転生し損ねたので勇者になれませんでした

七神八雲

第1話 転生し損ねました


『……ここは、どこだ……?』


『暗い……。今は、夜なのか……?』


『身体が動かない……。俺は……どうしたんだ……?』


『思い出すんだ……。俺は……どうしていたんだった……?』


――


「なぁ、今回の月刊転生の新作どうだった?」


 やや暗くなった時分まで室内に残る二つの影。

一つの影が顔を上げ、問を発した。


「設定は面白い。導入もすんなり読めていいね」


 問われた影は顔を机に落としたままに答える。


「ほう、では期待の新人ということですな」


 先に問いかけた影が喜々として形を揺らがせる。


「まー、俺ならこのくらい簡単に書けるけどな」


「でたでた、でましたよ勇也の余裕発言。何様なんだっての」


 三一高校さんぴんこうこう二年B組の教室で二つの影が大きく揺れた。

 問に答えた影は八島裕也やしまゆうや。短く揃えた黒髪にやや釣り目の瞳を持ち、初対面では人相の悪さによって悪印象を持たれがちなのが悩みの17歳。

 問を発した影は長良啓介ながらけいすけ。温和そうな垂れ目に茶髪のモヒカンをトレードマークにした、いかにも不良そうな見た目とはうってかわって気さくで友人思いの18歳。


 二人は三一高校で部員数二人の部活である『ラノベ同好会』での活動に精を出していた。

 勇也の不遜ふそんなボケに対して即座に啓介がツッコミを入れると、二人は黄昏に照らされる教室で笑い合う。


「まー、現実は甘くないけどね。実際のところはさ」


 ひとしきり笑い合った後、勇也が溜息混じりに言った。


「当たり前だろ。面白い話が簡単に書けたら誰も苦労しねーって。で、今回の投稿で何回目だ?」


 啓介が身を乗り出して問いかけると、勇也は更に大きく溜息をついて答えた。


「5回目、だな」


「中学の時から応募してるんだっけ?」


「そう。でもまだ一回も入選してない。佳作にすらひっかからねー」


 学生たちの間で流行している雑誌『月刊転生』の作品応募に、勇也は何度も作品を書いて投稿をしていたが、5回目となる今回も落選となった。巻末の新人賞受賞作品欄に目を通し、自分の作品が載っていないことを確認すると、本を閉じて鞄にしまいこみ立ち上がる。


「まぁしょうがない、帰って新しい作品の構想でも練るよ」


「お、もう19時か。そうだな、そろそろ帰るかー」


 啓介も立ち上がり、ぐっと背伸びをすると鞄を肩に担ぎ教室の扉へと向かう。


「じゃ、また明日なー」


「おう。またな」


 啓介が帰ったのを確認すると、勇也は一人、椅子に再度座る。

 外面はさほど気にしていない様子であったが、心の内は予想以上に落ち込んでいたのだ。それを察して、啓介は話を切り上げ素早く帰っていったのだった。持つべきものは友だな、と勇也は思った。


「次のったって、そんな直ぐには思いつかねーよ……」


 顔を上げ、こぼれそうになる涙をこらえる。今までの投稿作品の中でも、今回は特に自信があっただけに、落選のショックは大きかった。しばらくは込み上がる感情を抑えるのが精一杯で、帰ることすらも忘れて時を過ごした。


「……っ。あー、そろそろ帰るか……。これ以上遅くなるとまずいな」


 時刻は既に19時半を回り、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 この時分に一人で帰るのは少し嫌だな、と勇也は急いで帰り支度を始めた。


「帰ったら飯食って宿題して、風呂入って……あー、次のなんか考えてる暇もねーな全く。学生でこれなら社会人になったらどんだけ暇が無くなるんだよ」


 夜道の家路を急ぎながら将来の不安を一人呟つぶやく。ネオンが目を刺激する繁華街を通り、それでも頭の中では次なる投稿作品の構想を思いつくかぎり巡らせていた。


「……おっと」


 あれこれと考えながら歩いていると、横断歩道の青ランプが点滅している事に気付き足を速める。勇也は、急いで横断することに気を取られ車道から迫りくるトラックには直ぐに気付けなかった。


 危ない!


