第4話 契約することになりました

 出会った場所から20分ほど歩いたところで一棟のビルに入り、エレベーターで5階に行くと目的地である中堅アイドル事務所、エトワールプロダクションに到着する。

 中に入って事務員から鍵を受け取るとサーシャを連れて会議室に入った。


「そこに座ってくれるかい?あと、汗だくだけど大丈夫か? 寒いなら少し温度を高めにするけど」

「温度調節の魔法が使えるんですか?」

「いや、俺は使えない。コレを使ったらアレが温度を上げ下げしてくれるだけだ。原理とかはよくわからんから俺に聞かないでくれ。で、どうする?」

「じゃあ少し上げて下さい。さすがにちょっと冷えてきたので」

「ん、わかった。もう少ししたら落ち着いてくると思う」


 リモコンでエアコンを操作した後、サーシャの向かいに座り、さて……と呟いた後。


「やっぱりそっちの世界ってエルフとかドワーフいるの?」


 事務所に来るまでサーシャから、車やスマホ等について質問攻めされたお返しとばかりに、清水はサーシャの世界について質問をし返した。


「なるほど……ドワーフの女性は背の低いおばちゃんみたいな感じなのか」

「少なくともヒゲが生えてたり、成人しても子供みたいってことはないですね」

「聞いてみるもんだなー、そういえばそっちは時計ってあるの?」

「貴族の方や豪商の家では見かけましたね。でもほとんどの人には必要ないですし、持ってる人もインテリアとして……という感じでした」

「じゃあ今何時かわかる?」


 清水は自分の後ろ壁にかかっている時計を指さし尋ねてみる。


「数字があってるなら……10時50分ですか?」

「げっ! もうそんな時間かよ……ちょっと話し込みすぎた」


 自分の腕時計で確認して顔をしかめた後、サーシャにペンを渡す。


「さっきの紙に1から10まで書いてみてくれないか?」


 名刺に書かれた文字を確認したら、返してもらったペンで文字の下に書き込みをした。


「こっちがこの世界共通で使われてる1から10、これがこの国のだ。どっちも重要だから覚えとけ。で、こっちが『サーシャ』お前の名前だ。あと、こいつをやる」


 清水は腕時計を外すと、名刺と一緒にサーシャに渡した。


「そんな! いただけません!」

「いいから気にすんな、この国の必需品だ。それが嫌なら自分の腕時計を買ったあとで返してくれてかまわない」

「ありがとうございます……そういうことならいただきます」


 サーシャの手首に腕時計をつけてあげるが、彼女の細い手首にはやや大きかったようだ。


「やっぱ後で返してもらった方がいいかな……まぁいいや、ちゃっちゃとビジネスの話をしよう」



 清水は自分の机に戻って資料や書類を用意して、サーシャの前に並べる。


「そういえばサーシャ、お前って住むところあるのか?」

「いえ……宿屋があればそこにと思っているのですが……」

「宿屋なぁ……なくはないが高いぞ? それに安宿があってもここの金持ってないだろ」


 指摘を受けて頭を抱えるサーシャを見て、しばらく考えた後、書類に書いてある契約内容や給料、待遇について読みあげる。


「大体こんな感じのことが書いてある。本当は全部話し終わった後に聞くつもりだったがどうする? うちと契約するか?」

「はい、アイドルの仕事がどんなものか気になってますし、清水さんは信用できる方ですから」

「……お前大丈夫か? すごいあっさりと騙されそうなんだが」


 悩みに悩んで出した提案をあっさりと飲み込まれ、清水は呆れた表情をする。


「失礼な!? これでも人を見る目はあるんですよ! センスライも使えますし」

「え? 使ったの?」

「いえ、使ってませんけど……使ったら信用してないってことになりますから」


 気を取り直してサーシャの前に一枚の書類を置く。


「これが契約書だ。とりあえずここに名前と年齢だけ書いてくれ。もちろんこっちの文字でな」

「わかりました。ここですね」


 名刺の裏に書いてある文字を参考にして、ゆっくり名前と年齢を書いていく。それを確認し、住所や電話番号の欄を埋めた後、清水はスマホをを取り出しどこかに連絡する。


「お疲れ様です、清水です。寮の空き部屋は……はい、今日から……では夕方に……あと、ひらがなカタカナと小学生の漢字ドリルを……はい、会話は普通にできるんですが……はい……たぶん家電の使い方もわからないと思うんで……その辺は大丈夫です。たぶんそういうことになることは無いかと……ありがとうございます。では失礼します」


 電源を切って一息つくと、親指を立てて笑顔をサーシャに向ける。


「とりあえず住むところはなんとかなった。まだ色々とやらなきゃいけないことはあるが、一つ一つ片づけていこう」

「ありがとうございます!」


 この世界に来て早々路頭に迷うことが無くなり、ホッとした表情でサーシャは頭を下げる。


  コンコンコン


 ノックの音に反応して返事をする前に、快活な声とともに少女が飛び込んできた。



「プロデューサーおはようございます!」

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