第24話『Quod,Erat,Demonstrandum.』
10.
「――いくつか質問したら勝手に自爆したので、通報したってことらしいです」
向かいの席にいる衣織せんぱいに、経緯を説明した。
「それはえらくあっさりとした決着だね」
衣織せんぱいはテーブルの上にノートを広げて何か書き始めた。
「何書いているんですか?」
「いやあ、ややこしいからタイムテーブルを、ね」
覗き込む。書いている最中なので、こっちから見れば逆さまだが、読み取れないことはない。
現状、衣織せんぱいに話した限りの情報が書かれてあった。
「さて、続きを聞こうかしら。それからどうなったの?」
「中河友二を殺した犯人が逮捕されました」
「へえ。えらくタイムラグがあったのね。ちなみに、それっていつ?」
「十月、二十日かな――それくらいだったと思います」
「十月二十日って、日曜日ね」
開かれている大学ノートに『10月20日日曜日』と書き加えられた。
「警察のほうで逮捕に乗り出したらしくて、
『10月20日日曜日――薄井四郎、榊坂峰一、権田健二、逮捕』――と書かれた。
そこまで書いたところで、僕らが個々で頼んでいたお好み焼きが運ばれてきた。鉄板に乗せられる。女性に人気だというチーズが盛り沢山のものと、普通の豚玉が。
「さて」
チーズお好み焼きを自分の手前に寄せながら衣織せんぱいは言う。
「みっつ目の死体について、話を聞かせてもらおうかしら」
「ええっとですね――」
鈴木由紀子の死体を発見したのは翁系さんである。その経緯をひと通り説明した。衣織せんぱいは手元のノートに10月21日月曜日と書き込んだ。
「トイレで、溺死、ねえ」
衣織せんぱいは言う。食事中にトイレの話をするのはどうかと思ったが、案外気にしないのかもしれない。
「関係ないことはないけど、ちょっと思い出したことがあるんだけど、定刻くんは、『学校の怪談』というアニメ知ってるかな?」
「学校の、階段、ですか……」
憶えがあるような、ないような。
「猫の声がフリーザ様のアニメなんだけど、心当たりはないかな? 別に心当たりはなくてもいいんだよ。別に学校の怪談に関する話をしようってわけじゃない。そのアニメで、『赤い紙、青い紙』の話があったんだよ」
「『赤い紙、青い紙』ですか」
トイレに這入ると紙がなく、それに困っているとどこからか声が聞こえてくる――『赤い紙がほしいか? 青い紙がほしいか?』と。それに『赤い紙』と答えると――身体中から血を噴き出して死んでしまう。『青い紙』と答えると、身体中の血を抜かれて真っ青になって死んでしまう。有名な怪談だ。
「――その手の怪談話って面白いものでね。出典を調べれば調べるほどにいろんな説があって面白いんだよ。それでね、この話――『赤い紙、青い紙』って救済の余地がないのよね。どう答えたって詰んでいる。口裂け女や紫の鏡みたいに対処法があるわけじゃないっていうのは非情だと思わないかい?」
「思いますけど……必ずしも対処法があるってわけじゃないでしょう? ゲームじゃないんですから」
「でも、実はそういうわけじゃないんだよ。一見詰んでいるように思えるけどね」
「そうなんですか?」
「『赤い紙と青い紙』の選択肢以外のものを選べばいいってのが対策手段のひとつなんだよ――『黄色い紙』って答えるとかね」
まあ、アニメでそう答えたハジメちゃんは冥界に引き摺り込まれちゃったわけだけど――とつけ加えた。
駄目じゃん。
「ほかには白い紙って答えるとか、そもそもいらないって答えるとか。一応あるにはあるみたいなんだよ」
「へえー」
それは知らなかった。でも、いらないって答えるのは、それはそれで勇気がいるものだ。学校にまつわる怪談である以上、学校でいることが前提条件となる。テイクアウトして学校から家まで帰宅するのは結構度胸がいる。……今になって思えば、どうして小学校の頃って、あれほど排泄することを忌み嫌われ、忌み笑われたのだろうか。
「それにしても」
衣織せんぱいは言う。
「便器に頭を突っ込んで死んでいたのはわかるけど、溺死っていうのは変だね」
「そうなんですよね、一部じゃ自殺って話が出ているくらいでしたよ」
「自殺?」
目を見開いて驚いて見せる衣織せんぱい。