「え?」


 どこからか聞こえた声に振り向くと、光に目がくらんだ。酔っ払い運転のトラックから放たれるライトが勇也の視界を白く塗りつぶし、続いて強い衝撃が勇也の身体に襲い掛かる。


「っ!?」


 訳も解らないままに勇也はトラックに跳ね飛ばされ、宙を舞う。


 きゃーっ! 大変だ、子供がかれたぞ!


 薄れゆく意識の中で、遠くから聞こえる悲鳴と怒号に、あぁ、俺は轢かれたのか、ここで死ぬのか、こんなところで、あっけないもんだな、と、酷く他人事ひとごとのように考え、そして目の前が暗くなって行くのを感じていた。


――


『……思い出した。そうだ、俺は車に轢かれて……』


 次に勇也が意識を取り戻した時には、既にこの暗闇の中に居た。

 身体が動かせず、声も出せない。その中で勇也は、状況を確認すべく思考を巡らせる。


『俺は死んだのか? じゃあ、ここはどこだ?』


『地獄か? 天国か? どっちにしろ、俺に何が出来るんだ』


『困ったな……。状況を確認したくてもこれじゃどうしようもない』


 辺りを見回そうにも頭も動かせず、目も暗闇を映すばかりで何も見えない。

 ほとほと困りかけたところに、ひそひそと誰かが話す声が聞こえてきた。


「……だから、これじゃ……どうしようも……えぇっ、でも……」


『……? なんだ、誰か喋ってる……? 誰だ……?』


 ひそやかに聞こえてくる声の方へ意識を集中する。

 最初は良く聞きとれなかったが、段々とはっきり声が聞こえてくる。どうやら高い声から察するに声の主は女性であることがうかがえた。その女性は、もう一人と話をしているようだったが、その相手の声までは聞こえない事に勇也は動かない首を傾げた。


「それじゃ、この人を元の世界には帰せないんですか? それじゃいくら何でもあんまりですよ!」


『何だ、何を言ってるんだ? 元の世界? どういうことだ?』


「でもでも、このままじゃこの人の魂は行き場を失って消えちゃいます! 確かに間違って魂を引っ張ってきたのは私の失敗ですけど……。でも!」


「……えっ、私が、ですか? ……うぅ、確かに責任は私にありますし……。わかりました、私が責任を持ってこの人を導いてみせます。だから、だからどうか助けてあげてください!」


