第11話 守護天使


その子供は上質だが簡素な貫頭衣を身に着けていた。それはつい先日までの私自身を彷彿とさせたが雰囲気はまるで違う。

子供は下唇を突き出すと、横柄な口調で言い放った。

「さあ、持ち場に帰るのですよ。余計な手間は取らせないでくだしゃい」


有無を言わせぬ口調。まるでそれが当たり前であるかのような。

あまりの横柄な態度に、私は思わずカチンときた。

「何、言ってるの?」


「……あい?」

「いつから私は、あなたの家来になったの?」

今度は目を丸くすると、その子は呆れたかのように肩をすくめる。


「……バグでしゅか? それとも自己保存本能が強すぎる個体でしゅか? いずれにせよ、いうことを聞かないなら『強制執行』するしかなくなりましゅ」

強制執行、という言葉の強さに、私は一瞬どきりとする。

「なによ、それ」


「戻るか、ここで消えるかの二択でしゅ」

子供は何もない空間から、いきなり大鎌を取り出す。自分の身長の何倍もあるそれを、子供は軽々と振り回すと私に切っ先を向けた。

「荒野の管理者からはなるべく穏便にと言われてましたが。さあ、選びなしゃい」


「ちょっ……」

「――ちょおっとまったー!!」

私とその物騒なお子様の間に、リオが立ちはだかる。


「こなみん、この子は人間だよ、だから攻撃しちゃダメ!!」

「……こなみん?」

「リオさんですか、ボクは今お仕事中です、邪魔しないでくだしゃい」


淡々という子供――こなみんは、だがしかしリオの言葉に表情を曇らせた。

「リオ、この子と知り合いなの?」

「うん、知り合いというか……この子はこのゲームの監理AIなの」


人手不足を補うため、補助としてAIを使うのはゲームの中も現実世界も同様らしい。

「でも、こんな受け答えするAIなんてあんまりみたことないんだけど」

「そりゃあね。あたしたちベータテスターが面白がっていろいろと教育しましたから」


えっへん、とリオが威張って見せる。

「リオさんを疑うわけではありませんが……ボクにはこのキャラクターがNPCにしか見えていません。なにか証拠があるのでしゅか?」

「ええーっ、あたしを疑うなんて……お姉さん悲しいーっ」


しくしく、とオーバーにリオが泣いて見せる。むむっ。

「昔はあたしの言うことになんでも『はい。はい』っていういい子だったのに。すっかり世間ずれしちゃって」

「ボクは仕事に私情は挟まない主義なのでしゅ」


なんていうか、かなり高度に洗練されたAIのようだ。

まあ、それはともかく。

「私がNPCに見えてるって、どういうこと?」


「そのままの意味です。あなたはNPCでこのゲームシステムの一部。そしてボクたちの部下でしゅ」

なにを当たり前のことを、という感じでこなみんは言い放つ。

「でも、私はちゃんとお金を払ってこのゲームをしているんだけど」


「それはあなたの記憶領域に保存された一種のバグです。その原因を突き止める必要もありましゅね」

私がバグだって? じゃあ今ここにいる『私』は一体誰だというのだ?

険悪なムードになりかけたところに、リオが再び割って入る。


「まあまあ。リコ、こなみんはね、壊された世界を修復するために天(運営)から遣わされた天使なんだよ~」

「へえ」

「その通りでしゅ」


「でね、こなみん。ここにいるリコは、例のバグ騒ぎの被害者なの。もう運営には報告済みのはずなんだけど……」

「うん」

「そうなんですか、でもボクはまだ何も聞いてましぇんね」


「だからね、ふたりともいい子だから、お姉さんの言うこと聞いて仲良くしましょ? ね? お願い♡」

「むり」

「これも仕事でしゅから」


リオは「はーっ」とため息をついてうなだれる。

「……まあ、誰もが一度は通る道だもんね、頑張ってね、リコ」

妙なことを言いながら、リオは私たちから距離を取った。






「どうしました? ボクはいつでもいいでしゅよ?」

「……」

言われなくても分かっている。私は初めて対峙した瞬間から、ずっとこなみんの隙を窺っていた。


結論から言うと、こなみんには微塵も「隙」がない。

もっと具体的に言うと、音がしない。気配がない。

発する言葉と視覚からの情報がなければ、そこに存在しているかもわからない、虚無の存在だった。


ただ頑丈なだけで隙だらけの赤竜などとはわけが違う。

今まで対峙した敵の中で間違いなく「最強」の相手だった。

「あ、ちなみにリコ」


「なに」

「こなみん、どんなダメージも一瞬で回復するから。気を付けてね☆」

「……リオ、ネタバレ禁止」


「てへっ、ごめんねー」

つまり、何をしても無駄だから、喧嘩はやめなさい、と言っているのだ。

そんなことを言われたら、ますます退けない。だってこれは、決して負けられない戦いなのだから。


「武器が欲しいな」

自然と言葉が出た。今は丸腰。短剣も猛毒も、部屋に置いてきた。

「武器? あってもなくても一緒でしゅ。あなたに勝ち目はありません」


そんなことはわかってる。今手にあるのは……握りつぶされた紙切れのみ。

武器。最強の相手を倒すための武器。つまりは、最強の武器。

今私が考えうる中で、最も攻撃力の高い武器。


ひとつ、思い当たった。

私は予備動作なしで跳躍しこなみんから距離を置くと、七言の短冊に願いを描く。

『じゅうがほしい』――それも最強のやつを。






かくして願いは叶えられ、それは形となって顕れる。

そんな隙を、こなみんがただ黙って見逃がすはずもなく。

――ガキンッ






金属音とともに、銃と鎌が交差する。

火花は散らない。共に最強の武器、刃こぼれなどおきるはずもない。

武器を挟んで対峙する両者。先に口を開いたのは――こなみんだった。


「……降参しましゅ」





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