「個室は内側から鍵がかかっていた。自分から便器に頭を突っ込む形で死んでいた。そして死亡した鈴木由紀子は、疋田くんの彼女でした。彼が死んだことから自殺する動機は十分だという話で広まっているみたいです」
「馬鹿みたいな話ね」
一蹴した。
「個室に鍵がかかっている密室状態といっても、こんなの犯人が個室に這入ってから体制を取らせて、それから鍵を閉めて上から出て行けばできることだし、溺死に関しても個室に入れる前に溺死させてからすればできることじゃない」
溜息混じりに肩を竦める。りりすちゃんと同じことを言う。
「その犯人も既に逮捕された連中ってことでいいのよね?」
「らしいです。りりすちゃんはそう睨んでいると」
「死体は腐乱死体だったのなら、死後から一週間近く経過していることになる。死体が腐乱するまでの正確な時間はわからないし、そんなもの、気温や環境によって大きく左右される。今年の十月は例年に加えて寒いほうらしいじゃない。だから死体の腐敗進行は遅かった。故に腐敗臭を放ち始めたのは、土日を挟んだ月曜日だった。だからその鈴木由紀子という少女が殺されたのは、およそ一週間前――そうねえ。日付的に丁度いいのは十四日の月曜日か、十五日の火曜日かしら?」
淡々と、衣織せんぱいは話しながらノートに記入していく。
器用なことをする人だ。
『10月2日(水)中河友二、首吊り死体』
『10月11日(金)疋田広志、階段から転落』
『10月16日(水)疋田殺害犯、七瀬芹菜、逮捕』
『10月20日(日)薄井四郎、榊坂峰一、権田健二、逮捕』
『10月21日(月)鈴木由紀子の死体発見(殺害は一週間前の可能性大)』
「それでこの鈴木由紀子という疋田広志くんの彼女さんが殺されたのは、疋田広志くんが殺されてしまったからだろうね。私の予想では事件に一枚噛んでいたんじゃないかって思っている。犯行後――そう時間が経たないうちに殺人犯グループに鎖理りりすちゃんの疑いの目が向いた。このことでグループの人たちは相談したんじゃないかな? どうするべきか、とか何とか。そんなとき、疋田広志が殺されてしまった。これを事件が知らない側から見れば、それこそ鎖理りりすちゃんが翁系沖名さんに対して解説したようなことで間違いはない。でも、事件を知る者からすれば、殺人犯グループの誰かが口封じに殺したと思うのが妥当。ここから揉め事に発展して、告発するとか、鈴木由紀子が言い始めたとするなら、ほかの殺人犯グループが、それこそ口封じとして鈴木由紀子を殺害した――って私は考えたんだけど、どうかな?」
「りりすちゃんとほとんど同じことを言ってますね」
「ただねえ、私はこの一連の事件に並々ならぬ違和感を抱くのよ」
腕組みをして言う。
「第一の事件――首吊り事件。第二の事件――転落死。第三の事件――溺死事件。このみっつを並べて考えると、どれもこれも初見だと、殺人に思われ難い殺され方をしているのよ。あの首吊りは、考えれば殺人だってわかる。でも、首吊りがイコールで自殺を連想する先入観につけ込まれて自殺だって勘違いしている人が多くいる。第二の事件もあんな立地条件の学校だし、誰もが危険視して、警戒している事故の例。それに沿った死に方をした疋田広志くん。突き落とされたと考えることもできるけど、桜庭谷高校の生徒なら突き落とされたよりも先に、転落したって連想しちゃうんじゃないかな? 加えてみっつ目、密室で自分から水に向かって頭を突っ込んでいる。違和感しかないけど、状況だけを聞けば自殺と見受けられても不自然ではない。これまで起きた事件を重ねて考えると、自殺って考える人が一定数出てきても変なことじゃない。現にそういう人がいたみたいだし」
「…………」
「何て言えばいいのかわからないんだけど、奇妙なのよね、この事件。殺す動機とかって、私は興味がないんだけど、ただ、動機がどうであれ、こんなひと手間ふた手間かけた殺し方をする意味がわからない」
その後の後日談として。
結局のところ、犯人――既に逮捕済みの犯人の自白によって露見したのだから、考慮する意味さえなく終わった。
とまあ。どうであれ、こんな感じに事件が終わった。
これ以上、僕が衣織せんぱいに物語れることはない。起きた事件の真相について、聞いた限りは話したのだから。
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