第5話 先輩がやってきました
「プロデューサーおはようございます!」
返事をするよりも早く、ショートカットの健康的な少女が飛び込んでくる。
「ことり、お前レッスン昼からだろうが……いくらなんでも早く来すぎだろ」
「いやーなんかTLにプロデューサーがナンパしてるのが流れてきたからさ、あの人がボクの後輩かな?」
「ナンパ言うな……」
ことりは呆れるプロデューサーを素通りしてサーシャに近づき、彼女の手を取って元気よく挨拶した。
「おはよっ! ボクは長谷川ことり16歳! こう見えてもれっきとした乙女! ことりって呼んでねっ!」
「おはようございます。えっと……サーシャです。18歳です」
「うわぁ! お姉さんなんだ! 凄い綺麗! プロデューサー、どこから拉致ってきたの!?」
「ことり、ステイ。あと人聞きの悪いことを言うな」
プロデューサーはテンションが上がったことりを片手で抱え上げ、勢いに飲まれて固まるサーシャから引き離す。
「それでサーシャさん。どこの国から来たの?」
「はい、プログレア王国から……でいいんでしょうか?」
「……プロデューサー、プログレアってヨーロッパのどの辺?」
ことりは抱えられたままプロデューサーに尋ねる。地理に詳しくないなりにサーシャの外見からヨーロッパにあたりを付けたのだろう。しかし、優しく降ろされながら聞いた返答は、
「たぶん地図探しても載ってないと思うぞ、たぶん異世界にある国だろうから」
という理解の範囲外のものだった。
「んー……? あっ、そういうキャラで行くってこと?」
「いや、たぶんガチ。せっかくだからアイドルとしてはそのキャラ付けでいくつもりだけどな」
「大丈夫? 過労か何か? 異世界なんてあるわけないでしょ」
訝しげな顔で額に手を当てることりの手を、ペシンとはたき落としてサーシャを持ち上げて立たせる。流れについていけないサーシャは為す術もなく立たされた。
「逆に聞くがな? このクソ暑い中、コミケでもハロウィンでもないのにこの格好で、腰に使い込んだフレイルぶら下げて突っ立って、見たことない文字を書くヤツをどう説明付ける?」
「アイドルになるためのキャラ付け……とか?」
「だとしたらむしろ天才だろ。ついでに言っておくとコイツアイドルが何やるか知らなかったからな」
「そんな人いるんだ……じゃあ異世界から来たってのも本当かも」
学校の部活やインディーズのアイドルを含めて、百万人はいると言われる大アイドル時代。そんな中アイドルを知らないという衝撃が、ことりにとって大きな説得力となっていた。
「サーシャちゃん! この世界のこともアイドルのこともボクが教えてあげるからさ、わからないことがあったら何でも聞いてよ!」
「ありがとうございますことりさん、よろしくお願いします」
「お前も芸能界はほとんど詳しくないだろうが」
感極まってサーシャの手を掴みブンブンと振り回すことりにプロデューサーは頭を抱える。
「まぁいいや、丁度いいからサーシャにトイレの使い方を教えてやってくれ。あと衣装室に行って服を何着か見繕って、サーシャを着替えさせてやって欲しい。さすがにその服で外に出るのは無茶があるからな。今着てるのは紙袋に入れて持って帰れよ」
「はい、わかりました! 行こっサーシャちゃん!」
「は……はいっ、では行ってきます」
サーシャはことりに引っ張られバタバタと部屋の外へ出ていった。
(ウォシュレットの使い方は後回しにするように言っておいた方がよかったな)
当面の間の連絡用にと事務所のスマホを用意していた時、事務所中にサーシャの悲鳴が響き渡っていた。
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