第3話 異世界に転移しました
暑い……そしてうるさい……
異世界に降り立った最初の感想がそれだった。
今まで火山や砂漠など暑いところに行ったこともあったけど、それとは質の違う暑さ……空気が纏わりついてきて気持ちが悪い。エルフが見たらどんな精霊が見えるんだろう? 温度調節の魔法は使えないから我慢するしかない。みんな元気かな……自分のせいで私が死んだなんて落ち込んでなきゃいいけど。
人が多い、王都でもここまでの人はいなかった。通行の邪魔になってっるっぽいし日陰に避難しよう。ちょっと涼しい。塔……じゃないみたいだけど高い建物が並んでる。ガラスでできた建物? どうやって建ってるんだろう? 私の姿が映ってる。腰まである銀髪に碧の瞳にいつもの服装。本当に死ぬ前と同じ身体なんだ……こっちの神様ありがとう。シルヴェリア様に名前を聞いておけばよかった。そういえばクエストが終わったら髪を切ろうと思ったんだっけ……どこか切ってくれるとことあるのかな?
人の大きさは向こうとほとんど変わらないみたいだけど、髪の色や格好は全然違う。通り過ぎる人たちがチラチラと私を見てる。覗き込んでたりこっちに向けてきている小さい板は何なんだろう? 喋ってる内容は理解できるけど、文字は理解できないっぽい。『最低限の支援』はこれのことだろうか。どうせなら文字も読めるようにしてほしかった。カワイイとかキレイとか聞こえてくる気がするけど聞かなかったことにしよう。
人が歩いてる奥の道に人が入った金属の四角い箱が並んでいる。規則正しく動いたり止まったりしている。遠くにある緑や赤に光ってるやつの指示に従ってるのだろうか? わしゃわしゃと木が鳴いている。みんなうるさくないんだろうか? たぶんこの世界では普通のことで、もう慣れてるんだろうな。
道路と水平に建っている長い橋の上から時々ゴウゴウと音が聞こえる。何かがすごいスピードで走っている? 何がいるんだろう? 何人もの人が地下への階段を出入りしてる。ダンジョン?……じゃないな、ドワーフの地下通路みたいなのがあるのかな?
一通りあたりを見渡してこれ以上情報を得られそうに無かったので、とりあえず動いてみることにした。
できるだけ日陰に入るように人の流れに乗ろうとしたところで不意に声をかけられる。
「えーっと……えくすきゅーずみー?」
「はい、なんでしょう?」
声をかけてきた方に振り替えると、やや息を切らせた男性が立っていた。着ている服は周りにいる人たちと同じだが、顔立ちや雰囲気はどちらかというとギルドでよく見る冒険者に近く、サーシャは少しだけ緊張を解いて応じた。
普通に会話ができることに驚いた男は、サーシャに名刺を差し出しながら要件を切り出す。
「ちょっといいかな? 俺はこういう者なんだけど、アイドルに興味ない?」
「……ごめんなさい、ここに書いてある文字がわからないんです。あと……アイドルってなんですか?」
拒否されることを想定して次の言葉を用意していた男は、予想外の返答に軽く戸惑いを覚えるが、彼女の全身をじっくり見てしばらく考え事をしたあと、ペンを取り出してサーシャに渡す。
「さっき渡した紙の裏にキミの名前を書いて俺に見せてくれないか? いや、名前が嫌だったら好きな言葉でいいんだ」
「あっ、はい。わかりました」
サーシャは名刺の裏に自分の名前を書くと男にそれを見せる。
「ルーン文字……とも違うな……なんだろう? これは何て書いてあるんだい?」
「サーシャ、私の名前です」
「サーシャか、いい名前だ。名字……ファミリーネームは何て言うの?」
「私は平民の出なので名字は……」
申し訳なさそうにしているサーシャに「なるほど……」と呟くと何かを納得したように男はペンを貰い名刺を返した。
「アイドルとは何か……だけど、ようは自分の魅力を武器に時には吟遊詩人として、時には踊り子として、時には役者として楽しませる仕事だ。そして俺はそんなアイドルを磨き上げ、売り出す仕事をしているプロデューサーの清水誠。あ、名刺のここの部分が俺の名前な。そしてこの部分が『エトワールプロダクション』ギルドみたいなものだと思ってくれ」
一つ一つ指さしながら丁寧に教えていく。そして一息ついたところで、
「ていうかその格好暑くない? 続きは涼しい事務所で話そうか。人が集まってきて通行の邪魔になってるっぽいし」
すでに暑さが限界に来ていたサーシャはその魅力的な提案に強く頷いた。
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