第25話『人の振りした仮面を被るハロウィン』
11.
「誰でも仮面を被って生きている。だからといって、その仮面の下にある顔が本当の顔とは限らないの。きみの、本当の顔はどんな顔をしているのかな?」
友達と喧嘩をして、すぐに僕は謝った。そのあと、残された僕は甲斐ノ川すすぎ先生からこんなことを言われた。
誰だって仮面を被っているものだ。正真正銘の自分であり続けるなんてことはないだろう。仮面を被って、人の前では偽る。誰だって仮面を被っているものだ。だが、その偽りもいつまで続くかわからない。
別に仮面を被っていることが露呈するなんて話ではなく、単純にその仮面の下にある顔が、本当の顔のままなのかという意味だ。
鬼と遊べば鬼になる。
人間は相互干渉で相手の影響を受け続けているみたいな話だ。退廃的な意識は伝染する。勉強のできる連中が多い中に、素行の悪い奴を放り込んだとき、多かれ少なかれ、人はほかの人間から影響を受ける。勉強ができるようになるとかではなく、価値観が影響を受ける。
人と関わるということは、影響を与えて、影響を受けることだ。
仮面を被って偽る。状況に合わせた表情を作る。人が人として、生き抜くための人間の術だ。このときに被った仮面の影響を自分が受けないとは限らない。
仮面を被る以上は、その被った仮面に描かれた顔を演じるわけである。演じ続けるうちに、本当の顔が仮面に近づかないと言い切れるわけではない。
いつの間にか被っていた仮面が肉に喰い込んで外せなく、剥がれなくなっていることもある。
それなら、本当の顔とはどういうものなのだろう。
人と関わるとき、人に応じて態度を変える。
何が仮面で、何が本当の顔なのか。それに限らず、仮面が本物なんてこともある。
自分自身の隠しておきたい心象を仮面にして表すことで、隠し続けていた本当の自分を仮面として演じているなんてこともあるものだ。
僕の友達にも、そんな奴がいるのかもしれない。
あるいは。
僕自身がそうなのかもしれない。
ともあれ。
県立桜庭谷川高等学校で起きた三件に及ぶ連続殺人事件はこれで終幕した。
薄井四郎、榊坂峰一、権田健二、七瀬芹菜の四人が中河友二、疋田広志、鈴木由紀子の三人を殺したことに関与しているとのことで逮捕された。
テレビの報道には、随分と簡潔的にまとめられて凡庸な事件として報道された。名前が報道されるようなことはなかったけど。ニュース番組では、一丁前に専門家を自称する
しかも、語っているのは現在の若者に対する誹謗中傷ばかりだった。お前らの頃はどうだったか知らないが、今の時代には今の時代の価値観があるんだから、お前らの頃の価値観で物事を語られても困る。老衰していくばかりなのに、プライドばっかり高くなる。
自分が今まで生きてきたから、と。時代を追いかけて、学習しようとしなくなる。そんな老害だった。
そんなこんなで、日々は過ぎ去り。
十月三十一日木曜日。
ハロウィンを迎えた。
ハロウィンなるイベントが行われる日だが、日本人の多くが、お菓子を食べる日やらコスプレをする日と履き違えているイベントである。出典を辿っていけば、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出すための宗教的な行事らしい。
とはいえ、ほとんどの国では民間行事として定着したこともあって、こんな意味合いでハロウィンを行っているところは少ないらしい。
元より、日本ではあまりハロウィンは馴染めていない。
ハロウィンであることは知っていても、何もしようがないと持て余す。
僕は元よりアニバーサリーが嫌いなので、祝う気なんて欠片もない。誕生日がめでたい理由なんてわからないし、『折角の誕生日なんだから』と誕生日を重要視する意味がまったくもってわからない。
ただ年齢を重ねるだけでしかない日が一体どうしてここまで貴重視されているのかわからない。
僕の価値観がどうであれ、イベントは訪れ、イベントを祝う者どもを前にしては、このような少数派な意見は埋もれてしまう。
流石にそこで水を差すようなことは言わない。祝いたい奴らは勝手に祝えばいい。
「定刻せんぱい、トリック・オア・トリートですよー」
その日の放課後。
学校から帰ろうと階段を降りていると、後方から階段を数段飛ばして追いついてくる人物がいた。
鎖理りりすちゃんだった。
「危ないことするなあ。疋田くんみたいになるぞ」
疋田くんは突き落とされたわけだけど、踏み外せば同じ顛末が彼女を待っていることになるんだから。
「はいはい。ほらっ、トリック・オア・トリートですよー」
そう言って鞄の中から取り出したのは、橙色で所々に
「ん、ありがとう」
祝わないと言ったものの、こうして受け取ってしまうとお返しをしないのは悪いと思ってしまう。
しかし、端から祝う気のなかった僕がお返しを持ち合わせているわけではないので、僕に、トリック・オア・トリートといって、お返しするお菓子もない。こういうとき、申しわけない気持ちでいっぱいになってしまう。
「開けていい?」
「どうぞ、どうぞ」
中に入っていた袋に入っているお菓子を取り出す。見覚えのあるお菓子だ。それのパッケージがハロウィン仕様になっている。チョコレートクッキーの類いのお菓子を取って、同じのを、りりすちゃんに渡した。
口にお菓子を放り込んで、咀嚼しながら階段を降りる。
「そういえば、一連の事件に関してわかってきたことがあります」
「わかってきたこと?」
「はい。これまでのみっつの事件。これは逮捕された者たちを中心にして起きた人間トラブルが原因です」
「人間トラブル……」
人を殺すほどに到るトラブルなんてあるのだろうか。
「――ですが、そこに余計な手が加えられていました。どうしてそんな手が加えられていたのか――これは見立て殺人だからです」
「見立て、殺人……」
「童謡や言い伝えとか、既存のものを見立てて殺人現場や死体を装飾する殺人です」
そして、りりすちゃんは言う。
「これは、学校の七不思議を見立てた連続殺人です」
「学校の、七不思議……」
「はい。桜庭谷川高校にまつわる七不思議。そのひとつ――窓の外を歩く生徒。二階や三階の窓の外を歩く生徒が目撃される」
中河友二は、二階の窓から見える位置にぶら下がっていた。
「七不思議のひとつ――終わらない階段。夕暮れ時に帰宅すると階段に終わりがなくなり、足を滑らせて死んでしまう」
疋田広志は、夕暮れ時に転落死していた。
「七不思議のひとつ――あの世と繋がるトイレ。あの世に引き摺り込むトイレが何処かにある」
鈴木由紀子は、便器に顔を突っ込んで溺死していた。
このみっつが偶然の一致としても考えられる。しかし、この三人は、ひとつのコミュニティによっての集まりだ。その集まりによって引き起こされた事件だ。
意図的に、足並みを揃えさせていると見て間違いではない。
とはいえ、このことをわざわざりりすちゃんに言われるまでもなく、僕は知っていた。
既に多くの生徒が知っていることだろう。
一連の殺人事件が七不思議に沿って行われていることを。七不思議の噂は、本格的に広がり始めている最中なのだから。
問題は、そこではない。
この連続殺人は終幕した。みっつの連続殺人は犯人逮捕で終幕した。
しかし。
「七不思議は、あとよっつ……」
「そうです、定刻せんぱい」
真剣な顔つきでこちらを向いて言う。
「この事件はまだ終わったわけではありません」
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