第12話『友達になろう。他人は他人』


     6.


『常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションである』――アルベルト・アインシュタインが言ったとされている言葉である。理論物理学者でパーソン・オヴ・ザ・センチュリーと呼ばれ、天才の名を冠するに相応しいとされる人物。

 この言葉を、僕はふと思い出した。

 そもそも友達に対する考え方や定義は、人によって大きくことなる。人間の価値観なんて驚くほどに相違しているものだ。たとえ、似ていたとしても、それが同一であることはあり得ない。

 今までの積み重ねがひとつでも違えば、それだけで齟齬そごが生じて、価値観も大きく変わる。

 自分の思う常識を――世間の常識として捉えてしまうものである。自分にとっての常識と、他人にとっての常識が、必ずしも同調するとは限らない。

 むしろ相剋することのほうが多いだろう。自分が人生で学んできたものが、自分の価値観なのだから――ずれが生じるのは当然と言えるだろう。それをわかっていても、自分の常識ですべてを見てしまう――どうしても、その基準は覆すことはできない。改める点はあっても、一新することなんてできないし、そもそも、常識なんてもの、どれが正しいかわかったものじゃない。

 自分が如何に定義を定めても、それが相手に通用するわけではない。

「それで、どうなんですか?」

「え?」

 しばらく黙り込んでいた僕に対して、りりすちゃんは顔を覗き込みながらそう言った。

「さっきの質問です。私の答えが参考になったかどうかわかりませんけど、定刻せんぱいはどう考えているんですか?」

 定刻せんぱい。

 あなたにとって、友達ってなんですか?

 ずきり、と。何かが軋むような感覚があった。かろうじて言葉を漏らす。

「わからないよ、そんなの」

「…………ふーん」

 少し冷たい目になって、冷めた表情のままりりすちゃんは数歩下がって言う。

「私は定刻せんぱいのことを友達だと思っていますけど、先輩はどうなんですか? 先輩は私のことをどう思っているんですか?」

「…………そ、それは」

 一体、僕はこの娘を何だと思っているのだろうか?

 失礼な後輩だろうか?

 探偵ごっこの女の子だろうか。

 僕は、黙ることしかできなかった。

「……先輩はあれですね。友達を何なのか深く考え過ぎて、決断できなくなっているみたいですね。確かに友達は相手次第ではありますけど、自分次第でもあるんですよ?」

 私が友達だと思っていない相手が、私のことを友達だと思ってくれるわけないじゃないですか。

「だから私は、友達になりたい人のことは、相手よりも先に友達だと思うようにしているんです」



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