第9話 居候


それからしばらくの間、私はリオの城で厄介になった。

私は眼の傷がある程度回復するまでいられれば良かったのだが、なぜかリオが私を引き留めたのだ。

それは別に私にとって、嫌なことではなかった。


「そう、それ多分、他のプレイヤーの仕業だわきっと。バグを利用して他人に迷惑をかけるのが大好きって人は、世の中にたくさんいるみたいだからねー」

「へえ」

私はリオと会話している間に、自然と言葉を発せられるようになっていた。まだ所々たどたどしかったが。


私はこのゲームのいろいろなことを、リオから教わった。

というより、私が知らな過ぎた、ということなのだろう。

どうも私には、「システムから切り離される呪い(バグ)」のようなものがかけられているらしい。


本来ならばゲームを開始した時点でどちらの選択肢を選んでも、いきなり荒野に行くことなどないんだとか。

ほとんどの人はその時点でゲームを諦めて運営に訴えるか、ゲーム自体をやめて出ていくかしているらしいのだが。

私はどちらも選ばなかった、稀有な一例なんだという。


「だからとってもすごいんだよ、あなたは」

「そう」

褒められているらしい。なら悪い気はしなかった。


このゲームの売りである「なんでもできる」は、言い換えると「どんなこともされる可能性がある」ということであり、

つまりそういう覚悟で臨まなければ、このゲームを楽しめない、ということになるのだろうか。

その小さな一例が私であり、大きな例で言うとこの世界はすでに何回も壊されかけているんだとか。


「ベータテストでね、いきなり核兵器を作って作動させた連中がいて」

「はは」

それはさすがに、笑うしかない。


「運営に苦情が殺到したらしくてね、すったもんだの挙句に今の文明レベルにまで落ち着いたみたいなんだけど。……またやるんじゃないのかなー、あのマッドサイエンティストたちは」

「ふれ?」

「ん? フレンドかってこと? ちがうよ、たまたま現場にいて教えてくれた友達がいてね。あたしはずっとここで作業してたから、その惨劇からは回避できたんだけど」


なるほど。つまりここは核シェルター並みの強度がある、ということなのだろうか。いや、不意にこの場所に飛ばされたから、もしかしたら魔法の類なのかもしれないが。

私が空を見上げたからか、リオは私の考えを察したようだった。

「この空間はあたし個人のものでね、外部から何をしてもあたしの許可がないと入ることはできないの」


入ったときと同じように門から城を出れば、外の世界に出られると教えてくれた。ちなみに城の外に見える街は今増築中で、ゆくゆくはそちらにも行けるようにするんだそうな。

「すご」

「ありがとう。あなたも気が済むまでここにいてくれたらいいからね」


来る人拒まず、か。それはそれで、問題がある気がする。

「あの、男は……?」

「あの男? ……あー、あの人はただの初見さん。荒野の主さんが来るからって待ってたみたいだけど、まさか彼がハンターだったとは思わなかったの。ごめんなさい」


初見? 荒野の主? ハンター?

リオの言葉に疑問を抱くが、言葉にして聞き返すのも面倒だった。

「そう」


「でも、システムメッセージも届かないんじゃ、いろいろと不便ね。あたしから運営の方に不具合報告したいんだけど、構わない?」

「うん、あり」

がとう、が続かない。


だが私の返答に、リオは笑っていた。

「うん、あとあなたの服とかにおいとか、いろいろ気になるからあたしの城を使ってね。悪いようにはしないから」

「はい、あり」


私は客間の一つを与えられ、数日を過ごした。

不思議なもので文明人として他人と一緒に生活をすると、考え方も元の世界の「私」に近いものになっていた。

体を洗い「服」に袖を通す。私がすっきりとした気分でリオの前に姿を現すと、


「わあ」

とリオはちょっと驚いていた。

私の周りをくるくると回り、値踏みする。獣が警戒しているというより、愛犬が走り回っている様子を私は思い描いていた。


「……どう、変?」

「ううん、すっごくいいと思う。似合う似合う!」

リオが手を叩く。レース付きの手袋と揺れるスカートが目に飛び込んでくる。


同時にここが城の中であること、荘厳な装飾と揺れる灯り、豪華な内装の室内に今私と彼女が二人でいることを改めて意識する。けたたましい獣の叫びも、自然のざわめきも、ここにはない。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


私は獣ではない、人間だ。

だから、ちゃんとしなければならない。まずしなければならないこと、それは。

「私はリコ。助けてくれてありがとう」


リオが目を丸くする。

お辞儀をした私に、リコはスカートの端をちょんとつまんだ。

「いえいえ、どういたしまして。あたしはリオ。この城の城主です」


「しってる」

私たちは顔を見合わせると、笑いあった。

「ちゃんと話せるようになったのね、よかった」


リオは何もない空間から半透明のタブレットを取り出し、続けて操作した。

ピコピコ、と小気味良い音とともに、大きなプレゼントボックスが現れる。

大きさの割に質量のないそれを、リオは私に「はい」と渡す。


「運営からのメッセージカードとお詫びの品みたい。中にいろいろ入ってるみたいだから、後で確認してね」

「うん、良かったらリオも一緒に見ていて」

私はプレゼントの中身を空けた。






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