第17話『人の気持ちなんてわからない』


     3.


「こればかりは推理のやりようがないわね」

 放課後になってすぐに、僕は一年生の教室を訊ねた。一年二組を訊ねると、丁度帰ろうとしているりりすちゃんと出会った。生徒玄関を出たところには剪定せんていされ整えられた木が一定の間隔で植えられており、芝生もある。

 その付近には、ベンチが設けられていて、雨曝しになっていることも伴って古びている。

 僕とりりすちゃんはベンチに腰をかけた。

 僕がこの度、りりすちゃんを訊ねた理由はひとつだ。

 今回の事件に対するりりすちゃんの見解を聞きたかったからである。

 中河友二撲殺事件最有力容疑者の転落死。

「発見された時間帯が時間帯ですからね。考えられることはみっつです。暗闇の中を歩いていて、足を滑らせた――あるいは踏み損なったことによる転落死。つまるところは事故死。ふたつ目は誰かが、一緒にして彼を突き飛ばした。この場合は殺人ですね」

「みっつ目は?」

「ここから転がり落ちれば確実に死ねる。誰も止めようがない。そう思っての――自殺ね」

「…………」

「少なくとも警察は、事故と考えていないですね。自殺か、あるいは」

 殺されたか。

 警察は、撲殺事件の犯人を、疋田くんだと目星をつけていたのだろう。

 今や、疋田くんが犯行に及んだのかどうかは不明である。

 真相は闇の中……というわけではなさそうだ。

 あれは共犯者がいるという話だったのだから妥当なところで言えば、疋田くんの犯行がばれそうになったから、証拠を隠匿する意を込めて、共犯者が疋田くんを殺した。

 中河友二の首吊り撲殺事件に、疋田広志の転落事件。

 両者ともに無縁にも見えるが、連続殺人の可能性が孕んでいる。

 一度、人を殺した人間には、連続で人を殺す者と殺さない者がいるという。

 当たり前のことを言っているように思われるが、自覚的に人を殺した人物は、たがが外れるとでもいうことである。ひとり目を殺すときほどの躊躇いなく、ふたり目を殺す。

 こればかりは殺人犯の心境でなければわからないものだ。

 心理学的視点から見れば、きっとそれに相応しい専門用語があるのだろうけど、僕は心理学に関して明るくない。

 いや、たとえ、どれだけ人間の心情が分析され、分野別に分別されようとも――それを人間が理解できるわけではない。


 人殺しをする人間の気持ちなんて、人殺しにしかわからないし。


 人を殺した気持ちなんて、人を殺した奴にしかわからない。

 そして、僕はこのとき、予想もしていなかった。

 いや、僕だけではなく、こればかりはきっとりりすちゃんもだろう。

 僕とりりすちゃんがこんな会話をしている最中に、みっつ目の死体が校内で発見されていただなんて。

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