第29話『海亀と少女のモノローグ』
4.
ある男が、とある海が見えるレストランにやってきた。メニューを見て、男はうみがめのスープを注文した。運ばれてきたうみがめのスープを、ひと口、たったひと口を口にしたところで、シェフを呼んだ。
やってきたシェフに、男はこう訊ねた。
「すみません。これは本当にうみがめのスープですか?」
と。シェフは疑問に思いながらも堂々と答える。
「はい。うみがめのスープで間違いございません」
その男は、勘定を済ませて帰宅した。
その後、男は自殺をした。
これがうみがめのスープである。
海亀という亀を用いた料理のことを指すのではなく、これはクイズだ。
シュミレーションパズルや水平思考パズル、イエス・ノーパズルというのが一般的な呼称だが、うみがめのスープとしての認知度が高い。
意味がわかると怖い話としても有名なうみがめのスープは、水平思考パズルに分類されるものと知らずとも、知っている者が多いだろう。
彼が自殺した理由を回答者が当てるのが、このシュミレーションパズルだ。
とはいえ、これだけの情報では、うみがめのスープを飲んで自殺しただけの男でしかない。
これだけでは答えに辿り着くのはとてもじゃないが不可能だ。だが、ここで回答者には――質問する権利がある。
出題者が、イエス・オア・ノーで答えられる質問をする。
Q.海が見えるのは関係していますか?
――A.イエス。少し関係します。
Q.男は借金を抱えていますか?
――A.ノー。抱えていません。
Q.自殺したのはスープが呑んだのが原因ですか?
――A.イエス! 凄く重要です!
Q.過去にうみがめのスープを飲んでいますか?
――A.イエス! 凄く重要です!
と、いったふうに訊ねていく。
Q.男の職業は何ですか? などの イエス・オア・ノーでは答えられない問題は受けつけない。そうやって解答を探っていく。
ゲームによっては制限時間などが設けられている。
僕が廊下で見た張り紙の広告には、制限時間は十五分となっていた。
うみがめのスープを十五分で解いてFBIからスカウトされたという逸話から、引っ張ってきているのだろうか。
……いや、単純に体育館を借りていられる時間の配当などを考えた結果だろうけど。
ちなみに、このうみがめのスープに対する答えは『男が昔に飲んだうみがめのスープと味が違ったから』だ。
どうしてそれだけで自殺するのか、みたいな話にもなるが、それには相応のエピソードが付随している。
「――男は昔、船に乗っていた。そんなある日のことだった。船は嵐に遭い難破。数人の男と共に難を逃れ、無人島に漂流。一命を取り留めたが、やがて次なる問題が彼らの前に浮かび上がる。食料問題。次第に体力のない者から順に死んでいく。少しずつ少しずつ死が訪れるのを待つ中で、生存者たちは死体の肉を貪り始める。だが、男は断固として拒否した。それでも、男は次第に衰弱していく。そんな男を見かねたほかの生存者が、死体の肉をうみがめのスープだと偽って食べさせた。これで男は生き延びた。それから時が経ち、男はやがて本物のうみがめのスープに出会い、すべてを悟って自殺した」
僕が体育館に這入ると、どうやらまだ説明の最中だった。基本的なうみがめのスープの説明が行われていた。
話の内容が内容だけに、オカルト方面から広まって知名度を高めた。
体育館のカーテンは閉じられていて、真っ暗になっている。プロジェクターを用いて、問題が映し出されている。
どうやら今から、始まるようだ。
舞台の上にはマイクを持って立っている人物がいる。張り紙の広告には三年三組と書いてあったので、司会者は三年生だろう。
パイプ椅子には人がいっぱいだったので、壁にもたれて観戦することにした。
「やっぱり来たんですね、定刻せんぱい」
真横から声をかけられて少し驚いた。見てみるとりりすちゃんだった。
「りりすちゃんも来たんだ」
「はい。クイズとなれば興味もそそられます。とはいえ、私が参加するのはどうにも卑怯に思ったので参加しませんでした」
「万能型の探偵気質者っていうんだっけ?」
「おや、ご存じだったんですか」
「まあね」
本当は衣織せんぱいから聞いただけである。事件が落ち着いて、七不思議の件をりりすちゃんから聞いた十月三十一日の夜に、衣織せんぱいから電話があった。
りりすちゃんのことを――探偵気質者だと言った。
極々一部の界隈で呼ばれている呼称らしい。一種の才能のようなものらしい。万能型探偵気質者。この特性は、探偵が行き着いた解答は真相というものだ。
