第2話 愛するルナとの思い出


 その後も精霊達との戦いは続き、フォスターの精神疲労は極限を極めていた。

 今現在も、聖獣シルヴァーフがフォスターの目の前で乱舞し、兵士らはただただ逃げ惑い、無駄に死傷者が増え続けるばかりであった。これまでに、三千名にも及ぶ兵士達が、その聖獣シルヴァーフに襲われ、犠牲者となっている。


(相手が、空から襲ってくるのでは、手の打ちようも無いか……仕方ない)


 フォスターはそう溜息混じりに零すと、最近築いたばかりの砦から、その国境向こうを忌々しげに臨む。そして、速やかに兵士達へ、退くように命じた。

 対抗手段の無い今は、兵士達に無理を承知で強いられないし、させられはしない。そう判断した為だ。


 そのあとフォスターは胸元のロケットを開き、その中の綺麗な美しき妻と、一人娘が描かれた写実画を見つめ零す。


「……すまない。今回ばかりは、長引きそうだよ……ルナ」


 フォスターにも、信じ歩んで来た道がある。


 『国を豊かにする』それは即ち、戦争に勝ち、国土を広げる、ということ。そう教えられ、信じ、これまで生き歩んできた。

 しかし、戦い抜く中で悟り分かり始めた現実は、それにより属国化し、従属化し、蹂躙され、虐げられてゆく国々の上に成り立つ、不平等をこそ提とし顧みることを忘れた者達だけが描く幻想境のようなもので。それらの不幸な国々がなければ、今の共和制キルバレスは存在し得ない、という現実だった。


 フォスターは、その事に気がつき。一時期、悩み続けていた。


 しかし、これが自分の選んだ道……軍人として、恩給を受ける者として、避けえない道。そう割り切る他ない、と自身に言い聞かせ続けてきた。


 そうやって、心の中に引っ掛かる葛藤や思いを拭い去りながら戦い生き抜いていた、ある時のことだ。共和制キルバレスより北にあった《北部連合カルメシア》メルキア国王城内にて、まだ当時は部隊長の一人に過ぎなかったフォスターの手から、まだ少女ほどの女性が逃れようと懸命に走り、燃え盛り落城寸前の王城ベランダへと向かい到着すると、その頬を紅く照らしながら涙目に振り返り、こちらを恨む瞳で睨みつけ。そこから飛び降りる様子を見せながらも、その手には短剣を握り、まだ戦う姿勢を見せ続けていた。

 そして、その少女はフォスターがかつて感じたことのあるものとまるで同じ言葉を吐き捨て、軽蔑した眼差しで挑んで来たのだ。


 それは、実に勇気があり。そして同時に、誰が見ても愚かな行動だった。

 少なからず、助かる可能性のある自らの命を確実の元に失うことに繋がる行為だったからだ。


 しかし、そのまだどこか幼さの残る女性の瞳は、とても愚か者のそれであるとは思えなかった。何よりも、フォスター自身が共有できる何かを、彼女から感じさせられていたのだ。


 フォスターはその後、少女を保護するように兵士らに命じ。時折、時間を見つけては、自室へと招き。少女と語り合い。やがて、自分の悩みを打ち明け。いつしか互いに理解し合い、愛し合うに至った。

 そして同時に、愛すべきその妻との出逢いでそれは解決された……。



 〝──この人を守る! 私は、その為になら戦える!〟



 フォスターはそれ以後、その為にのみ、戦うことを心に誓い留め決めた。


 〝あなた……極力、被害者は出さないで下さいね〟

   (ああ……分かっている。約束するよ――)


 それが、フォスターにとっての最善の道であり、最低限人としてあり続ける、唯一残された心の支えとなった。



「……不思議な事もあるものだな。何故か、今頃になって、急に当時のことがこうも鮮明に思い出されるとは……」

 フォスターは、ようやく落ち着いた戦場を再び見つめ。部下達への労いの言葉を掛けると、奥へと下がり、自室へと籠もっていた。


 ──と、その時だ!



『先ほどの方が、あなたの愛すべき人なのですね?』


 ──!!?

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