第19話『密室お手洗い』


     5.


 それからいろいろとトラブルがあった。

 大慌てで、先生たちを呼んで、救出作業が行われたようだが、その女子生徒――鈴木由紀子は既に死亡していた。

 まあ、腐乱しているのが見てわかるくらいだ。

 そりゃあ、死んでいるだろう。

 死因は、溺死。

 とのことだった。

 そして現場は密室である。

「自殺なわけないじゃないですか」

 三日後の木曜日。僕は、校庭の隅にあるベンチでりりすちゃんと一緒に座っていた。

 そこで僕は、翁系さんから聞いた話をひと通りしたのちに、りりすちゃんはそう言った。

 自殺じゃないことくらいは僕もわかっている。

 あくまでこういうひとつの意見があるとして、述べただけである。

 首吊り、転落死、そして溺死――これらすべては自殺ではないだろうかと考える者もいる。

 その関連で、因果性を用いてすべてが自殺だと述べている者がいる。

「いろいろと突っ込みどころがあるので順番に突っ込んでいきますね」

 りりすちゃんは人差し指を立て、言う。

『密室について』――と。

「個室は、内側からしか施錠できず中で人が死亡していたとなれば、それは密室として捉えることはできますが、しかしながら、この場合はトイレの個室です。トイレの個室は天井と壁の何センチか空間があるものです。ですから、これを密室と呼ぶのはあまりにも飛躍し過ぎではあります。実際、翁系沖名さんは隣の個室から内部を覗き見た上で、教員に助けを呼んで、死体を回収したわけじゃないですか。便器を台にするなり、壁を伝うなり、この密室を打開する術はいくらでもあります」

 続けて中指を立て、言う。

『死因について』――と。

「まだまだ調査途中みたいですけど、溺死と考えていいみたいです。しかし、溺死と考えると不思議な話ですよね。鈴木由紀子は便器に頭を突っ込んで溺死していた。果たしてこんなことが可能なんでしょうか? できることなんでしょうか? 現場は洋式トイレですけど、洋式にしたって和式にしたって、確かに水は溜まっていますが、あんなの一生懸命頭を突っ込んで、鼻が浸かる程度ですよ。順当に考えると、便器に頭を突っ込んで死んだというのはあり得ないということになってきます。別の場所で死んでいた鈴木由紀子を、あの場所に移されたと考えるのが妥当でしょう」

 りりすちゃんは薬指を立て、言う。

『殺人かどうか』――と。

「まずこれに自殺ということはあり得ません。自殺だとしても、便器で溺死するのはひとりでは不可能です。ほかの場所で自殺したとしても、何者かが、現場に死体を運び込む必要があります。それらの手間を含めた上で――」

 私はこれを殺人だと考えます。

 と、言い三本の指を畳んだ。

「三体目の死体……ね」

 こうも立て続けに人が死ぬとは。

 みっつとも、見方次第で自殺にも見ることができるのは共通してるけど、ただ犯人や関係者が必ずしも同一人物とは限らない。

 連続で事件が起きていると、犯人が同一であるとそう捉えてしまいがちだが、それを逆手に取られているとも考えられる。そう、たとえば、既に起きている殺人事件に乗じて人を殺して、責任を最初の犯人に押しつけてしまうなど。

 中河友二の殺しも、看破できる奴は看破できる内容だし。

「定刻せんぱい。実はこのみっつの殺人事件には共通点があるんですよ」

「みっつの殺人事件? え、って」

 ふたつ目の――疋田広志の転落死も、殺人としてカウントしている?

「第二の被害者――疋田広志は中河友二と揉めていた間柄でした。今回の三体目の死体にして第三の被害者――鈴木由紀子は、疋田広志と恋仲にあったんですよ」

「恋仲ってことは」

「はい。そうです。疋田広志と鈴木由紀子のふたりは、男女交際をされていたのです」

 少し事件の中身が見えてくるんじゃないですか?



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