そんな才能があるなら、クイズに参加するのは少し卑怯な感じも否めないが――イカサマをしているわけでもないのだから、誰も咎めようがないもののはずだ。
当人がそういうなら、それでいいのだけど……。
「りりすちゃん。風水はどうしたの?」
「参加していますよ。何やら景品がお目当てのようです」
「景品?」
「はい。あの舞台の上に飾られている景品です。何やらゲームセンターで手に入れたものを使っているみたいです」
言われて見てみると、かなりの景品が飾られている。大きなぬいぐるみやフィギュアなどがあれば、ラジコンやモデルガンみたいなのもある。それ以外にもイヤホンやちょっとした簡易的なテーブルみたいなものもあって、ちょっと欲しいなと思うものがある。
「私はあの『ポムポムプリン』のぬいぐるみがほしいんです」
「風水は何を目的で行ったの?」
「あそこにある『ぐでたま』と、『リトルツインスターズ』のぬいぐるみが目当てみたいですね。どうにも私はときめきませんけど」
なんだか初めてだ。
りりすちゃんの好きなもの、みたいなのを聞いたのは。サンリオとか好きだったのか。やっぱり女の子なんだなあ。
「風水さん酷いんですよ。ポムポムプリンなんてただのデブじゃないって言ったんですよ。そんなことを言ったら、ぐでたまってイラスト、手抜きじゃないですか」
……サンリオガチ勢の抗争があったのか。
まあ、ぐでたまとか、リトルツインスターズは、ポムポムプリンやマイメロディとはまた違った系統だからなあ。
派閥が分かれるのはわからないでもない。
「定刻せんぱいはどっちですか?」
「…………」
同意を求められてもなあ。
「ぼんぼんりぼん派かな」
どちらの抗争にも巻き込まれたくないので、まったく違うキャラを推してみた。別に、ぼんぼんりぼんが好きってわけでもないけど。だからって嫌いってわけでもない。
「はっ!」
りりすちゃんは軽蔑の視線を向けてきて、鼻で笑った。
「あんな名前がポムポムプリンで、見た目がマイメロの紛い物の、一体どこがいいんだか」
「…………」
なんだよ、おい。
ぼんぼんりぼん、可愛いだろうが。
名前で損している印象はあるけど。
サンリオは好きだけど、ここまで極端かつ過激的なサンリオガチ勢ではない。巻き込まれないようにしなければ。
ふと視線をプロジェクターに向けると、一問目が出題されていた。
問題のほうを解いてみることにしよう。
ええっと。
向かい側に座った亀男くんの頭が自分よりも上にあった。
しばらくして亀子ちゃんは言った。
「亀男くん、大きくなったね」
と。一体何故?
知らんがな。
とまあ、不粋な突っ込みはともかく。挙手制で、それを司会者が当てて、質問に答えていくという形式のようだ。
「質問! 亀男くんと亀子ちゃんは子供ですか?」
「イエス!」
「質問! 亀男くんは亀子ちゃんより大きいですか?」
「ノー」
「質問。亀男くんの頭は、自分より下にありましたか?」
「イエス!」
「間近で見た亀男くんは予想より大きかったからですか?」
「ノー」
「体重は関係ありますか?」
「イエス。いい質問ですね!」
「亀男は靴紐を結んでいたから?」
「ノー!」
「わかった! 柱に刻んでるんだ!」
「ノー!」
子供で、亀男くんは亀子ちゃんより小さくて、体重が関係している。
柱に刻んでいるということはなく、体重が関係している。身長と言っていないから、ひょっとしたら身長のこと以外を言っているのかもしれないと思ったが、頭の位置について言及されているところを見る限り、身長の大小を言っていると見て問題ないだろう。
「答えはシーソーですね」
横で、僕にしか聞こえないくらいの音量でりりすちゃんは言った。
「子供でありながら、向かい側に座ったとなればシーソーと見て問題ないでしょう。ソファに座って沈んだとかだとも思ったんですけど、子供で場所が重要となっているなら、公園じゃないかなって思います」
「…………」
どうして答えを言っちゃうかなあ。
それ言われたら、それにしか思えないじゃん。
まあ、別に大して興味があったわけではないので、別にいいんだけど。
しばらくすると答えが明らかになって、りりすちゃんが言った通り、答えはシーソーだった。拍手が起きて、正解者は檀上に上がって景品を持って降りた。正解者の少年はアニメのフュギュアを持って壇上から降りた。
司会者は次の問題に移った。
「……最近の若者は駄目だ」
りりすちゃんは突然そんなことを言い始めた。
「よく大人たちが言うじゃないですか。これだからゆとり世代は駄目なんだとか、これだから最近の若者はって」
定刻せんぱいはこんな評論を知っていますか?
