性だけど、もう一つだけ思いついた」

「な、なに?」

「自分を殺した人……殺人犯に、だよ」


 ピー、とコーチが笛を吹く。練習再開。集合の合図が鳴った。



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