 声の主が大きく叫ぶと、暗闇に覆われていた世界が白く輝いていく。

 勇也は話し声の内容を理解する前に、光の渦へと飲み込まれ、またも意識を失っていく感覚に苛立ちを覚え、出ない声をふり絞って叫んだ。


『どういうことだ! 俺が何だってんだ?! おい、教えてくれ! 俺はどうなったんだ――』


――


 次に勇也の意識が戻ると、そこには見知った日本の風景は無く、巨大な樹木が何本も立ち並ぶ森のような場所だった。

 木々の隙間から太陽の光が挿し込み、朦朧もうろうとする意識を徐々にはっきりとさせていく。


「……俺は、生きている、のか」


 声が出せる。そしてどうやら自分は寝転んでいるようだと気付くと、身体が動かせることを確認し立ち上がる。


「あいてて、身体があちこち痛いな。まぁ車に轢かれたんだから当たり前っちゃ当たり前……って、何でそれで生きてるんだよ」


 一人で何も無い空間にツッコミを入れる。こんな時に啓介が居れば、大げさなリアクションをもって反応してくれただろうに、と勇也は思った。


「あ、あの~……」


「うぉわあっ!?」


 突如として背後から人の声が聞こえ、勇也は過剰表現なしに飛び上がった。現代日本の高校生垂直跳び記録を塗り替えるのは確実であるほどに。


「って、うわー!?」


 思いもよらないジャンプ力を発揮し、宙高く飛び上がると、次はその高さからの落下であった。地面に自らの人型を作りめり込む。


「……あ、あの……大丈夫、ですか……?」


 地面にめり込んだ勇也を、穴の上から見下ろす影が一つ。その影が心配そうに覗き込むと、穴からかすかに勇也の声が聞こえる。


「……助けて……」


──


 穴から引き摺りあげられた勇也が目にしたのは、美しい金の髪を長く伸ばし、背中に翼を生やした人の姿をしたような少女であった。


「ありがとう、助かったよ。それにしても君、なんていうか、変わった格好をしてるね。コスプレか何か?」


 勇也が少女に対してやや間の抜けた質問をすると、少女はにこやかに笑う。


「ふふっ、違いますよ。コスプレじゃありません。わたくしはリエリ=ガブリエリ。天使です」


「ふーん、天使か。道理で綺麗だなーって思った、って、え? 天使?」


「はい、天使です。ユウヤ・ヤシマ様、私リエリは、貴方あなたの守護天使としてお仕えさせて頂くことになりました。どうぞ宜しくお願いしますね」


「ちょっと待ってちょっと待って、理解が追い付かない」


「ですよね。では私から現在の状況を説明させて頂きますね」


 少女、リエリと名乗ったその天使は、風がふわりと頬を撫でるかのような優しさを持った微笑みで勇也を見つめると、静かに言葉を紡ぎ出した。


「ユウヤ・ヤシマ様。貴方は今、貴方が本来居た世界……つまり、地球という星の日本という国とは全く異なる別の世界に居ることになります。貴方は一度、元の世界で死の危機におちいりました。私達は死を迎えた魂を、滅亡に瀕した世界を救う勇者として、死の救済の代わりに派遣する役割を持っています。そして、貴方はこの世界――名をファンタズマゴリアと言います――その地へと召喚されました。ここまではご理解……頂けましたか?」


「全然ご理解いただけません」


「あうぅ……そんなぁ」


 リエリがバサバサと翼をはためかせ、涙目になる。泣きたいのは俺のほうだ、と勇也は思ったが、少女を泣かせたままにしておくほどヘタレではないと己の頭をフル回転させ状況の理解に努めることにした。


「えーと、まぁ、うん。理解した。質問していい?」


「はい! なんなりと!」


「俺は一度死んで、助ける代わりに……勇者? としてこの世界に呼ばれたってのは解ったんだけど、それで、この後どうしたらいいの?」


「はい、あのですね、それはですね。えーと、何と言いますか……その……」


 勇也が問いかけるとリエリはごにょごにょと口ごもり、ばつが悪そうに顔をうつむけ話を切り出す。


「えーと、その……。本来なら勇者としてユウヤ様をこの世界の勇者としてお迎えする筈だったのですが、そのー……実は、ユウヤ様には勇者の適正が無くてですね、つまるところ、この世界には必要の無いお方、なんです……」


「……え?」


「すみませんすみませんすみません! 私まだ選定者としては新人で、それで適正の無いユウヤ様の魂を間違えて選定してしまったんです! ごめんなさい!」


「……えぇ~……」


 実の所、勇也は少し嬉しかった。というのも、自分が長らく夢を見ていた「異世界転生」という物語に自らが選ばれた、と思っていたからである。しかし、目の前の少女は勇也を不要な人物と告げ、頭を下げている。この悲しい現実に、勇也はただただ頭を抱えることしか出来なかった。


「……それじゃ俺、これからどうなるの?」


「そのことなんですけど、私の不手際でユウヤ様をこのような事にしてしまったので、神様に御願いをしたんです」


「神様に、お願い?」


「はい。本来なら勇者の選定を受けなかった魂は輪廻転生の渦へ戻され、新たな命として生まれ変わるのですが、今回は私の不手際という事で元の世界へとお戻りいただくことになります」