と。続ける。
「――最近の若者は駄目だと昔から言われているが、最近の若者は特に酷い。まず当事者意識が完全に欠如している。更には独り立ちしようとせず、常に何かに依存し批判するだけのお客様で居続けようとしている。という評論があるんですよ。これを聞いてどう思いますか?」
「……まあ、ぐさぐさ来るところはあるよ。言うこともわかるけど、でも、むかつくね」
「あはは、先輩がそんな言葉を使うところは初めて聞きましたよ。ええ、確かにむかつきますね。でもね、先輩。この評論って一九七七年のものなんですよ」
「四十年近く前じゃん」
「そうです。御存じコロコロが創刊された年です」
「…………」
御存じじゃなかった。
そんな昔から創刊されていたのか、コロコロ。
ええっと、正確には今から……三十六年前? 一体どんな時代背景なのかまったく想像できない。
「その頃から言われているんですよ。もっと言えば、その前からも言われているものなんですよ。丁度この評論が書かれた世代は団塊ジュニアと呼ばれる世代です。第二次ベビーブームが過ぎた辺りなので、でもしか先生が横行し始めた世代ですね。今の私たちを、ゆとり世代を作ったのがこの辺りの世代――団塊世代です。その団塊世代が若者だった頃に同じことを言われていたそうですよ」
「ふうん。ってことは、その言われていた世代が僕らを――ゆとり世代を批判しているわけなのか。まあ、納得は行くよ。そりゃ世代で価値観が違うんだからしょうがないとは思うし、きっと僕らの世代も、次の世代に対して批判するんだろうなって。それこそ、最近の若者は駄目だって」
団塊世代が作り出したゆとり世代。
それを批難する団塊ジュニア世代か。
「ところが、ですね。ゆとり世代を批判しているのは団塊ジュニア世代だけではないんですよ。ゆとり世代と呼ばれ始めたのは、今からおよそ三十六年前です。一九八七年からなんですよ。そのゆとり世代で育ってきた人間が、今社会に出てきたゆとり世代を批判しているんですよ。ウケますよね」
ウケないなあ……。
同族嫌悪って、奴なのかもしれない。
中学生が小学生を嫌悪するように。
高校生が中学生を嫌悪するように。
年齢がひと段階違うからこそ嫌悪する。
自分の精神年齢がひと段階近い年代を嫌悪する。
そういうものなのかもしれない。
「マナーもいろいろと言われますけど、それを言ってる人間も大概守っていないんですよ。マナーに関する知識が増えてきただけで、口うるさくなっているだけなんですよ。歩きスマフォとか問題になってるじゃないですか」
「なってるね。まあ、確かに携帯電話とか操作してると、集中してしまって周りが見えなくなるからね」
「でも、こういうのって何も今始まったばかりじゃないんですよ。ほら、校門付近にある二宮金治郎を見てくださいよ。彼も歩きながら本を読んでるじゃないですか。あれと同じですよ。いろいろと問題化されているものがスマフォに変わってるだけで、結局人間がやってきていることは同じなんです。だから二宮金治郎はあんなふうに見せしめにされているんですよ」
別にそんな罰みたいな扱いで石像になっているわけではないと思うけど。
「マナーと言えば喫煙者のマナーも問題化されているよね」
「いますねー、喫煙者。ええ、喫煙者。先輩は喫煙をどう思いますか?」
「うーん、あんまりいいものとは思えないね。一本で五分ちょっと寿命が減るんでしょ? ぞっとする話ではあるよ」
「ええ、確かに身体に悪いです。ですが、知っていますか、定刻せんぱい。煙草を吸っていて病気になった人と、煙草を吸っていなくて病気になった人の割合って大して変わらないんですよ。煙草は確かに健康に悪いですが、その影響はかなり微々たるものなんです。どうしてなのかわかりますか?」
「……副流煙ってやつか?」
