『後日談』


     2.


 年が明けてしばらくしたある日、りりすちゃんは復帰した。冬休みに入ったくらいで目を覚ましたのは話として聞いていた。その後の体調改善やらリハビリやらを終えて、年明けにして冬休み明けに彼女は復帰した。

 復帰から一週間くらい経過した一月十五日の水曜日。

 帰ろうと校門にやってきたところにりりすちゃんが立っていた。

「奇遇ですね、定刻せんぱい。一緒に帰りましょうよ」

「いいよ」

 僕らはふたり並んで階段を降りる。

 設けられた手摺りをりりすちゃんは使っていた。どうやらまだまだ歩くのは不安定みたいだ。なにぶん頭に負った外傷だからしょうがない。

 僕はというと、手摺りを使っていない。やはり手摺りを使わずに降りる癖がついているからだろう。

 左右、そして真ん中に設けられた手摺り。

 この真ん中の手摺りを挟んで僕らは階段を降りる。

「…………」

「…………」

 階段を半分くらい降りるまで無言だった。

「……何か、僕に言いたいことがあったから待っていたんじゃないの?」

 痺れを切らせて、僕から訊ねた。

「ええ。その通りです」

 普段とは違い、えらくテンションが低い。

「では、単刀直入にお話していきますけど、桜庭高校の七不思議。この七不思議を流したの――いえ、定刻せんぱいですね」

「…………」

「定刻せんぱいは疋田せんぱいや榊坂せんぱいなどとも交流がありましたし、その辺りで少しでも話題を出せば広まりやすいですし、ほかにもとか、話題として話を振れば、まさか今話している相手が発祥とは思わない。雑談と雑談の間に混ぜることで、まさか、話は憶えているけど、誰から聞いたかが曖昧な状況で印象として残る」

「…………」

「当然残らない者もいますけど、これを繰り返していけば、いつの間にか話題として広がっていって、ひとりがその話題を出せば私も知ってる、私も聞いたことがあると、広まっていきます。『友達の友達から聞いた』――『フレンド・オブ・ア・フレンド』、いわゆるFOAFです。こうして話題が広まっていき、いつしか桜庭谷高校の七不思議は定着しました」

「…………」

「ですが、定着しただけでは、こんな殺人事件は起きません。どうしてこんな殺人事件が起きてしまったのか――それも定刻せんぱい、言い方は悪いですが、あなたのせいですね?」

「…………」

「たとえば――七不思議のひとつにある『終わらない階段』ですが、通学中や帰学中に下校時間が過ぎた辺りで突き落とせば目撃者もいない状態で対象者を殺せるとかって話を誰かとすれば、周りにいる誰かが聞いているかもしれない。そしてその聞いていた者たちを通じて話は広まっていく。こんなふうに殺す術を幾つか提供していけば、それこそ雑談と雑談の合間に提供していけば、殺意を抱いたときに行動として無意識に移しやすい。しかも丁度、お誂え向きの噂も流行していますし、取っつきやすい」

「…………」

「それが実るかどうかは別として、殺人を起こしやすい状況にあったのは確かです。七不思議という見立てがあって、それに近しい殺し方ができるヒントが所々に散りばめられていて――そこで殺意を抱けば、誘導させやすいですよね」

「言ってることはわかるよ。でも、どうしてそれが僕の所為なんだ? そんなこと、誰にだってできることじゃないか」

「じゃあ、これも追加しましょうか? 去年の殺人未遂事件に、中学生の苛めを」

「…………」

「まず、今回の連続殺人事件――結果的に連続殺人事件になってしまったみたいですけど、定刻せんぱいが殺したかったのって中河友二だけですよね? 中河友二が殺されやすい盤上に整えた。定刻せんぱいは排除したかったのは中河友二だけでほかの者はほとんど巻き添えを喰らっただけ――と私は考えました。どうですか?」

「概ねその通りだよ」

 りりすちゃんが言う通り、僕の目的は中河友二が殺された瞬間に完遂している。

 残りの事件と言い、僕やりりすちゃんが殺されそうになったのは、ほとんど連鎖的なもので偶然のものだった。僕が想定していたのは中河友二が殺されることと、そのほかに巻き添えを受けて数人が死ぬくらいだった。

 だから一連の七不思議として揶揄された事件。

 りりすちゃんは僕にこう言った。

 ――まだ終わっていない、と。

 言った時点で、事件は終わっていた。

 だけど、まだ七不思議という噂は生きていた。

 文化祭での、風水と春子さんの思わぬ再会によって、思わぬ形で事件が起きた。

「では、順番に過去の事件も紐解いていきますね――翁系せんぱいから伺った去年起きた殺人未遂事件、定刻せんぱいはこの殺人未遂者を相当嫌っていたみたいですけど、この事件のときは殺すのではなく、殺人犯として学校から追い出すことにした。周りから殺される役よりも殺す役のほうが適役だと判断した。だから、殺しやすい状況を整えたのではなりませんか? とはいえ、当時のことは何も知らないので――入学していないので、どうにも情報を参照するのは難しいですが、どうですか?」

「……そんな感じだよ」

「そうですか。では最後に風水水海と秋冬春子を交えた苛めの件について」

 締め括るように話す。

「定刻せんぱいは、風水水海を除くほかふたりを消したかった。違いますか?」

「違くないよ」

 だから苛められる環境を整えた。

 風水水海は、巻き添えだった。

 巻き添えで苛められて、そして巻き添えで殺された。

 これは春子さんにも言える。

 秋冬春子も、巻き添えだった。巻き添えで加害者になり、そして罪悪感に殺された。

 僕とて必要以上の犠牲を出したいわけではない。だから加害者として大きな罪を背負う前に、被害者として大きな傷を背負う前に――ふたりの仲を何とかした。

 それでも。残した傷ばかりは消えなかった。

 だからこうしていつつ目の事件が起きた。

「……定刻せんぱい」

「ん?」

「今回の件で、新たな人の殺し方――殺人方法を知りました。この方法なら罪に問われることはない。七不思議の噂を作ったことも、流行を作るのとやってることは変わりませんし、仲を悪くしたことも、人間関係を構築する以上は避けて通れない道ですし、殺人方法を話すことは――まあ、悪いことではありますけど、罪に問われるようなことではありません。そもそも本人たちが誰から聞いたのか憶えていなければ、証拠になんてならないんですから――だから正式に宣戦布告させていただきます」

「……宣戦布告?」

 階段を降り終わったところで、りりすちゃんは降り切る僕の前に立ちはだかった。

「私がいる限り、あなたにこれ以上の殺人誘発を行わせることはありません。どんな芽も摘んでみせます。もしも、殺したい人間がいるなら、まずは私を殺してみることです」



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