「戻れるんだ」


「ですが、そのー。あのですね、選定した時に勇者としての適性が無いまま能力を付与してしまいまして……。一度付与した能力は戻せませんので、元の世界に戻ってもそのまま、なんです」


「……能力って、まさかさっきみたいなとんでもないジャンプ力……とか?」


「はい……。おおよそ地球の人間が持ちえない身体能力などを持ったままお戻りになることになります……」


「…………」


 勇也は深い悲しみに包まれた。自分が勇者として異世界転生できなかったこともあるが、それだけでは無い。もしそんな非常識な力を持ったまま地球へ戻っても、世間からは超人として奇異の目で見られ、研究や実験のモルモットにされてしまうのでは?と考えたからである。


「何とか戻らずに済む方法とかは……」


「すみません、ありません……」


「……解った。解りました。それで良いよ。なぁに、地球に戻っても能力を出さなければいいだけだよな! そうだよ、自然にしてればきっと大丈夫だ、うん!」


「そ、そうですよね! 私もユウヤ様がお戻りになっても守護天使としてお傍でお助けしますから!」


「え? ついてくんの?!」


「もちろんです! 私の不手際で今回のような事になってしまったので、不肖このリエリ=ガブリエリ、立派にお勤め果たさせて頂きます!」


「そう来たか~……」


 思いも付かなかった事態に再度頭を抱える事になった勇也だったが、事態は更に混沌を増していく。


「あ、すみません! いつまでもこの世界に不要な存在が居てはいけないので、そろそろお戻りになる時間です!」


「不要な存在って、そんなはっきり」


「あっ、すみません! でも本当にもう時間が無いんです。それじゃあ行きますよ、そぉ~れ!」


「え、ちょ、まだ心の準備できてな」


 勇也が苦言を言い終わる前にリエリが翼をはためかせると、リエリの身体からまばゆい光が発せられる。咄嗟とっさに目を瞑ると、勇也の身体は浮遊感に包まれていく。


「それではユウヤ様、あちらの世界でまたお逢いしましょう!」


 遠くでリエリの声が聞こえた。逢うったって、何処で、と言おうとしたが、勇也の意識はすぐに光に掻き消され失っていった。


――


「……う、うーん……」


 目が覚めると、白い天井が見える。どうやら元の世界に戻ったらしいことを確認すると、隣に人が座っているのが確認できた。


「あ、ゆ、勇也! 目が覚めたんだね! あぁ、良かった……!」


「……母さん?」


「あんた、学校の帰りに車に轢かれたって連絡があって、病院に運ばれて、もう三日も目を覚まさなかったんだよ! 良かった……、目を覚ましてくれて本当に良かったよ……!」


 病院。そういえば自分は事故に遭ったのだと朧気おぼろげに記憶を辿る。


「そっか、じゃああれは……夢、だったのか」


「母さん、先生を呼んでくるわね。いい? 動いちゃ駄目よ?」


「あ、うん。わかった……」


 ドタバタと走り出す母をベッドの上から見送り、溜息をつく。変な夢を見ていたものだ、と勇也は起き上がり窓の外を見る。


「?!」


 そこには宙に浮かぶリエリの姿があった。


「ユウヤ様、またお逢いできましたね! 今のユウヤ様ならすぐにでも回復されると思いますので、私はユウヤ様のお家でお待ちしておりますね!」


「はっ?」


 窓の外でにこやかに微笑み事も無げに待つと言い放ち、リエリは姿を日の光へと消し去った。そこで勇也はようやく気付く。


 そうか、俺は……。


「勇也、先生を呼んできたよ。……勇也? どうしたの?」


「母さん、俺……勇者になれなかったよ」


「……先生! 勇也は頭を強く打ちでもしたんですか!?」


「いや~、怪我は奇跡的に軽傷で済んでおりますし……検査が必要ですかねぇ?」


 病室の窓から日が挿し込み、眩しさに目を薄めながら勇也は、これからの生活はどうなるか、少し楽しみにもなっていた。


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