第8話 レッスン場へ行きました その1

 食事を終えた一行は一度事務所に戻った後、プロデューサーの運転する車でレッスン場へと向かっていた。

 サーシャは初めて乗る自動車にテンションを上げ、横で録画をしていることりのことを気にすることなく、窓から見える景色に歓声をあげている。


「サーシャちゃんさっきから楽しそうだね」

「凄いですよ、馬車より速いとか揺れないとかもそうですが、横から景色が見えるというのが凄いです。馬車だとほとんど後ろしか見えませんでしたから」

「自動車でこれだけはしゃぐとなると、電車や飛行機に乗った時のリアクションが楽しみだねプロデューサー」

「反応が新鮮だからその辺で売り込めたらいいんだがな」

「電車はプロデューサーさんと会った場所の橋の上を走ってるという乗り物でしたよね、飛行機はどんな乗り物なんですか?」

「さっき帰る途中に飛んでるの見てただろ? ビクッてなってたやつ、あれが飛行機だ」

「見てたんですか……ルフにしてはおかしいと思ったんですが、あれが乗り物だとは思いませんでした」

「ルフって?」

「象をわしづかみにして雛の餌にすると言われるぐらいクソでかい鳥だ」

「なにそれ怖い」

「この世界にはいないけどな、元からいないのか、気候の変動に耐えられなかったのか、人間が食い尽くしたのかはしらんが」


 などと話している間に目的地であるビルに到着した。地下の駐車場に車を止め、奥のエレベーターから1階に昇った後、通路の奥にあるリーダーにカードをかざして扉から中に入った。


「今回は俺のを使ったが、自分のカードが出来上がったら、俺がいない時でもこの施設に来て利用することができる。その時はあっちの正面玄関から入ってくれ。あとこいつで身分証明もできるようになってるから肌身離さずに持って、失くした時はすぐに俺に言うように」

「はい、わかりました」


 プロデューサーは受付を済ませると緑色の服を持って二人のところに戻ってきた。


「サーシャ、この施設はいくつかの事務所が合同で使用していて、それぞれに違う色のトレーニングウェアを着ている。ある程度売れてくると自分だけのウェアを着るのもいるが……ある程度の目安にしてくれ。ことり、更衣室で空いてるロッカーに案内してやれ。あと鎖帷子はロッカーに入れておけよ」

「えー」

「えーじゃない、それを着るのは基礎トレの時だけだって言ったろ? いいから着替えてこい」

「はいはい、わかりましたよー、行こっサーシャちゃん」

「はい、では行ってきます」


 軽くふてくされたことりはサーシャの手をひいて更衣室へと入っていった。



「プロデューサーお待たせー」

「遅くなりました」


 緑色のトレーニングウェアを身につけた二人が、更衣室から出てきたのを確認して、プロデューサーはコーヒーを飲み干し、ベンチから立ち上がって紙コップをゴミ箱に放り込んだ。


「着心地はどうだ? 大きいとか小さいとかキツイところがあったりは無いか?」

「特に苦しいところもありませんし、凄く動きやすいです」

「そうか、それならことりのレッスンまで時間があるから、レッスン場を案内しよう」


 着ている服のサイズが合っていることを確認したら、サーシャを連れて階段を昇って行った。ちなみに、ことりはすでに二段飛ばしで先に進んでいる。

 2階に昇ると、エレベーターホールで休憩しているアイドルたちと挨拶をかわして、両側に扉が並ぶ廊下を歩く。


「ここは個人用レッスン室のフロアだ。部屋の照明を付けると扉の横のランプが付くようになっている。ランプの消えている部屋はいつでも使ってもいい」


 プロデューサーはそう言うと、二人を連れて空き部屋の一つに入り電気を付けた。部屋は板張りのやや大きめの部屋で、正面に大きな窓、奥の壁の一面は鏡張りとなっていた。


「ここは防音になってるから大声で歌おうが、コイツみたいにはしゃごうが、外に音が漏れることは無い。ていうかテメー! 暴れるんならストレッチしてからにしろ! じん帯切っても知らねーぞ!」


 部屋に入ったとたんに「ヒャッハー!」と叫びながら拳法の型ともダンスともつかない動きをしていたことりは、プロデューサーに叱られて渋々ストレッチを始めていた。


「とにかくだ、ここでは歌やダンスの練習をしたり、劇の稽古や台本読みをしたり、好きに使っていい。楽器を持ち込んで練習してるヤツだっているぞ」

「プロデューサーさん、向こうの建物からこの部屋が見えているみたいなのですが大丈夫なのですか?」

「ああ、あの窓はこっちから外は見えるが、外からこの部屋は見えないようになってるんだ。どうしても気になる場合はカーテンを閉めればいい」

「大きな音をたてても廊下に音が響かなかったり、外から見えない窓があったり、この世界は魔法が無いのにそれ以上に不思議なものがたくさんあるんですね」

「発達した科学は魔法と変わらないって言葉があるぐらいだからな。魔法が使えない代わりに同じことが出来るように頑張った結果……ってところかな。さて、ことりー! そろそろ上に行くぞー!」


 二人が話し込んでる間、鏡の前でダンスを踊っていたことりを呼び寄せる。ことりは大きく深呼吸をして息を整えると、ふたりのところに走ってきた。


「ちょっと踊っただけで息切らしてるようじゃまだまだだな。もっと走りこんでおけ」

「息切れてないし、全然平気だし」

「はいはい、わかったわかった。3階はユニット……大人数で使用するためのレッスン室、4階はトレーナーが付いてレッスンを行うトレーニングルームになっている。大体似たような部屋だから、そこは飛ばして次は5階にいくぞ。サーシャは出るときに照明を切っていってくれ」

「はい、わかりました」


 サーシャが恐る恐るスイッチを切って、照明が消えたのを確認した後三人は5階へと向かった。

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