第3話 女神との交渉
フォスターが驚き振り返り見ると。そこには、どこから入って来たのか、神々しいばかりの黄金に輝く美しい女性が佇んでいた。
しかも、よく見ると、宙を浮いている。
(まさかコイツが、あの噂の女神なのか?!)
その女神らしい女性は、次に優しげな表情を浮かべ、微かに唇を動かしてくる。
『あなたにも、愛すべき人が居るのなら、もうお分かりでしょう……?
この戦争の、実に愚かなことを……』
( ──これは間違いないな。やはりコイツが、あの精霊達の親玉か。)
フォスターは瞬時に、そのように理解し、相手を睨むようにして見る。そして、口元を微かに緩め開いた。
「ほぅ……ではあなたは我々に対し、講和でも持ち掛けに来られた訳ですか?」
するとその女神は、スッとまぶたを閉じる。
『もし、それが叶うのであれば……』
──ハッハッハ! これは実に良い!!
(現状、こちら側に打つ手はない。にもかかわらず、相手の。それも、大将自らがやって来てくれた。こんなにも都合の良いことはないな!)
フォスターはそう思い、口元を緩めた。
それから相手を油断のない瞳で見て、口を開く。
「我々が望むものは、《精霊水》ただそれのみだ!
それさえ呑んでくれるのであれば、この地を再び戦地に変えるようなことはしない、と約束しようではないか!」
『……分かりました』
それを聞き、フォスターは満足げに頷く。
これで、被害は最小限に抑えられるな、と。
──だが、
『……では、私からも一つだけお願いがあります』
願い……? やはり、ただでは許さない、ということか?
現状が現状なだけに、呑める内容であるならば、それも仕方のない事だ。
フォスターはそう考え、聞くことにした。
「それは、なんだ?」
『グレインを、あの方を、生き返らせて欲しいのです』
──!? 何だとッ!!?
「そんなこと……出来る訳がないだろう! 彼は既に死んだ!!」
『いいえ、出来ますよ。その対価、となるものさえあれば……』
(……対価?)
フォスターはその一言を、不穏に思いながらも更に聞いた。
「対価……それは一体、なんだ?」
『あなたの命です』
──!? 何だとッ?
フォスターは信じられない思いで、その女神を睨みつけた。
「そんな馬鹿な条件を、この私が呑むとでも……?」
実際にこれは、正気とはとても思えない話しの内容だ。
10回問われても、10回とも答えは、NO!に決まっている。
『ええ。そうすれば、あなたの妻との約束、〝極力、被害者は出さないで下さい〟は守れますからね』
そう言うと、女神は艶美に笑ったのだ。
──!! コイツめッ!
その要求をこちらが呑まないのを分かって、この女神はわざとそう言ってきている。
フォスターは、瞬時にそう理解した。その間にも、女神は話しを繋げてくる。
『あの方は……グレインは、まだ死すべきお方ではなかった。まだやり残した、幾つかのことがあったのです。
それなのに、あなた方は、あの方の命を一方的に奪った』
実に勝手な話しだ。その事と、この私の命と、どのような関係がある?
(なぜ、この私が、その代償とならなければならないのだ!
私が彼に、なにをした?! 彼の命を奪ったのは、この私ではないのだぞ。)
「それを言えば、この私も同じことではないか!
──違うと言えるのか!? そもそも私が、それで死んでしまっては、元も子もない!」
『ええ、そうでしょうね……。しかし、あなたには、その権利を奪われても仕方のない、幾つかの理由が既にある』
理由……だと? 奪われても仕方がない、理由!?
(私が、この軍団の最高責任者だからだとでも言いたいのか?)
「ふざけるな! この戦争は、私が望んで仕掛けたことではなかった!!
結果として、こうなったに過ぎない!
それに、講和を持ち掛けに来たグレイン技師が亡くなるや否や。どこで、それを嗅ぎ付けたか知らないが、ほぼ同時刻、そちらは即座に動き。我々の拠点へと、あのシルヴァーフを使い襲撃を仕掛けて来た!
その点を大きく重点に置けば、戦争を仕掛けたのはむしろ、そちら側であったとさえ言える!!
あれが、この戦いの火蓋となり、今の現状を産んだのは『紛れも無い事実』だろう!
もし叶うのなら、私はそれでも講和を受ける構えでいたものを……」
『しかし……グレインは生きて、再びこの私の元には戻って来なかった……戻って来なかったのです。
これもまた、『事実』。
それは違うと、あなたには言えるのですか? フォスター』
その言葉を聞いて、フォスターは驚き、再び相手である女神を真剣な眼差しで見つめた。
それまで、ただ淡々と感情の起伏も余り感じさせず語り掛けていた女神が、この時だけ、何故かその瞳を潤ませていたのだ。
(まさか、コイツ……グレイン技師に惚れてでもいたのか? 先ほどから、彼グレインに対しての特別な感情をやたらに感じさせられる。だとすれば……。)
フォスターはそこで、あることを思い出し、直ぐに口元を横に引く。
そして、ふっと半眼に笑み、口を緩め開いた。
「……ならば、この件で最も相応しい、うってつけの者が居りますよ」と。
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