第7話 食事に連れて行ってもらいました

「レッスン前に昼飯食いに行くか、ことりもそのつもりで来たんだろ?」

「へへっゴチになりまーす」


 12時30分を過ぎ、プロデューサーが昼食の提案をする。待ってましたとばかりにことりが返事をし、事務所に来る前にプロデューサーに買ってもらったスポーツドリンクしか口にしていないサーシャは、返事をする前に腹が鳴った。


「二人から元気な返事が聞こえたところで、一旦荷物を置いてファミレスにでも行くか。サーシャは宗教上の理由とか好き嫌いとかで食べられないのはあるか?」

「うぅ……好き嫌いをしていたら冒険者としては生きていけないので……食べるのを制限している神様も聞いたことは……」


 サーシャは恥ずかしさのあまり顔を赤くして、俯きながら呟くように答える。会議室を出て、事務所に来ている他のアイドルに鎖帷子を自慢することりに早く来るよう促して、近所のファミレスへと向かう。


「暑いな……サーシャは向こうでどんなのを食べてたんだ?」

「普段は煮込み料理とか肉料理が多いですね。冒険中はパンとか干し肉とか……あとは果実を採ったり、襲ってきた動物を倒して食べたりもしてました」

「そういう話を聞くと本当に冒険者なんだな。煮込み料理ってことはスプーンはありそうだな。まぁ箸は無いだろうけど、フォークやナイフはあったのか?」

「スプーンは使ってましたがそれ以外は骨を持って食べたり、つまんで食べるものが多かったですね。箸はよくわかりませんが、ナイフとフォークは貴族の家で食事をしたときに使い方を教えていただきました」

「なるほどな、その辺りが使えるならまず問題はないか……ことり! 危ないからはしゃぐな!」

「ちゃんと前見てるから大丈夫ですー」


 身振り手振りを交えてプロデューサーとサーシャは認識のすり合わせを行う。ファミレスに到着し、しばらく順番待ちをした後、席へと案内された。


「1500円までならなんでもたのんでいいぞ」

「えー、デザートも食べたいー」

「日替わりランチとかハヤシライスとかあるだろうが」

「ボク今日はミックスグリルの気分かなー」

「ふざけんな、自腹で払わせるぞ。今日お前に奢る予定無かったんだからな」


 言い合いをする二人の横で、数字を教えてもらったサーシャが名刺を片手にメニューの写真とにらめっこしていた。

 結局ことりは和風ハンバーグランチとパンケーキ、サーシャは普段食べているものに近いビーフシチューセット、プロデューサーはとんかつ定食を頼んだ。


「これ何度でもおかわりしていいんですか!?」

「全種類飲み比べしてもいいぞ」


 飲み放題のスープバーに感動したり


「この形を覚えておけ、きれいな形で箸が持てていると、それだけでも仕事の幅が増えてくる」

「わかりました、がんばります!」


 箸の持ち方を教えてるうちにそれぞれの頼んだものがテーブルに並べられた。教えてもらったことを実践するべく、サーシャは箸でシチューの肉を口に入れる。


「これは……結構味が濃いですね。それにこんなに柔らかいお肉は初めてです。それはそれとして……こんなパン貴族や王族の方が食べるものですよ。私が食べてしまっていいんでしょうか?」

「サーシャちゃん逆に考えるんだ、貴族や王族はもっと美味しいパンを食べていると……知らないけど」

「まぁこの国に貴族はいないけどな。とりあえず少しおかわりしたぐらいじゃ店は損しないように出来てるんだから安心して食べろ」

「サーシャちゃん、ボクのハンバーグ一口あげるからシチュー一口ちょうだい!」

「ありがとうございます、では一口いただきますね」

「はい、あーん」


 一口に切ったハンバーグを差し出され、サーシャは戸惑いながら口に入れてもらう。


「不思議な味のソースですね、それにお肉をこんな風に食べるなんて想像もつきませんでした。ただ……美味しいんですけど少し物足りないというか……」

「今まで食べてた肉に比べて匂いや野性味が足りない?」

「そう、そんな感じですね」

「なるほど……この国は特になんだが、臭みやクセが少ない方が一般的にいいものとされている。野生の動物の肉を出しているところもあるが、いかに臭みを減らすかに苦心している印象があるな。まぁ、いろんな国のいろんな食べ物が集まってるから、どこかに口に合うものがあるだろ」

「サーシャちゃんサーシャちゃん、あーん」


 次は自分の番とばかりにことりが口を開けて待ち構える。サーシャはぎこちなく箸を使って肉を掴もうとするが、それをことりに止められる。


「違う違う、そのパンをちぎってー、シチューにつけてー、あーん」


 サーシャは言われた通りに、パンをシチューにつけてことりの口に入れる。


「んーおいしー、サーシャちゃんもやってみ?美味しいよ」

「こんないいパンをこういう食べ方で……なるほど、こう食べることで丁度いい味になるんですね」

「すっかりパンのトリコだねぇ、今度ボクと一緒にパン屋行こ! きっとサーシャちゃんビックリして目を回すよ」

「本当ですか? 楽しみです」


 その後もプロデューサーのカツやご飯を一口貰ったりしながら食べ物の話で盛り上がっていた。



「そういえばサーシャ、お前ってどうやってこっちに来たんだ?」


 あかりのパンケーキが来るまでのちょっとした間に尋ねたプロデューサーの疑問に、サーシャは前の世界でのパーティのこと、ドラゴンと戦って倒したこと、油断をして死んでしまったこと、女神から試練を受けるように言われてこの世界に来たことなど、プロデューサーと出会うまでの話を二人に伝えた。


「マジか…………この世界神様本当にいるのかよ、いるんならもう少し神のご加護ってのがあってもいいだろ」

「えっ!? そっち? こんな可愛いアイドルいるのにまだ何か欲しいの?」

「そうはいってもお前らと出会ったのは、神のご加護じゃなくて運命ってやつだしな」

「ふふっ……シルヴェリア様も『英雄であろうと魔王であろうと運命には抗えない』と仰ってました」

「そうか、神様がそう言ってるんなら間違いは無いな、それにしてもドラゴンを倒すとかお前ら強かったんだな」

「ドラゴンと言ってもまだ200年ぐらいの若い個体でしたので、私たちでもまだ何とか……」

「サーシャちゃん今まで大変だったんだね、さぁさぁパンケーキ食べな、ハチミツたっぷりで美味しいよー」



(もっとも……出会いはともかく神のご加護は本当にあるっぽいんだよな……どこの誰ともわからん娘の戸籍関係を、気にしなくても何とかなると実感できてるし……)


 幸せそうにパンケーキを分け合う二人を眺めながら、プロデューサーはぼんやりと考えるのであった。

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