後日談
『後日談』
1.
県立桜庭谷川高等学校連続殺人事件は解決した。あの事件に身を投じていた僕の脳裏には、ひとつの素朴な疑問が浮かび上がる。
まるで、算数でもしているみたいに。どうしてあんなふうに人を殺すことができるのだろうか。
「――さあね。人を殺したいって人の気持ちはわかっても、人を殺した人の気持ちばかりはわからないわね」
僕の問いかけに対して至織先輩は答えた。
そんなわけで、最初の会話に行き着いた。
十二月二十四日、火曜日。クリスマス・イヴ。
いつものファミレスに僕と衣織せんぱいは一緒にいた。クリスマス・イヴにファミレスとは言え、一緒に食事。
とはいえ、別に付き合っているわけでなければ、付き合いたいわけではない。
それはさておき。
「『窓の外を歩く生徒』、『終わらない階段』、『あの世と繋がるトイレ』、『体育館の人体模型』、『血だまりの池』――とまあ、実行された七不思議はこのいつつだったわけだけど、残りのふたつってなんだったの?」
「残りのふたつは『人食い校舎』と、『詳細不明』です」
僕は答えた。
「ふーん、詳細不明ね。どうして詳細不明なのかは後々聞くとして、人食い校舎について教えてもらっていいかな?」
「いいですよ――遅くまで学校で遊んでいると、学校から出られなくなって取り込まれてしまうというものです」
「ふうん、よくある七不思議だね。詳細不明に関しては――そうだね、別にいいや。聞かないよ。わかったから」
「そうですか」
「じゃあ、まずは明確にしておきたいことなんだけど、風水水海ちゃんが殺された事件の犯人って秋冬春子だよね?」
「はい。それで間違いありません」
容疑者全員に言った言葉。
それに対する返事が――死。
死ぬとは思っていなかったが、そんな返事もあるのだろう。
彼女がどういう意図で風水を殺したのか。
彼女がどういう意図で自殺を選んだのか――わからない。
彼女は何も言わずに死んだ。
友達に相談することもなく、友達を頼ることもなく。
ひとりで悩んで、ひとりで苦しんで――死んだ。
「私なりにいろいろと考えたんだけど聞いてみる?」
「……聞かせてください」
人が死ぬ動機なんて聞きたくもないし、興味もない。動機なんて――人間の思考が左右するものだ。その場その場での価値観が左右するものだ。それをいちいち真に受けていてはきりがない。
それでも、興味がないわけではない。
動機を交えて説明するだろうけど、それでも、衣織せんぱいはこの事件をどんなふうに解釈しどんなふうに捉えて意見を述べるのか――それに興味がないわけではない。
「まず秋冬春子は中学三年生のときに風水水海を苛めていた。厳密に言えば風水水海『たち』だけど――それはともかく、秋冬春子と風水水海の間に生じていた問題を解決させたのはほかならぬ定刻くんだ。この苛めを解決するために定刻くんは身を投じて解決させたわけだけど、秋冬春子が風水水海を殺した動機はここにある」
「どういうことですか?」
「仲良くさせることで解決させた。確かにこれは解決だけど、でも、心のケアができていないんだ。風水ちゃんは春子ちゃんに対して気にしない態度を取って接していた。でも、そうすればそうするほどに春子ちゃんのほうは罪悪感を抱いてしまう。風水ちゃんには恨まないようにと忠告していたみたいだけど、定刻くんが注意していたのは風水ちゃんから春子ちゃんに対する仕返しであって、春子ちゃんが気にしていない風水水海を相手にする場合のケアってのを怠っていたわけなのよ。これが殺意に繋がった。本当に気にしていない風水を目の当たりにして、罪悪感が限界値に達した。春子ちゃんとしては、苛め返されたほうが納得できたんでしょうね。でも、苛め返されるなんてことはなかった。あれだけ酷いことをしておいてどうしてっていうふうに――それで話し合った。例えとしてこの話し合った日を十二月二日の月曜日としよう」
十二月二日。事件があった日、だ。
「その日に呼び出して話をした。どんな話をしたかまで想像できないけど、その話を得て秋冬春子は耐え切れず殺した。でも、この手際のよさからして前もってある程度のことは考えていたんだと思う。そこからは定刻くんの推理通りだろうね」
あんなもの推理なんて言えない。当然のことを当然に考えただけだ。僕に推理なんて探偵の真似事はできない。
「ここでひとつ、春子ちゃんが自殺した理由について考えてみる。私が思うに殺人犯って思われたくなかったんだと思うんだよ。自分自身の人格を人殺しみたいな奴と一緒にされたくない。だから七不思議のひとつに乗じる形で自殺をした。そう私は考えているんだよ」
人殺しと思われたくない。
だから、呪いの所為にした。
大人が見れば、真に受けないようなことだけど――当人ならば納得ができるのかもしれない。客観的に見れば、あり得ないようなことでも、すがりついて信じてしまう。そうしないと、自分の心が耐えられないから。
そんな逃げ口実を作ってしまうような――七不思議そのものが、もはや呪いのようなものだ。
「ねえ、定刻くん」
衣織せんぱいは言う。
「この一連の事件だけど。定刻くんはどこまで想定していたの?」
にやにやと笑みを浮かべながら言う。
まるで見透かしたように。
いや、見透かしているのだろう。
「七不思議を聞いてすべての謎が解けたよ――だからこそ、聞かせてほしいんだ。定刻くんはどこまで想定していたのか? やっぱり最初から最後まで?」
「まさか。そこまで想定できていたら僕は死にかけていませんよ。それに僕は何も考えていませんよ。僕がわかっていたことなんて、何かが起きるってことだけですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます