第27話『文化祭』
2.
十一月二十八日木曜日。
この日、桜庭谷高校では文化祭が行われていた。僕はこの学校に通学しているが、文化祭に対して何の意欲も湧いていない。自分のクラスが何をするのかさえ、把握していないし、本来なら休もうと思っていたのだが、前日りりすちゃんに、
「私のクラス、焼きそば作るから食べに来てくださいね」
なんて言われてしまった。
学校に行くのが面倒というのもあれば、あまり大騒ぎしている渦中に身を投じるのは好きではない。クラスメイトからすれば戦力外もいいところだ。
僕は遅刻して学校に登校して、駐車場に自転車を停めて、階段を登ろうとしていると。
「おーい、定刻」
名前を呼ばれたので声が聞こえたほうを向いた。その声を発した人物はこちらに向かって駆けてきていた。
「風水じゃないか。どうしてこんなところにいるんだ?」
風水水海は、
「サボりだよ、サボり。へへへ」
悪びれることなく言う風水。まあ、僕もサボろうとしていたわけだし、人のことをとやかくは言えない。
「ほら。この前教えてくれたじゃん。今日は文化祭だって。折角だし、定刻の通ってる学校の文化祭に行きたいって思ったんだよ」
先日きたメールに対してそんな返信をした。
社交辞令程度に、来てみたら? と。
「
「…………なあ、風水」
「わかってるよ、わかってる。変な真似はしないよ」
風水水海と僕は同じ中学校だ。
それは
そして秋冬春子さんも同様である。
とはいえ、この面々はひと塊のメンバーではなかった。僕は宝籤や廿日、風水とよくつるんでいたが、般若亜紀に関しては名前と顔を知るくらいで接点らしい接点がまったくない。
中学校のとき、いろいろとあったのだ。
僕が『それ』に関わることになったのは、事態がほとんど悪化してからのことだったので、収拾をつける協力さえできなかった。
「こんな階段を毎日昇り降りするなんて地獄だねー」
間延びした口調で言った。
「っと、そういえば先月だったよね。ここの生徒が転倒して死んだの」
もう先月のことか。しみじみと思う。
「確かにここの階段、危ないね」
「手摺りを設置するみたいな話になってるんだって」
「そりゃ手摺りいるよ。むしろ今までどうして手摺りを設けなかったのか疑問だよ」
ま、たとえ手摺りがあったところで疋田くんは死んでいたことだろう。あれは事故ではなく、殺人だったのだから。
校門を潜った先にある運動場ではバンドを組んでいる生徒たちが演奏していた。音楽知識が乏しいのでオリジナルなのかはたまた既存の楽曲を演奏しているのかどうかわからない。校内に這入って靴を履き替えた。風水は来客用の下駄箱からスリッパを履いた。
「あーっ! 定刻くん!」
とりあえずは、約束をしているりりすちゃんの元に向かうべく、一年一組を目指して歩いていた。
すると、丁度階段から駆け下りてきた春子さんと遭遇した。
「てっきりサボるかと思ってたよ。丁度よかった! ちょっと今、手が足り――」
忙しそうで、それでもどこか充実したような、楽しそうな春子さんの表情は、すっと、フェードアウト――ニュートラルなものになっていった。僕の隣にいる風水を見たからだろう。
「――ふ、風水、さん」
「はろはろー」
強張った表情の春子さん。調子よく手をひらひらと軽い挨拶をする。
周りの喧噪に反して、凍りつく春子さん。
…………。
……流石に気まず過ぎる。
「久しぶりだね、最近調子はどう?」
「ま、まずまず、だね……」
「そっかー。秋冬のクラスって何やってんの?」
「喫茶店……」
「そっかそっか。最近のアニメとか漫画だとメイド喫茶とかやってるのを見るけど、そういうんじゃないんだね。秋冬ってメイド服とか似合いそうだね」
「そ、そう。ありがとう……。さ、定刻くん。私、教室に戻るから。またあとで、手伝いにきてね。それじゃ」
春子さんは逃げるように階段を駆け上がって行った。
何か用事があったから階段を降りてきたのではなかったのだろうか。
…………いや。そりゃ踵も返すだろう。
僕は横にいる風水を見る。風水は微笑みを浮かべていた。僕の視線に気づいて、軽く小首を傾げた。
…………。
……根本的な解決はできないもんなあ。
表面上の解決はしたけど、あくまで表面上でしかない。
「あはは……、やっぱり警戒されちゃってるよね」
少し残念そうに風水は言った。
てっきり空気が読めないだけと思っていたが、空元気みたいなものだったわけか。
「そりゃあそうだろ。……それじゃあな、またあとで」
「え? ちょっと待ってよ」
移動しようとした僕を風水は引き止めた。
「案内してくれるんじゃないの?」
「……え、あ、ああ。それもどうだな、折角だし――行こうか。後輩に呼ばれているんだよ」
「へえ、後輩かー。どんな後輩なの?」
「うーん、ひと筋縄じゃいかないって子だね」
「全然わからん」
一年一組の教室にやってくると、制服の上から可愛らしいエプロンを着けた女子生徒が笑顔で教室内に案内してくれた。教室内は机が合わせられていた。焼きそばはお持ち帰りもできるし、食べて帰ることもできるみたいだ。僕と風水は各々の分、お金を支払って案内されるまま着席した。
「きてくれたんですね、定刻せんぱい」
りりすちゃんはプラスチックのコップにお水を入れて持ってきてくれた。
「きみが、定刻くんの後輩だね。ええっと、何ちゃん?」
「鎖理りりすです」
「噛みそうな名前だね」
「はい。よく噛みますし噛まれます。ええっと、先輩のご友人ですか?」
「そうだよ、私は風水水海と言う」
いくらりりすちゃんとは言え、知らないことから答えを導き出すことはできないみたいだ。名探偵気取りをしている彼女にいっぱい食わせたみたいな気分で、凄く心地いい。
「りりすちゃーん! 喋ってないで運んでよー!」
「はーい!」
ほかのウエイトレスの子に呼ばれて大きく返答をした。
「それじゃ、ゆっくりしてってよ」
言い残して駆け足で、呼ばれたほうに向かって行った。
「面白そうな子だね」
風水と話していると焼きそばをりりすちゃんが運んできて、そのまま僕の隣に座った。
「……何してんの?」
「なんか人が減ってきたから、休憩しててもいいんですって、そんなわけで定刻せんぱいと風水せんぱい、雑談相手になってください」
知らないんですか?
私はお喋りが大好きなんですよ?
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