「はい。副流煙です。煙草を吸っていない人は一定数いますけど、吸っていてもいなくても状態は大して変わらないみたいなんですよ。そりゃそうですよ。私たちが生を受けた時点で多くの人が煙草を吸って煙を撒き散らしているんですから、どこにいても副流煙の影響を受けます。煙草を吸っていようとも肺癌にならない人はいますし、煙草を吸っていなくても肺癌になる人はいます」
「だからって煙草がいいものってわけじゃないだろ?」
「そりゃそうです。あんな何にもならない物を二箱買っただけで千円ですよ。馬鹿みたいじゃないですか。少しずつ値上げしていますけど、これ以上値上げしたら煙草を辞めるみたいな寝言を言う輩がいますけど、そいつら、千円になってもきっと辞めないでしょう。煙草を吸う奴が家族にいると困りますよ。服も臭くなりますし、無駄な出費になってしまいますし、何よりも煙たい」
健康に悪いとかどうとか以前に煙たい。
煙い。臭い。これが致命的だ。
「トイレで吸う馬鹿どももいるじゃないですか。吸い殻を便器の中に捨てて。何ですかあいつら。喫煙所で脱糞してもいいっていうんですかね」
「……確かに、やってることは同じだけどな」
なんか日本神話にいたな。キレて家に脱糞していったやつ。詳しく知らないけど。
「とまあ、私は煙草に対しての憎しみは強いですけど、喫煙所の措置はちょっと可哀そうとも思います。見たことありますか、定刻せんぱい。イオンの喫煙所。ガラスのウィンドウに覆われた個室に閉じ込められているんですよ。まるで見世物小屋ですよ。世にも奇妙な口から煙を吐く不思議人間です」
「…………」
随分と口が悪い。……っと。りりすちゃんと話している間に、第三問が終わってしまっていた。正解者が壇上に登る。
「あ、ぐでたま取られましたね」
舞台にはぐでたまをゲットした風水ではない女子がいた。キキララのほうはまだ取られていないみたいだけど。
「あ、先輩。風水さんから聞きましたよ」
「聞いたって何を?」
「中学校の頃のお話です。凄いじゃないですか、先輩。苛めを解決したんですって?」
「……ああ、その話」
やっぱりその話か。
「苛められていた風水さんを助けたんですよね?」
「…………そうだよ」
そう、りりすちゃんが風水から聞いた通りだ。
僕は秋冬春子から苛められていた風水水海を助けた。
助けた。
では、少し語弊がある――やるべきことをやっただけだ。
「秋冬せんぱいを私は知っていますけど、とても苛めるようなお方には見えませんが、本当なんですか? 風水さんと秋冬せんぱいが逆というようなことではないんですか?」
「風水の言った通りだよ。春子さんが風水らを苛めていて、風水らは春子さんに苛められていた」
「そこがどうにも奇妙なんですよ。あのまま仰っていた言葉を受け止めると、三人がひとりに苛められていたって構図になっちゃうんですけど」
「その通りだよ。集団苛め――ならぬ集団苛められ状態だったんだよ。中学校のとき」
「へえ。つまり先輩がそのお三方をお助けになられたと?」
「いいや。僕がその件に首を突っ込んだ時点だと風水を除いたふたりのうちひとりは不登校だったし、もう一人は転校してた。……それに、僕は、とてもじゃないけど、助けたなんて恩着せがましいことを言うつもりはないよ。自分のためにやったことだし」
「ふうん、恰好いいこと言うじゃないですか。どんなふうに決着させたんですか?」
「いや、決着っていうより、無理矢理なんだよ。だから今も、ふたりは変な状態なんだ。それこそ――立場が逆転したみたいな状態なんだよ」
「……どんな風に解決させたんですか?」
「手際の悪さが目立つからあんまり言いたくないんだけど、なんて言うか。こう。なあなあの関係にするっていうか、立場を同一のものにするっていうか。仲が悪いなら仲良くさせればいいみたいな」
「結果は?」
