第35話『捨てろ、価値観』


     5.


 生徒たちは教室に収められ、必要以上のパニックが起きない処置が取られたのちに、家に帰された。

 警察とすれ違うようにして帰宅した。

 だが、この日の翌日、五日木曜日は普通に学校があった。これだけの事件が立て続けに起きていることもあって、学校のほうも処理の手際がよくなったのだろう。

 あるいは慣れてわざわざ休校にする必要がないと判断したのかもしれないが、翌日登校した。

 そして、その日の昼休憩のことだった。

 僕はりりすちゃんに呼び出された。

「こんにちは、定刻せんぱい」

「やあ」

「秋冬春子せんぱいは学校にいらしていますか?」

 真剣な表情で、声がひと回り低い。

「来てたけど……それがどうしたの?」

「いえ、今回の件でお話をお伺いしたいと思ったんです。よかった放課後にお話をしたいと思っているんですけど、教室にお伺いすればいいんでしょうか?」

 僕らは校内に設置された自動販売機を目指して歩いている。

 寒さも相まって廊下には人が全然いない。僕らだけだ。

「なんだよ、それ」

 後ろのほうから声が聞こえた。僕は振り向くと、そこには宝籤がいた、

「風水を殺したのは秋冬だって言いてえのか!」

「…………。……いいえ。少し違います。その可能性を追っているだけで、風水水海さんのことを私はほとんど知りません。ですが、他校の生徒である彼女がこの学校で殺されていたことに関することと言えば、中学校のときにあった苛めが関係していると私は睨んでいます」

「だから、下級生の分際で上級生を呼び出そうってか?」

 この辺、体育会系の上下関係を重んじる価値観が見受けられる。

「そうです。私は上級生を呼び出してお話を聞こうとしているんです」

「ガキがナマ言ってんじゃねえ――」

「あーあーあー、そういうのいいんですって」

 心底面倒そうに。

 心底鬱陶しそうに。

「年の功なんて知りませんよ。そっちの価値観をこっちに押しつけないでください。私が話しているのは人類に共通する価値観の話、命の大切さと殺人の重大さに関する話なんです。人権と、あなたの価値観、どっちが重要か考えてくださいよ」

 言い淀む宝籤。

 僕は内心で、嘘吐け。お前、あんまり命を大切とか思ってない癖に――と、そんなふうにりりすちゃんへ毒づきながらも、宝籤が論破されるところを見守る。

「それにお話をお伺いしたいと思っているのは、秋冬せんぱいだけではなく、廿日せんぱいと般若せんぱい、そして宝籤せんぱい。あなたもなんです」

「お――俺も?」

「この学校で、風水水海さんと同じ中学校だったあなたたち、全員から今回の件に関してお話をお伺いしたいと思っているんです。もちろん、定刻せんぱいもです」



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