第6話 再会

 フォスターは、クーデターの起きた共和制キルバレス本国での妻子の生死を心配しながら、当地で留まり続けた。可能であるならば、フォスター自らが捜しに行きたい思いも強くあったが、そうはいかない。


 せめてもと、これまでに数度、信頼出来る部下をキルバレスへ派遣したが……。しかし、それらは二度と、戻って来ることはなかった。


 現在のキルバレス国境付近では、厳しい取り締まりが敷かれていると噂で耳にする。これまで手を尽くしたが、正確な首都キルバレス内の情報がまるで入って来ないのだ。


(きっと、それでに違いない! ああ、そうだ。間違いない!)


 フォスターは、そう信じていた。いや、そう思いたかったのだ……。



 ――それから、更に……三年が経つ。


 《帝制キルバレス》勢力の軍勢が、この地へと攻めて来た。

 総勢二十万とされる我々の存在を、どうやら帝制キルバレス皇帝は『無視出来ない』と判断した模様だ。


 更に噂によると、我々が『精霊水を持ち帰らず。しかも、独占しようとしている』などと首都キルバレス内では解釈され、揶揄やゆされている、との話しだ。


(現場の状況もろくに調べもせず、また勝手な事を言ってくれたものだ。実に笑わせてくれる。)


 フォスターはこれに対し、グレイン技師が開発した《聖霊兵器》を用い、対抗した。


 帝制キルバレス軍は、数ヶ月間の攻防でようやく撤退してくれた。


「これさえあれば……何とか、凌げるな…」

 しかし、帝制キルバレス軍との攻防で疲弊した所へ。ワイゼル将軍の軍が侵攻してきた。


 フォスターは《聖霊兵器》を用い、同じくこれに対抗した。が、ワイゼル軍もまたそれに同じく、聖霊兵器を用いて対抗してくる。

 双方、甚大な被害を出し、なんとか停戦には持ち込んだが。今度は再び、帝制キルバレス軍が攻めてきたのだ。


 どうやら、ここから近くにある属州国――恐らくは、沿海属州都アナハイト辺りからの派兵のようだ。


(となると……対キルバレス戦用の砦群を、更に建設する必要がある。金も人も……そして時すらも、相当に必要となってくるな。)


 そうしたことが、幾度と限りなく続いた。


 フォスターは、また更に強固な砦を四方に築き、都市を作り、それを守るための城砦を建て、そこに人を住まわせた。先住民である一部の者とも和解し、共存する道を選んだ。

 でなければ、男ばかりの我々軍に、未来などなかったからだ。


「いつまで、これが続くのか……私は、いつになれば帰れるのか……」

 見定めるにも難しい現状に、フォスターは幾月幾年と思い悩み続け。月日は更に流れた……。


 そうして、フォスターもとうとう六十歳を過ぎ。今では、王の座についている。

 しかし、このパーラースワートロームには依然として、あのワイゼル将軍が居り。彼もまた、新たな国をこの地で建国していた。

 帝制キルバレス軍との攻防も、未だに続き。戦争自体、あれ以来からこれまで、ずっと絶え間なく続いている。

 今では……この地の女性に産ませた子に、王位を譲り、そろそろ隠居しようかと悩む日々である。


 フォスターは、ふと懐かしむかのようにペンダントを開き。今や色褪いろあせた、そこに描かれる元妻ルナと幼い娘シャリルの写実画を見つめ。その表情は、しかし穏やかなもので、そのまま静かにそれを閉めた。


(もう遠く……もはや帰れ得ぬ、思い出だ……。)


 そしてフォスターは、その玉座に座ったまま、隣に座る息子にこう告げた。

「ワシらは、ここへ来るべきでなかったのだ――」と。

 昔、女神がこの命を欲した時、それを受けてさえいれば。今とはまた違った運命が、待ち受けていたのかも知れない。


(……いや、女神はそれをこの私が受けないと察して、それを持ち掛けたのだ……それは分かっている。


 結果、ワイゼルと私は互いにせめぎ合うこととなり。キルバレス本国からは、クーデターを起こした軍から、攻められ続けている。


 気がつけば……我々キルバレスの者同士が、血を流し続けている事態だ。

 女神の呪いが、もしあるのだとするならば、まさにこの悪夢としか思えない『事態そのもの』なのだろう……。


 しかし、それは言い逃れだろうな?


 我々の国が、このわたし自身が、招き入れたものに他ならない。今となっては……全てが、虚しいばかりに思えている……)


「父さん、父さん達年配の方々は。元々、この地の者ではなかったと聞いております」

「……ああ、その通りだ」

「しかし、私たちは、この大地で産まれ。この大地で、育ちました。私たちは、もう《この大地の民》なのです!

ですから、前大戦で最大版図を築いた、今こそ。統一王国として、今こそ確かな根をこの地に生やす為にも、王国建国を内外に宣言されては如何でしょうか?」

「この地と、共に……《生きる》か……」


(ああ……もうワシは……帰れないのじゃなぁ…)


 とうの昔に、それは分かっていた。しかしそれを今、ようやく私は受け入れることが出来た気がするよ。

 ……いや、受け入れる他になかったのだ。この私に残された時間は、もう僅かなのだからな……。


 フォスターはそれに対し、徐に頷き、その息子の案に従うと、自ずからは病弱を理由に王の座から身を引いた。


 そうして、我が息子が初代王となった。

 ここに今、《パーラースワートローム王国》が誕生する。


 王国誕生の祝いが盛大に催される最中、病床に伏せるベットの上で、フォスターは横たわるその体の辺りに何か懐かしいような気配を感じた。


 フォスターは最早、思うように動かない体を動かすことも出来ず。ただただ、瞳だけを静かに半分ほど開けた。


「これは……随分と、懐かしいのぅ……」

 そこには……あの女神が宙に浮いた状態で、静かに見下ろしていたのだ。


 あれから数十年と経った今でも、当時とまるで変わることのない女神の姿に。フォスターは意外にも、憎しみなどなく。寧ろ、懐かしむ思いの方が強く、その女神を虚ろに見上げ、そのようにポツリと零していたのだ。


『あなたは間もなく、この世を去ります。

その前に、何か一つ、言い残したいことはありませんか?』


 ……それは、フォスターが想像すらしなかった、かつては敵であった筈の女神が放つ、慈悲とも取れる言葉だったのだ。


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