「上手くいったよ。とりあえず苛めは終わって、ふたりは仲良くなったけど、それも長く続かなかったね。春子さんのほうが負い目を感じちゃって、立場が逆になっちゃってね」
「……まあ、仕方ないんじゃないんですか。負い目を感じるべきことでしょうし、苛めを止めたってだけでも十分だと思いますよ。見てください。大の大人が苛めをひとつも阻止することができず、手をこまねいて事態を悪化させているんですよ。世代も文化も違えば苛めなんて大きく変わってきますし、大人には苛めを止めることはできないのかもしれません。私は思うんです。苛めをなくすことはできないと。でも、苛めを止めることはできる。そのためには苛められている側が変わらなければならないと」
「苛められている側が――変わる」
「はい。苛められている側に原因があるという加害者側の言い分は見苦しい限りですが、私はそう思うんですよ。被害者には原因があって、加害者が結果を出す。今までいろいろと苛めの相談を受けてきました。それらで総じて言えるのは被害者側が変わろうとしないんですよ。すべて加害者の所為にしていました。加害者が変わるわけがないんですよ、加害者側の気に触れたのは被害者であって、加害者のほうは前と何も変わらないんですから。原因やきっかけは被害者にあって、加害者がそこから結果を出しているんです。苛められている人の話を聞いてきましたよ、そのどいつもこいつも。まるで自分が正しいみたいな言い方をするんです。間違っているのは相手で自分は間違えていないって――実は楽なんですよ。被害者でいるのって――敵はいますけど、味方もいる。もっと言えば、何もしない言い訳にもなるんですよ。自分は可哀そうなんだって。自分は正しくいてあれる。両親も先生も味方でいてくれるんです。だから変わろうとしないのかもしれません」
「極端な意見じゃないか? 相談できない奴はどうなんだよ」
「知りませんよ、そんな奴。自分が窮地に立たされていながら何もせず耐えているだけなんて、生きる気があるとは思えません。虫がよ過ぎます。助かる気のない奴は死ねばいいんですよ。周りから手を差し伸べてくれるのは赤ちゃんのときだけです」
衣織せんぱいも似たようなことを言いそうだ。
いや、あの人は苛めに対しては加害者許さないって人だった気がする。被害者をここまで責めていなかった。
「神様に対して信仰がない人でも、困ったときに神に助けを求めるじゃないですか」
神頼みは誰でもするものだろう。たとえ聖書に書かれている神様が悪魔よりも多くの人間を虐殺していたとしても、人は神様に助けを求める。
「神様って――母親のことなんですよ」
「母、親?」
「はい。まあ、必ずしも母親ってわけじゃなくて、自分を育ててくれた人のことですね。子供の頃って何もできないじゃないですか。小さいとき、それこそ泣き喚くしかできない頃。その頃に声を聞いて、あの手この手で助けてくれるのって親なんですよ。ですが、小さい頃はそれが何なのかはっきりと認識することはできません。ですが、助けてくれたことは本能として刻まれています」
「だから、神様を」
だから、人間は神様を作ろうとする。
神様の言葉に従おうとする。
「ですが。神様は手を差し伸べてくれません。いないんですから――精々私たちのために手を差し伸べてくれるのは両親くらいです。私にはあれほど両親が子供のために想う気持ちがわかりません。ですが、その両親は神様ではないんですから――助けてくれると言っても、声が届かなければ助けてくれません」
「…………」
「私はそれができませんでした」
「っ…………」
思わず、言葉が詰まる。
「だからこそ思うんですよ。助けを求めるべきだって。それで、自分が如何に愚かだったのかって」
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